5-2.謁見
「陛下、私はまだ彼を完全に信用するには早いのではないかと思います」
そう言ったのはエンドリア王の左に控えていた肌の黒い
「お初お目にかかります
「初めまして」
「いや実に素晴らしい演説でした。きっと原稿も用意されていないのでしょう? 古来より呪術に長けた者は喋りが巧いのが相場ですからな」
挑発ともとれるその言葉にトーリアス達武官はムッとした。戦場を仕事場とする彼らのほとんどは
「陛下、我々は目下魔王どもとの戦時中にあります。私としても助力を得られるのなら有難いことです。彼が信用できるのなら」
「余は信用できると感じたが?」
「しかし、巫女殿も言ったように
先ほどまで
「インレアナ様、いくら何でもそれはあまりに無礼ではありませぬか」
反論したのはトーリアスだった。彼は語気を強めにして言った。
「私は短い期間だったが
「騎士団長とはいえ絶対ということはありますまい。時には読みを誤ることだってあるでしょう」
「ほう、それは私の後継者の眼が節穴だということかな? よりによって我らの王に謁見させる男を見抜けなかったと?」
ルコエルフの言葉にさらに反論したのは一人の男だった。トーリアスに似た豹の様なしなやかな体躯、彼の父にして現在は第三騎士団の相談役をしているオリアス・レグランデだ。
「王や国の安全の為なら疑う必要もあるでしょう。あなただってトーリアス殿から聞かれているはずだ、星に干渉する大魔法をほんのわずかな詠唱で行使したと。正直私は彼が先ほど自分のことを未熟な状態と言っていたがそれも疑わしいと考えている。なにせ我々
「慎重は無礼を隠すための言い訳ではないぞルコエルフ殿?」
「無礼を恐れて慎重さを欠くのは愚か者です、私は臆病だが愚か者ではない。お忘れかな
玉座の間はざわつき、ピリピリとした雰囲気が漂い始めた。
武官達のほとんどは
その後も議論は収まるどころか白熱していき、皆もと居た場所から離れ思い思いに議論をしている。もはや誰が誰に、何を言っているのかわからないほど
『……』
まるで時間が止まったかのように全員が固まった。トーリアスもルコエルフもその時ばかりは口を固く結んで、動こうとしなかった。
近衛騎士が動いたからだ。エンドリア王の両側にいたはずの彼ら、その内の二人がいつの間にか
「ゆっくり手を下げろ」
今近衛騎士達が仮面の下でどのような表情をしているのかわからないが、その声はこの場にいる全員の背筋が凍るほど氷の様に冷たかった。
「申し訳ない」
「もし次掌を肘より上に挙げたら肩ごと斬り落とす」
それだけ言うと、二人とも何事もなかったかのようにエンドリア王の傍に戻り、また石像のように動かなくなってしまった。
「皆の者! いったん落ち着こうではないか」
緊張が走っていた玉座の間にエンドリア王はその良く通る声で言った。
「余は
エンドリア王は皆をグルリと見まわし「そこで、だ」と言った。
「妥協点を見つけようではないか」
結果としてエンドリア王は次のように定めた。
・正式な身分は与えないが“準相談役”扱いとし、その都度許可を取れば王城の図書館などには立ち入りを許す。しかし、なんの目的でどのような書物を読んだかはその都度報告すること
・王都では許可なし、もしくは非常事態以外にはあらゆる武器の携帯を認めず、杖と剣は一旦没収する。また、許可なしの魔法や魔術などの使用も禁ずる。
・ルコエルフが選んだ者を監視として付ける。
この決定にトーリアス達は納得出来なかった。どちらかというと
しかしエンドリア王は
――――
「すまない
トーリアスは横に並んで歩いている
エンドリア王は
そして今、
「何のことだ?」
「先ほどの謁見のことだよ、お前があれで腹を立てていないことは分かっているがそれでもあそこまで意見が分かれるとは思っていなかった。ルコエルフ殿は知恵者で忍耐力も強く、文官としては素晴らしいものだが、如何せん物事を疑ってかかる性分でな」
「何を言ってるんだトーリアス。彼は得難い人物だぞ」
「王の言葉に考えも信念なくただ黙って従うだけが忠臣ではないことはお前だってわかっているだろう。
「しかし、何もあんな言い方をしなくても……」
「いや、逆だよ。俺の言葉を聞いてほとんどの人が信用しかけていた。だけど俺としてはそれは危険なことだと思う。
それをあの状態まで持っていけたのは本当に彼が優秀で信念があり、国や王のことを考えているからだ。トーリアスの様な屈強な武人がいて、彼の様な賢者がいるのなら、きっと魔王にも打ち勝てるだろう。俺はそれにほんの少しだけ手助けをするだけさ。
俺としては、図書館への出入りを許されただけで十分だ」
そう言っている間に
「念のためだ、下がっていろ
武器を持っていない
仕事を怠けた召使が休んでいるのだろうか? そう思ったトーリアスは叱ってやろうと勢いよく布団をめくる。
「うーん……むにゃむにゃ……ああん……そこは駄目……じゃないです
そこにはいったいどんな夢を見ているのあまり知りたくないが涎を垂らしながらスヤスヤと寝息を立てながら熟睡しているフーリナイアがいた。
『……』
「ふわぁ……あら?
二人はどうすればいいのか分からず黙り込んでしまった。そうこうしている内にフーリナイアの眼が覚め、
「オホン! おかえりなさいませ御主人様!」
「は?」
よく見ると、今のフーリナイアは旅装束でも、貴族の令嬢の様な装いでもなかった。丈の長い上品な乳白色のスカートに紺色の服、華美にならない程度にフリルがあしらわれている。
「この度
「せ、専属って、なにを言って……」
「それに関しては私から説明させていただきます」
「あ、
あまりの展開に背後からの気配に気づかなかった二人が振り返ると一人の女性が立っていた。腰まである
「あ、
「はい、知りませんでした。でもここにいれば
「なんという嗅覚なのですか、間違いなくスールの女ですね。でもだからといって仕事を投げ出していいわけではないでしょう。まったく……」
侍女長は
「初めまして、
「は、はあ……フーリナイア様に何かさせるということはフェルナイア様から聞いてはいましたがこのことだったのですか」
貴族の令嬢を他家の
「でも専属ってどういうことですか? 私は専属の
「しかし、フェルナイア様からの紹介状にはそう書かれておりますので」
そういってカヒリフィーンは書状を
絶句している
「これからよろしくお願いいたしますね、御主人様。ご安心ください、片時も離れず尽くしますので」
鬼の首でも取ったかのように得意顔で言うフーリナイアに今度はカヒリフィーンが待ったをかけた。
「待ちなさいフーリナイア、あなたにはまだまだ学んでもらわなければならないことがたくさんあります。掃除洗濯料理などの基本はもちろん刺繍やお茶、華など。
「え、でも私は
「お黙りなさい、紹介状にはイジガルテ様からの手紙も入っていました。ご奉仕すると言っていながら台所の火おこしもできないとは呆れます。手紙にはあなたをスール家の長女として扱う必要はないと書いていましたし私も最初から甘やかすつもりはありません。
私の下で修業を積むからにはどこに出しても通用する立派な淑女になってもらいます。一に修行二に修行、三四も修行で、五に
「ええっ?! そんなっ!」
首根っこを鷲掴みにされ連行されるフーリナイアは、イジガルテがカヒリフィーンに変わっただけでロイアスールでよく見た光景だった。
トーリアスは
「まあ……あれだ。戸締りだけはしっかりな」
その言葉に
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