3-1.旅立ちに向けて
なぜこんなことになってしまったのか。トーリアスは
自分はアルモライヘルの騎士である。幼いころから剣術、馬術、魔術、あらゆる武芸・学問を修めた。王やこの世界に住む人々を守るために鍛錬を欠いたことはなかった。もちろん肉体だけではない、邪悪や陰謀を見破る目も鍛えてきたつもりだった。
あの会談から三週間彼のことは注意深く観察していた。ラーナスールの騎士たちからは信頼され、町の人々からは尊敬されていた。
ロイアスールの人々は一時的な別れと断わっているいるにもかかわらず全員が彼との別れを惜しんでいた。
自分も彼のことは買っていたのだ。だからこそふらつく足に必死に力を入れて目の前で不敵な笑みを浮かべる男を見据える。
「
――時間は朝まで遡る――
ついでに付け加えるとロイアスールだけではなく他の城塞都市にも
ようやくその日の挨拶廻りにも区切りが見えてきたこの日、
門の衛士は
そこには一つ、ポツンと寂しげに
「
「これはメルディナという名前で、私が主から賜った装備の一つです」
「あなたの
「ええ、その通りです。この
なるほど、とトーリアスは思った。
「どうされたのですか?」
その問いに
なにか別の意思が働いているような気がしてならなかった。そうなら自分がラーナスールを離れることで利を得る者がいることになる。もしそうならば、それは誰か、いやはっきりと“魔王”の二文字が頭によぎる。
悪意によって自分が動かされてしまえば、本来自分が守れたはずの存在を見捨てることにすらなるかもしれない。ならば下す決断は――。
「これ《メルディナ》はここに置いていきましょう」
「本当ですか!」
「これからもこのランタンを預けていただけるというのは非常にありがたいことです。しかしいいのですか? これが金貨を山のように積んでも足りないほどの宝物であることは無学な私でもわかります。それに強いものが強い装備を持った方が戦果につながると思うのですが」
言葉には出さなかったがそれにはトーリアスも衛士長に同意見だった。
「私の直感がメルディナは私の手ではなくここにあるべきだと言っている」
それだけ言うと
「私何かまずいことを言ってしまったのでしょうか?」
「いや、あの人の考えは私にも理解できないところがある。だけれども少ない期間で理解できたこともある。たとえ自分の不利益になろうとも人を貶めるための嘘をつくような人ではないということだ。きっとメルディナがここにあった方がいいというのは彼の本心だろう」
トーリアスはそう言って衛士長を安心させると
一緒にフェルナイアの屋敷に戻るとトーリアスは自分の騎士団に指示を出すため一旦彼らのいる宿舎に向かった。屋敷では
その馬はフロイという名前の
「
「馬を頂戴するだけでも私には過ぎた報酬なのにこんな高価なものは受け取れません」
「私はアルモライヘル王家に仕える身です。しかしこうも信じている。あなたは王位を継ぐことはなくとも
フェルナイアも高貴な家の生まれ。力も知恵もある。だからこそ気付いているのだろう。たとえ魔王を倒しても
「今まであなたが私たちにしてくれたように、これから私たちにあなたを助けさせてください」
「……わかりました。では、友情の証にメルディナと交換ということで受け取りましょう」
やがて日が沈み夜がやってきた。しかし、今夜はいつもの夜とは違う。春独特の
トーリアスも騎士団たちに今日は楽しんでいいことを伝えるとフェルナイアの屋敷に向かった。
そこには
「トーリアス殿、一つ私と勝負しませんか?」
「勝負ですか?」
思いもしない提案にトーリアスは面食らった。ここしばらくの間、
そんな
「私の力の一端をお見せしましょう」
いまだに戸惑っているトーリアスの答えを待たず、
広場は異常な熱気に包まれていた。中心には大きな
その広場には大きなテーブルが置かれておりその上には小さなグラスが数十、いやもしかしたら百個乗っているかもしれない。さらにその傍らには酒樽がいくつも置かれていた。
「さ、酒飲み対決?!」
グラスを手渡されながらトーリアスはフェルナイアから説明を受けた。なんでも発端は四年前まだよそ者として警戒されていた
しかし、
それから数日後、夏至を祝うお祭りで大量の酒が配られていた。なんでも
その時フェルナイアは有り金を残らず酒に変えてしまうなど愚か者のすることだと憤ったが、その感情はすぐに霧散することになる。
その理由は今トーリアスがその目でしっかりと見ていた。
「いやー、騎士様。いつも大変でしょう魔物だけじゃなく夜盗や時には自然現象とも戦わなくてはならないなんて」
「俺からしたら毎日毎日金の勘定したり、朝から夕方まで畑を耕すことなんて出来ねえよ」
お互いの仕事のことを褒めあったり。
「なあ、今度彼女に告白しようと思っているんだがなんかいい感じの宝石あったりしないか」
「内容がふわっとしすぎですな、宝石はそれだけではただの綺麗な石です。その女性の背丈は? 髪の長さは? 瞳の色は? 性格は? そういったものを加味して初めて宝石というものは輝くのですよ」
宝石商に恋愛相談をしている騎士がいるかと思えば。
「そろそろ諦めたらどうだ!」
「なんのまだまだ!」
腕相撲に興じている者もいる。
それはトーリアスが生涯で初めて見た貴族と市民の交流だったのかもしれない。
皆酒を飲み、明るく笑っていた。貴族が庶民の店に行くことや庶民が貴族の屋敷に来ることもなくはない。しかしそれはほんのわずかな時間のことであるし交流などというものには程遠い。
しかし今このこの時、この場所には男も女も、老いも若いも、身分の違いも関係なかった。
「どうですトーリアス殿?」
ニヤリと笑う
「ええもちろん。受けて立ちましょう、私に勝負を挑んだこと後悔させてあげましょう」
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