第9話 ロックダウン

「難しい話は私にもよく分からないんだけど、その化学物質が他の街に広まらないように政府はバカでかい壁をつくってロックダウンしちまったんだよ」

 夢野久美はごくごくと水を飲んだ。半分のこったペットボトルを僕に渡した。

 僕はそれを受け取り、一気に飲み干した。

「私たちは見捨てられたんだ」

 と夢野久美は言った。

「それでね、生き残った私たちは近くの小学校にバリケードをつくってたてこもっているんだ」

 と夢野久美は付け足した。


 政府がバカでかい壁をつくって街をロックダウンしたって。なんかおかしいな。

 ということは政府はこの街がこうなることをあらかじめ知っていたということだろうか。

 街の人を見捨ててどうするつもりなのか。

 また街の外の人はどうしているのか。

 わからないことだらけだ。

 やはり陽美を見つけ出して、きかなければいけないということだろう。

 そして夢野久美は小学校に立てこもっていると言った。

 なるほどね、籠城戦というわけか。

 ただ援軍のくるはずのない籠城はゆっくりとした自滅しかない。


「それで君は少なくなった食料を補給するためにここきにきたというわけか」

 僕は言った。

「うん、そういうこと」

 夢野久美はうなずいた。

「でもなんで君なんだい。男の人とかいなかったのかい?」

 僕は訊いた。

 女の子にこんな危険な役割をさせるなんてちょっとひどい。

「私たちのグループには男の人は一人だけだよ。その人がリーダーなんだ。食料調達の順番はその人が平等にきめているんだ」

 夢野久美はそう説明した。

 夢野久美が説明するには男性一人、女性三人の小さなグループだということだった。

 バリケードを作ったり、見張りをするのはその男の人なので、食料調達は必然的に女性の夢野久美たちにまわってくるのだという。


「ねえ、あんたお願いがあるんだけど。そこのバック運ぶのを手伝ってくれないかな。さっき足をぶつけちゃってさ、うまく力がはいらないんだ」

 たしかにさっきから話してるあいだもどこか痛そうにしていた。

 そのボストンバックは女性が一人で持つには重そうだ。足を痛めているのならなおさらだ。水とかは特に重たいからな。

 いいだろう、放っておくことは僕にはできない。

 せっかく出会った生き残りだしね。

 それに夢野久美はちょっと可愛いし、巨乳だしね。


「うん、いいよ」

 僕は言った。

「ありがとう、助かるわ」

 そう言うと夢野久美は僕の手をぎゅっと握った。

 その手から伝わる体温は暖かく心地よかった。

 女の子に感謝されるのはなんだかうれしいな。

 こんな状態じゃなかったら、可愛い女の子に感謝されることなんてなかっただろう。

 なんせ、仲のいいと呼べるのは陽美だけだったからな。

 クラスメイトと喋ったりするのことはあったが、放課後や休日に一緒に遊ぶのは陽美だけだった。

 そういえば、後ろの席の倉田君なんかはどうしているのだろう。

 生きていてくれたらいいんだけど。


 僕は自分のリュックの空いているスペースにも食料品を入れることにした。

 リュックを背負い、ボストンバックを肩にかつぐ。かなり重いが、歩けないことはない。

「ごめんね、全部もってもらって」

 夢野久美はすまなそうに言った。

 そういいながらも痛いのだろう。辛そうな顔をしていた。


 しかし、そう簡単にものごとはすすまないのだと痛感させられた。

 コンビニの自動ドアに手をかけて、腐り溶けた顔のゾンビが中に入ろうとしていた。

「きゃああ!!」

 またあの甲高い悲鳴をあげ、夢野久美は僕に抱きついた。


 

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