2-2.自己紹介
まだ続きがあるようだったが
トーリアスはしばらく考えてから言った。
「では、フーリナイア様は? 体が弱いと聞いていましたが今はどう見ても健康そうに見えます。彼女もその方たちから学んだ知識と技術で治したということですか?」
「いや、彼女の体が弱かったのは食わず嫌いで体力がついていなかっただけですね。身も蓋もない言い方をするならただの不摂生です。お肉食べさせて運動させたらあんな感じになっちゃったんです」
「そんな……、初めてお会いした時は儚いながらも
「私も驚きです。まさかあそこまで両極端に転ぶとは思いませんでした。それで、彼女は私に恩義を感じて、あー……いや……」
「それは私が自分で説明しますわ」
他でもないフーリナイア自身が声を上げた。彼女は優雅に紅茶を一口飲むと話し始めた。
「七年前の八月三十日、あれはダイヤモンドのように美しい満月が夜空に浮かんでいました。そのころ私はまだ
「ちょ、ちょっとすいません! フーリナイア様」
今までの倍の速度で矢継ぎ早に喋りだすフーリナイアに慌ててトーリアスが口をはさむ。彼女は話の腰を折られたのが不服なのか少しばかりムッとした口調で聞き返す。
「なんでしょうかトーリアス様」
「その話けっこう長くなりますか?」
「いえそんなに」
「……ちなみにどのくらいかかります?」
「そうですわね、前日譚・序章・本編・幕間・完結編・後日談・外伝その他諸々合わせて……手短にいたしますから、まあ三日もあれば全部話せますわ。お任せください」
『……』
ほんの数秒沈黙が場を支配した後――。
「痛い痛い! 唇が取れてしまいますわ!」
「私が何を言いたいかわからないかしら?」
「わかりましたから離してくださいお母さま!」
本当に千切れてしまうのではないかと思うほど唇を捻り上げられたフーリナイアに替わってイジガルテが話す。
「要はこの子、元気になってからというもの
「うーんなんて単純なうえにわかりやすい……」
「そうなのです私は
「だから何度も言っていると思いますが私はすでに妻がいる身です! わー! ちょっと離れて!」
いつの間にかイジガルテの手から逃れて
「え? あなた既婚者なのですか?!」
「ああ、言ってませんでしたか。ええそうですよ私には妻がいます、もちろん私の任務は危険なので故郷で待っていますが」
トーリアスはようやく広場での問答に合点がいった。アルモライヘルは一夫一妻制ではない。もちろん平民たちは金銭や土地などの理由で結果として一夫一妻になることがほとんどだ。しかし貴族階級は跡継ぎや家同士の関係などの問題もあり一夫多妻もしく一妻多夫になることもある。
ただ問題は
「現地妻! 現地妻でいいですから!」というフーリナイアを「貴族の娘が簡単にそういうこと言っちゃいけません!」と叱る
そのやり取りを見てトーリアスは彼を悪人ではないと思った。もちろんすっかり信用してしまったわけではないが少なくとも悪い方の任務を果たす必要はなくなったと思った。彼は今までの堅苦しさを少しばかり和らげて言った。
「あなたばかりに話をさせるわけにもいきませんね。私がここに来た理由をお話ししましょう。
私は二つ使命を帯びて参りました。しかしこの使命は二つ同時果たすことはできません。私は実際にあなたとお会いし、言葉を交わした後にどちらの選択をするべきか決めないといけないのです。
一つ目。あなたが
二つ目。あなたが真の知恵者で我らの助けになる
「それであなたの判断は?」
「もちろん後者です。連れて来いと命じられていますが、出来ればあなたの合意をいただきたい」
「どちらにしても連れていくことには変わらないのでは?」
「それでもやはり同意をいただきたい。あなたと交わした言葉は少ないがそうする必要があると思うのだ」
ただ、他にも気になることはあった。自分も主には及ばないものの遠くを見通す魔法を使える。にもかかわらず五年間最前線といってもよいこの土地を調査したが魔王の正体を未だにつかめていなかったのだ。これはおかしい。
以前フェルナイアに聞いた話では王都の王立図書館では世界中のあらゆる本が集められている。その中には呪いだったり、失われた言語のせいで一流の学者や魔法使いにしか読むことができないものあるらしい。もしかしたらその中に魔王の正体を突き止める手掛かりがあるかもしれない。
ラーナスールを離れるこべきか、留まるべきか。二つに一つ。
「行っていただけないだろうか」
そう悩む
「我らのことなら気にしなくていい。そもそもこのラーナスールははるか昔から魔王の脅威にさらされてきた。それでも先祖たちは騎士と共にこの土地を、民を守り抜いてきた。私もいつまでもあなたの助けに甘えていては先祖たちに叱られてしまう」
「フェルナイア様……」
「トーリアス殿、あなたに同行しよう」
その言葉にトーリアスは明らかにホッとした様子見せて言った。
「ありがとうございます。ではそうですな……準備もありますから月が替わると同時に、すなわち三月一日にここを発ちましょう」
今この場にいる三人はある予感と覚悟があった。それはこれから自分達が大きな流れに身を投じるということ。そしてに対する覚悟だ。
すなわちフェルナイアは
トーリアスはフェルナイアから
それぞれが自分の使命を果たそうと胸の奥で誓った。
と、ここで終わればよかったのだが三人にはまだ話し合わないといけないことがあった。
「で、どうします?」
主語がなかったがトーリアスが何を言いたいかは二人にもわかっていた。“
「
とはいえ、結局いつかは伝えなければならない。もし伝えなかったとしても
「そのことなのだがな
卑怯な手段だとはわかっているがトーリアスはあえて彼女に嘘の出立日を伝えて誤魔化すしかないと考えていた。
しかしその提案をするよりも先にフェルナイアが言った。
「トーリアス殿にもお願いしたいのだが、あの子を一緒に連れて行ってはくれんか?」
思いもしない提案に
「
「いえ、そんなことは」
「いや、あなたはそう思っていないかもしれないがあの子は間違いなくあなたに救われたのだ。ただのきっかけかもしれないがその小さなきっかけが何よりもあの子には必要だったんだ。それに私も妻も気付けなかった」
フェルナイアの目は優しかった。誰が見てもこの人は本当に心の奥底から娘のことを愛しているのだなと確信できる目だった。今までフーリナイアは容姿も性格もイジガルテ譲りだと思っていたが、愛の深さはきっとフェルナイアからも受け継がれているのだろう。
「王都の有力者に紹介状を書いておく。あの子にはもっと多くのことを見て学んでほしい。これは私だけではなく妻と話し合った結果なのだ」
トーリアスは思わず感動する。
「それでもまだ言ってないことがありますよね?」
「な、なんのことかな
それはもう「隠し事してます」と体で言っているようなものだった。
「私にフーリナイア様を連れて行ってほしい理由ですよ、それだけじゃないでしょう?」
観念したようにフェルナイアは白状した。
「正直あの子をここに置いていてもそのうち逃げ出してあなたの後を追いそうでなぁ……。それならもういっそ最初からあなたの傍にいさせた方だ問題を抑えられるだろうと……」
「なんだか締まらない話ですなぁ……」
トーリアスの言葉に「面目ない」と項垂れるフェルナイア。しかし
ともかく
「わかりました、少なくとも王都まではご一緒しましょう」
三人は大きく溜め息をついた。彼らの脳裏には
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