第43話 八雲神社

 八雲神社は僕の家から車で十分ほどの距離のところにあった。

 小高い丘の上に境内と社があり、その境内には石造りの階段を上っていかなくてはいけない。

 小学生のころ、夏休みに開催されたお祭りに陽美とよく出かけたものだ。

 この石段は四十段ほどあり、陽美とよくグミチョコレートパインの遊びをしたものだ。


 勝負はいつも陽美の勝ちだった。

 陽美は異常にじゃんけんが強かった。

 彼女がいうには、じゃんけんは運だけではなく、心理戦だちうことだった。

 月彦の目を見たら、何だすかすぐわかるよ。

 陽美はよく言ったものだ。


 その神社の主祭神はスサノオノミコトだと父さんは言った。

 母さんの実家が同じ系列の神社の氏子をしてたとも言った。

 そう言えば、前に見た陽美の動画で、僕にはスサノオの因子があると言ったいた。

 何か関係があるのだろうか。


 キュッとブレーキを踏み、スバル360は神社前に到着した。

 僕たちは車を降り、その石階段の下に立った。

 見上げるその丘の上に目指す神社がある。


 月彦、気をつけて。

 何か来るわ。

 月読姫が警戒をうながす。


 視界のマップに白い点滅が突如浮かんだ。


 赤くないということはゾンビではないということか。

 だが、何者かが出現しようとしているのは確実だ。

 僕は木刀を斬鉄剣に変化させ、身構えた。

 父さんとQの前に立つ。

 母さんも軍刀サーベルの柄に手をかけ、臨戦態勢をとる。


「ほう、何かくるな」

 いつものへらへらとした口調で父さんは言った。

 父さんからはまるで緊張感は感じられない。

 それが父さんの底知れないところであった。


 やがて目の前、石階段の中段あたりの空気がぐにゃりぐにゃりと歪みだした。

 その空気の歪みからある人物が出現した。

 仕立て生地の良い背広を着ていた。

 背の高い、男だ。

 目つきが鋭く、左目に片眼鏡をつけていた。

 頭部に毛髪が一本もないのが特徴的であった。

 その男は片眼鏡に手をあて、こちらを見た。

「お初にお目にかかる、君が七つの大罪人かね」

 若干イントネーションに違いがあるものの、聞き取りやすい声であった。

「人に名前を聞くなら、自分から名乗るのが礼儀じゃないかい」

 父さんが言った。

 僕と母さんはなおも警戒をとかない。

 目の前の男からは殺意は感じられないが、得体のしれない不気味さはあった。

 人のことなどなんとも思っていない、そんな不気味さだ。


「そうだな。これは失礼した。私は十二使徒の一人フィリポ にしてフリッツ・ハーバーというものだ」

 男は言った。


 また十二使徒だ。

 この男の顔はなにかの授業で見たことがある。


「こいつは第一次大戦時ドイツで毒ガスを開発した科学者だ」

 僕の心を読んだかのように父さんは言った。


「まあ、確かに毒ガスも開発したよ。だがそれも我が祖国のためだ。それに私は毒ガスだけではなく空気から肥料を造りだしたんだよ。七つの大罪の少年」

 と十二使徒を名乗る男は言った。

「それは罪か、功績か」

 ぼそりと父さんは言った。

 たしかにそれは父さんの言うとおり、人を多く殺したことは罪だが、安価で大量の肥料をつくって多くの人を飢餓から救ったのは功績といえた。

 僕には彼が善か悪かはわからない。

「私はね、すこし君に語りたいことがあってここまできたのだよ」

 フリッツ・ハーバーは言った。

「それは何なんだ」

 僕はなおも警戒しつつ、言った。

 彼ら十二使徒は敵か味方かわからない。

 敵の確率のほうが高い。


「私はね、後悔しているのだよ。私がつくりだしたものによって人類は格段に豊かになった。そして増え過ぎたのだ。人間というものは増えれば増えるほど争いも比例して増加する。その様のなんたる醜いことか。ファウスト博士によって死ににくくなった私はバルトロマイの計画に賛同することにしたのだよ。人間を進化させ、余剰なものは排除する。私の計算ではこの星には人間は一億人もいれば十分なのだよ」

 ふふっと笑いながら、フリッツ・ハーバーは言った。


「勝手な言い分だな」

 僕は言った。

 増え過ぎたから殺すなんて、あんまりにも身勝手じゃないか。

「そうだな。少年、君の言うとおりかもしれん。イスカリオテにも同じことを言われたよ。だがな、君も知っているだろう。人間には守る価値もないものがいるということを」

「でも、それをあんたらが決めていいことななのか」

 僕は言った。

 たしかに人間にはどうしよもない者もいる。

 でもそれを決めるのは目の前のこの男ではないことは確かだ。


「少年、君は思っているよりも賢いのだな。では見せてみたまえ。人間が守るに値するものであることを」

 そう言い、フリッツ・ハーバーは指をパチンと鳴らした。

 その音と同時に彼はどこともなく消えた。


 そして石段の両脇の林から無数のゾンビが出現した。

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