第23話 十二使徒

 僕は木刀の切っ先を美咲にむける。

 さて彼女はどうでるのだろうか。

 豚鬼はみるからに化け物だったから、ためらうことなく戦うことができたが、ほとんど人間の姿を残す美咲を倒すのは気が引けた。

 だが、敵対するなら、容赦するわけにはいけない。


「嫌だ!!まだ死にたくない!!」

 美咲はそう叫ぶと窓際にむかって走り出した。

 窓ガラスを割り、外に飛び出した。

 彼女はそのまま遠くに飛び去ってしまった。


 僕はその小さくなっていく背中を見て、どこか安堵していた。

 僕は戦わなければいけないときは戦うが、殺人凶にはなりたくない。


 二匹の豚鬼を倒した僕がふりむくと、教室のほぼ中央に見たこともない二人組がたっていた。

 その内の一人は銀髪でかなり古い欧州の服を着ていた。

 眼光が異様だ。

 狂気が服を着ているという印象だ。

 もう一人の男は金髪で、うってかわって柔和な笑顔を浮かべていた。

 金髪の男も十八世紀のヨーロッパの衣服を着ていた。


 銀髪の男はわざとらしく、手を叩き、僕を見ていた。

「いやあ、素晴らしい。素晴らしい。七つの大罪人、覚醒してわずか二日で豚鬼オークを撃破するとは」

 パチパチと拍手しながら、銀髪の男は言った。

 もう一人の金髪の男は倒れている葉子さんに近づき、頭のクリスタルを引き抜くとハンカチに包んだ。

「見てください、先生。実験は成功です。ただのアンデッドよりもこちらの柔らかい石のほうがかなり大きいです」

 嬉しそうに金髪の男はそのクリスタルを銀髪の男に見せた。

「ふむ。今回の回収は一つでいいとしよう」

 目を輝かせながら、銀髪の男は言った。

 新しいおもちゃをもらった子供のような目の輝きだ。


 僕は警戒しながら、二人のやりとりを眺めた。

 こっそりと二人を月読で解析したが、解析不能の文字が浮かぶだけだった。


「そう警戒しなくていいよ。私たちは君に敵対するつもりはない。私たちは、ただの研究者にしかすぎない。私は十二使徒の一人ゼベダイの子のヤコブにしてジョン・ハンターというものだ」

 ふふっと微笑を浮かべながら、銀髪の男は言った。

「僕は十二使徒の一人アルファイの子ヤコブにしてエドワード・ジェンナーといいます」

 ていねいにお辞儀をして、金髪の男は言った。


 二人の名は聞いたことがある。

 たしか世界史の授業だったはずだ。

 エドワード・ジェンナーは天然痘のワクチンである種痘を広めた人だ。

 しかし何故、歴史上の人物が目の前にいるのだ。

 彼らの言葉を信じるならば、二百年以上生きていることになる。


「君の疑問にお答えしよう。ファウスト博士に選ばれた我々は死ににくい体になったのだよ。そして助言をしよう。君の想う人も私たちと同じ十二使徒だ。その名はイスカリオテのユダ」

 ジョン・ハンターは言った。


 十二使徒、その言葉は聞いたことがる。

 なにかの都市伝説のようなものだった。

 世界を裏で操っているとかなんとか。

 こういうことは小説家をしている父さんがくわしかった。


「先生、そろそろ」

 エドワード・ジェンナーがジョン・ハンターに耳打ちする。

「そうだね。今夜はこれで失礼しよう。七つの大罪人、気をつけたまえ、君の友人が大変なことになっているよ」

 そう言うと、ジョン・ハンターは指をパチンと鳴らした。

 どういう仕組みになっているか分からないが、二人は一瞬にして消えてしまった。


 ジョン・ハンターは言った。

 友人が大変だと。

 彼の言葉の信頼性は分からないが、一抹の不安を覚えた僕は廊下にいる夢野久美の様子を見に行くことにした。



 夢野久美は廊下に倒れ、苦しそうに唸り声をあげていた。

 顔じゅうに汗を浮かべ、青い血管が顔に張り巡らせていた。

 口からよだれをだらだらと垂らし、目を真っ赤に充血させていた。

「だ、大丈夫か」

 僕は駆け寄り、夢野久美の肩に手をかけた。


 夢野久美は歯をむき出し、僕に噛みつこうとした。

 僕は三日月を使い腕を強化し、夢野久美の攻撃をふせいだ。

 夢野久美の両肩をぐっとおさえる。

 夢野久美は両手両足を振り回して暴れていた。


 僕は夢野久美の顔を見た。

 その彼女の顔はゾンビそのものだった。

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