第17話 暗く冷たい廊下
廊下は暗く、電気ランタンの光りだけが頼りだった。
天井までつまれた椅子とテーブルのバリケードの後ろに僕は、木刀を抱き抱えながら座っていた。
廊下に直に座るとお尻が冷たかった。
僕はただ黙って見張っていると夢野久美が毛布を持ってやってきた。
初夏とはいえ、夜の校舎はかなり冷え込んだ。
「ほら、これ使いなよ」
夢野久美は言った。
「ありがとう」
そう僕は言い、毛布を受け取った。
それを体に巻き付ける。
冷えきった体がいくぶんましになった。
夢野久美も毛布を体に巻き付け、僕の隣に座った。
ランプに照らされた顔は昼間あったときとは違い、かなり幼い印象だった。
「ねえ、あんた明日にはここを出ていくの?」
夢野久美は僕の顔を覗き込みながら、訊いた。
「ああ、そうだよ。僕には探し出さなくてはいけない人がいるんだ」
僕は答える。
そう、僕はこのゾンビが徘徊する世界で幼馴染みの可愛い陽美を見つけ出さなくてはいけない。
それにもう一つ気がかりなことがある。
実家の両親のことだ。
このような世界になってあまり希望がもてないが、夢野久美たちのように生き残っていてほしい。
「ねえ、私も連れていってくれないかな?」
夢野久美はためらいながら、言った。
「どうしてさ?」
僕は聞き直す。
彼女一人ぐらいなら、連れていっても良いがその理由をしりたい。
「あのね私、もうここにはいたくないんだ。ここに来る途中見ただろう。あの実花ちゃんの姿を。あの子は最初私たちと一緒にこの学校に逃げこんだんだけど、もうその時にはゾンビに噛まれててさ、ゾンビになって私たちを襲おうとしたんだ。それでさ、田沼さんが実花ちゃんの両足を切り落として、校舎に捨てたんだ。」
いつのまにか夢野久美の瞳には涙が浮かんでいた。
それは極限状態が生まれた悲しい物語だ。
「それからだよ、誰もあの田沼さんに逆らえなくなったんだ。あの人のおかげで生き残れたから私たちはあの人のいいなりなんだ」
夢野久美は言った。
どのような状態になっても人間の組織にはヒエラルキーが生まれるということか。
どうやら彼女なりの事情があるようだ。
旅は道ずれ、世は情け。
小説家で脚本家の父さんがよく口にしてた言葉だ。
どこまで彼女のことを守りきれるか分からないが、行動をともにしてもいいだろう。
彼女はこれからの戦いに必要な仲魔になるかもしれない。
そう月読姫は言っていた。
しかし、仲魔ってなんだ。仲間じゃないのか。
「ありがとう……」
僕の答えを聞いて夢野久美は嬉しそうに言った。
その言葉を聞いた直後、視界のマップに大きな赤い点滅が光り出した。その真横に小さな赤い点滅、少し離れてもう一つ。
合計三つの赤点滅が浮かんだ。
月彦、気をつけて、アンデッド反応よ。
この反応はかなり強いわ。
月読姫は僕に注意を促す。
僕は木刀を手に取り、そのアンデッド反応のある教室に向かった。
僕の後ろを夢野久美が着いてくる。
「ど、どうしたの?」
と訊いた。
「やばい、教室に何かいるよ」
僕は言った。
教室にたどりついた僕たちはおぞましい者を見た。
「あああっんん……あああっ……。いくいくいっちゃう。だめだめ、おかしくなっちゃう。気持ちいい、気持ちいいよ……」
あられもない荒い喘ぎ声が教室中に響き渡っている。
僕たちは教室のドアの隙間から何者かに犯されている葉子さんの姿を見た。
その何者かは豚の顔をした怪物だった。
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