第2話 アッちゃんからのメール
【獅子狼とアッちゃん 1】
獅子狼等が新生活を始めた4月も終わろうとしていたある日の夜、獅子狼が自宅の部屋のベッドの上で漫画本を読んでいるとメールの着信音が鳴った。
『誰だろう?』と訝しがりながら、メールを開いた。
送信者名の表示はなく知らない相手からのメールであった。
『誰からだろう』と思いながら本文を読んでみた。
「突然、済みません。私は福岡の女子校に通っている高校1年生、アツミです。私の学校のクラスメートで適当に思いついたメールアドレスにメールを送ってメル友を探すという遊びがはやっています。あなたは、どういう方ですか?」と書かれていた。
『何だこれ? 悪質な詐欺メールじゃないかな』獅子狼は警戒したが『矢場そうだったら着信拒否すればいいか……』と考えて獅子狼は「僕もN県に住む高校1年生の男子です僕で良かったらメル友になりましょう」と返信した。
すぐに「ホントですか。嬉しい。同じ九州の高校1年生にたまたま当たるなんて嘘のような話ですね。よろしくお願いします」と可愛い絵文字付きで送られて来た。
その日から獅子狼は遠く離れたところに住む顔も知らない女子高生とのメールのやりとりが始まった。
初めは怪しい詐欺メールではないか、と警戒したが、やりとりするうちにアッちゃんと名乗る子は真面目な相手だとわかった。
これまで彼女と呼べる相手がいたことが一度もない獅子狼にとって、同い年の異性であるアッちゃんとのメールのやり取りは楽しみとなり生活に張りを与えるものとなっていた。
二人は、その日学校であった他愛ない話題でのメール交換をしていたが、話題はいつしか獅子狼の野球部の話になって行った。
獅子狼は、高校では野球部に入っていることを打った。
同級生には中学校時代から県内で名が通っていた有名な選手が多く入学しており、みんな凄いんだ、でもその中でも小学校からの親友の太ちゃんは別格で、野球の無名校にすごいメンバーが集まったのも太ちゃんと一緒に野球をしたいから、夢――甲子園――を追いかけたいと思ったからなんだとメールした。
「凄いですね。獅子狼さんも、その人たちと甲子園大会とか言う全国大会に出られるんですね」と返信が来た。
「と、とんでもない。俺なんかそんな選手じゃないですよ」と冷や汗の絵文字をつけて返した。
「まだ、1年生じゃないですか。これから頑張ればレギュラーにも成れますよ」
と頑張れ絵文字付きで一緒に送られて来た。
「無理、無理? 俺はピッチャーだから。チームには全国レベルの太ちゃんがいるのにそれどころか普通の高校でもエースになれるような才能はないです」
と泣き顔絵文字付きで送った。
送信後、返信を待ったがとうとうその日はメールは来なかった。
【獅子狼と五月 2】
翌日の昼休み、学校に行っても心が晴れない獅子狼に五月が話しかけてきた。
「どうしたの。何か元気がないね」
「実は……」と獅子狼は、最近、女子高生のメル友ができたんだけど、と切り出し昨晩変な感じでメールが切れてしまった、と夕べの顛末について五月に話した。
「同じ高1の女子高生としてどう思う?」
と獅子狼が聞いた。
「それって、呆れられて鬱陶しい、と思われたんじゃないの」と強烈な一言が五月の口から飛び出した。
「えっ?」五月の言葉に驚き二口が告げない獅子狼だった。
「メール上でも知り合ったばかりの男の子に泣き言を聞かされたら女子は引くよ。
こんな男の子とメールしても時間の無駄、とダメ出しされたに決まってるよ。案外、次はアドレスを変えられているかもよ」
とさらにショックなことを五月は言った。
「……」獅子狼は悲しそうな表情になった。
「何よ、その顔。彼女に失恋した訳でもないのに」
返事もせずに固まっている獅子狼を見て五月は「はぁっ」とため息をつくと
「もう、わかったから。彼女が貴方を男らしい、かっこいい、と思うようなメールを送ればまた返信が来るかもしれないよ」
と獅子狼に助言するような言葉をかけた。
その言葉に獅子狼の顔に血の気が戻り「えっ、どんな、どんなメールを送ればいいかな」と色めきだって言った。
「そんなの、私の言葉じゃ相手には伝わらないわ。でも獅子狼さんの心からの言葉ならメールの文字でも思いって意外と伝わるんじゃないかな。
獅子狼さんが相手の言葉を受けてどう感じたのか、これからどうするのか自分の言葉で話した方がいいじゃないかな」
と五月は優しく言った。
「うん、そうだね。そうだ……」と獅子狼は自分に言い聞かせるように言った。
そして五月が自分の顔を見つめていることに気付いた。
「えっ? どうかした」
と獅子狼が五月に問いかけた。
「う、ううん。こうして獅子狼さんとゆっくり話したの久しぶりだなって思って……」
と五月が言った。
五月のその言葉に獅子狼は自分の顔が赤くなるに気付き
「あっ、ゴメン。トイレ、トイレ」
と言いながらその場から逃げるように出ていった。
トイレに向かって走りながら獅子狼は子供のころのことを思い出していた。
五月は、子供の頃から大人しくて自分の方からはあまり話さない子供だった。
いつもニコニコして獅子狼のあとをついて回るような子供だった。
獅子狼が五月を避けるようになったのは二人の秘密があったからだった。
小六になる前の春休みであった。
子供部屋で遊んでいるときに獅子狼は真顔になって五月を見つめると「キスしていい……」と五月に言った。
五月は獅子狼の目を見て
「将来、お嫁さんにしてくれるならキスしてもいいよ」
と応えたのであった。
ゴクン、と生唾を飲み込み獅子狼は五月の唇に唇を合わせた。
子供心にしてはいけないことをしてしまったという後ろめたさから、翌日から獅子狼は五月を避けるようになったのだった。
それからの五月は、それまで以上に学校でも大人しくいつも本を読んでいるような女の子になっていった。
それから小学校、中学校でも同じ学級になることはなかったので五月と正面切って話す機会を作らないですんだ。
中3になったころ、太陽が五月のことが気になる、と言い出し五月に積極的に寄っていくようになってからは太陽の後ろに隠れて五月と言葉を交わすことは避けていた。
中学校でも五月は物静かな文学美少女として評判だったから高校に入って五月が野球部のマネージャーになると聞いた時は驚いたものだった。
マネージャーになったのは太陽が中学時代から俺はお前が行く高校に進学する。
そして絶対に甲子園に連れて行くからマネージャーになってくれ、と顔を合わせる度に言っていたからと思われたが、まさか本当になるなんて、と獅子狼は驚いたのだった。
そんなストレートに自分の感情を表現できる太ちゃんって凄いな、と思うと同時にもう一つの感情があるのを獅子狼は深く心に封印していた。
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