第5話 担任 山神先生


【山神先生】


-1-


 高校生として新たな生活を始めた獅子狼等にとって担任の山神との出会いも強烈な影響を与えていった。


 初めは教師と言うより銀行員のようだという印象であったが、実際に授業を受けていくうちに明るく気さくな人柄が伝わって来た。


 歴史は中学校でも習ったが山神の歴史は一風変わっていた。


 歴史は人を知ること、と山神は言った。


 人と人の出会い、行いが相まったものを後世の人が「歴史」と呼ぶのである、と教えた。


 歴史は絶対ではない、とも言った。


 歴史は見る人によって形が違って見えるものであると。


 山神は、宇宙から地球の平和を守るために来た戦士の話を始めた。


 ヒーローと怪獣の写真をホワイトボードに貼りだし「どっちが正義の味方か」と質問をした。


ほとんどの生徒がヒーローの方に手を上げた。


 すると、山神は怪獣の奥さんと子供5匹の写真を貼りだし「この怪獣さんの家族にとって、どっちが正義の味方でどっちが悪の手先か」と質問をした。


 「正義と悪は一つじゃない。どちらから見るかで正義と悪は変わってしまうということを、若いみんなは知っておかなければならない」と生徒に向かって言った。


 「学校でならったこと、新聞テレビで報道していること、私たち教員が言っていることこれらは必ずしも正しいとは限らない。


自分の耳で聞き目で見て自分で調べる、疑問を持つことが大事なんだ」


と説く山神の授業にいつしか獅子狼等生徒たちは引きつけられて授業中居眠りをする生徒は一人もいなかった。


-2-


 ある日のホームルームで県内他高で起きた虐め自殺事件についての話し合いをなった。


 生徒たちが一人ずつ、自分が感じることを発表していくが型どおりの意見ばかりで、虐めや自殺についての検討会をしました、という帳面消しの色合いが出ていた。


 3分の1くらいが発表し終わったところで山神が進行をしている学級委員の女子生徒を止めた。


 山神は「全員、意見を言いたいところだろうけどこれ以上続けてもいわゆる正論しか出てこないんじゃないかな、と感じています。


誰か、それに反論して、俺はこんな違う核心を突く意見があります、って人はいるかい」


と言った。生徒は静まりかえって誰も意見を言う者はいなかった。


 「私は、虐めはしてはいけないし、虐められても絶対に自殺してはいけない、と言う話をしたいと思いますが、これからする話は、人間山神眞言とクラスの生徒一人一人との直接対話です。


だから、これからする話は一人一人が自分だけの胸の内にしまって他で話したりしないでください。絶対に約束ですよ」


思いがけない山神の語り口に獅子狼等は緊張した心待ちになっていた。


-3-


 私は家庭的に問題があり、荒んだ高校生活を送っていました。


 他校の番長グループとも、よくもめてケンカばかりしていました。


 もともとは、中学校2年の春までは虐められる側にいたんですがこのままじゃ辛いし、惨めすぎる、と思ってある日、虐めグループのリーダーに殺す気で反抗したんです。


 すると、意外なほどにあっけなくこいつをやっつけることができた。


 私は、この体験から体力や腕力よりも気力が上回った必死な方が強いと言うことを実感したんでした。


 それは同時に私の中に眠っていた強い者に対する憧れと挑戦者魂を呼び起こしました。


 それからの私は校内で強いと言われる生徒たちにケンカを売って行きました。


 もちろんこの身体だから返り討ちにあうこともしょっちゅうでした。


 でも、私は負けても負けても相手を研究して何度でも挑んでいきました。


 もちろん、勝つためにいろんな格闘技について研究もしました。


 校内に相手がいなくなれば校外に相手を求めて遠征もしました。


 それを高校でも続けたのです。


 生徒たちは、山神の話に引かれていくのと同時に恐怖も感じ始めていた。

 

 高校を卒業した私は東京の大学に進み、東京でも果たし合い生活を続けました。


 しかし、東京でのそれは田舎の番長ごっことは違い、文字通り命がけでした。


 何度も死を覚悟するような場面がありました。


でも、その瞬間を脱出する度に「生きている」という強烈な実感をすることができたんです。


私は命がけの依存症になっていたんだと思います。


 場数を踏んでいく度に私の五官は研ぎ澄まされていくように感じられました。


 ギリギリで相手の技を見切り、最短距離で相手の急所を射貫く技を身につけていきました。


それが決まると、堪らない快感を感じるのでした。


 今、考えれば異常でしたが、その当時の私は「死にたい男」だったんです。


日々の生活が退屈で退屈でたまらなかった。


 命の危険があるところに自ら飛び込み命をかけた戦いに身を投じている時間が生きているという実感を与えてくれたんです。


 そんな異常な精神状態が常態化していた私はさらに自分を厳しい世界に誘っていきました。   


 生徒たちは静まりかえって固唾を飲んだ。 


 大学2年、成人した私は中東に渡航しました。

半ば、正常ではなかった私は、一旦安全な国に入国した後に、渡航禁止区域に潜入したんです。


 この後、私は命がけ依存症は完治しました。


 本当の武力の恐ろしさを目の当たりにしたからです。


 武術…精神力…知性…人間性等々一切の個人の能力、都合が屁の突っ張りにもならない究極の暴力、兵器による戦闘を体験してみて私は恐怖で失禁しながら逃げ惑うことしか出来ませんでした。


 格闘で生還したときは得も言われる快感を感じた私が戦闘地区から脱出したときは、いつまでも震えており、恐怖、恐怖です。


 格闘では負けても再挑戦をした私ですが逃げるように帰国しました。


 その時の恐怖は今でも夢に出てくることがあります。

二度とあんなところに行こうという気はまったくありません。


 大学に戻った私は別人のような普通の大学生活をおくれるようになりました。

 

 山神の話が終わったがクラスはまだ咳一つする者がいないほど静まりかえっていた。


 すると山神は「あれ、みんな、今の話、実話と思った? 嘘だよ、私の創作。


命の大切さっていっても高校生くらいになれば真剣に考えないから、少しは考えて欲しくて切り口を変えた、私の創作話だよ。


ちょっと考えてごらんよ。こんな華奢な私がケンカなんか出来るわけないじゃないか。


私は、勉強一筋の文化系だよ」と明るい声を出して言った。


 その言葉を受けてクラス内は、全員が勝手に話し始めて蜂の巣を突っついたような騒がしさになった。


 山神は「はい。はい。怖い作り話をして私が悪かったです。ゴメンなさい」


と大仰に生徒に頭を下げ生徒を静めさせた。


 その上で、


「命は、掛け替えのない、たった一つのものだ。世の中には、生きたいのに生きられない人がたくさんいる。


君らは幸いにも、この日本という素晴らしい国に生まれた何不自由なくこうして勉強が出来ている。


「有り難い」という言葉があるけど、これは「有り」「難い」なかなかないことだ、珍しいことだ、というところから来ていると言われることもある。


平和な暮らしやすい国に生まれ、勉強できることが何の不思議でもないことは、当たり前のことではなく「有り難い」ことなんだということを自覚して、「有り難い」命を大事に有意義に使って欲しいということをみんなに伝えて今日のホームルームを終わります」


と言った山神の言葉を受けて委員長が「起立」という号令をかけた。


-4-


 この授業には後日談があった。


 ある日、部員等が練習を終えて帰宅している部員等の横をパトカーや救急車がけたたましくサイレンを鳴らして走り去って行った。


 部員が家に帰ってニュースを見ていると、繁華街のスーパーに薬物中毒と思われる男が包丁を手にして入って来たがたまたま買い物


で居合わせて県立北翔高校の教員が刃物を持った男を取り押さえたことで幸いにもけが人が出なかった、と伝えていた。


 「うちの教員でそんな大立周りができるのは誰だ」


と部員たちはメールで盛り上がっていたが、すぐにその場に親が居合わせたという部員から


「山神先生が刃物を振りかざして襲って来た男をあっと言う間に制圧した」


という情報が部員たちに伝わっていった。


 「男は背も高くて体重も100キロを超える巨漢だったそうだ。


そんな男が手に包丁を持っているものだから、その場にいた人たちは逃げ惑う中、先生はスッと男の前に進み出て男が振り下ろした包丁をかわすと男の手首から包丁をたたき落とし、男の腕を捻ってうつ伏せに押し倒すと男の身体を膝で押さえたけど男がどんなに暴れても先生は余裕で押さえ続けていたそうだ。


その後、警察官が来て男の連れて行こうとしたけど5人がかりで必死に連行していたくらい男の錯乱状態は酷かったのに先生はそれを一人で押さえつけていたそうだよ」


とメールにあった。


 それを受けて誰かが「先日の先生の武勇伝話、実話だったんだ」と書いていたが、その意見に誰もが同意するような話であった。


 部員や生徒たちは、翌日、何事もなかったように登校し授業をする山神教諭を見て、本当の男の強さというものを教えられたような気分になるのであった。

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