メール 君がいたから僕は変われた

御海拾偉

第1話 獅子狼と天才 桂太陽

【桂 太郎 1】

 県内の、とある中学校の校門を出て下校する長身の男子生徒、桂(かつら)太陽たいよう(中学3年生)と平均から比べても背が低い小柄な男子生徒、天翔(あまかけ)獅子狼ししろう(同)がいた。


 「太ちゃん、また校長室に呼ばれたの? 天才も大変だね」と獅子狼は太陽に同情するように言った。


 「才能に恵まれて生まれた人間の宿命と諦めているよ」

と太陽は淡々と応えた。


 こんな言葉が嫌みに聞こえないのは太陽の人柄と、自他共に認める卓越した野球の実績があったからだった。


 神様に愛された桂太陽は、その類い希なる野球の才能から全国の高校から特待生の誘いを受けていた。


 彼の進路は全国高校野球関係者の関心事項であった。


 県内の強豪高校か、それとも県外の野球名門校か、いろんな噂が飛び交った。


 大阪の私立学校は契約金を1本を提示したとか、東京の私立高校は他校が提示した最高額の1.2倍を支払うことを約束した等々、きな臭い話が真しやかにささやかれた。


 今日も、校長室に呼ばれたのは関西の強豪高校の関係者が一目、太陽に会いたいと突然尋ねて来て帰宅がこの時間になっていた。


 そんな渦中の天才と一緒に下校している天翔獅子狼と太陽は小学校時代からなぜか気が合い、いつも連んでいた。


 何の運動もしていなかった太陽に獅子狼が「運動神経が良いんだから野球をやりなよ」と当時入っていた少年野球チームに誘ったのだった。


 それまで獅子狼は、身体は小さかったけどチームのエースピッチャーを任せられていたが、すぐにその座は太陽に取って変わられたが悔しさを感じることもないほどの器の違いを見せつけられたのだった。


 獅子狼は、太陽の控えピッチャーとして小学校、中学校の全国大会に出場したが、自分の力では、とうてい全国大会なんて出場できていなかったと思っていた。


 「でも、本当に北翔ほくしよう高に行くの。太ちゃんの才能を考えたら、もったいないと思うよ。そんなこと嫌なほど言われたと思うけど」


 「公立高校が野球専門校を敵に回して勝つ方が気持ちいいじゃないか。確かに俺が有名野球名門校に入れば甲子園で活躍し、優勝する可能性は格段高くなるだろうが、それって普通でおもしろくないじゃないか」


 「まぁ、そうだね」


 「公立高校が野球エリート校を相手にして勝つこと、これに野球ファンが感動するんだよ。それに本当に俺に才能があれば、どこに行こうがプロに進めるはずさ。それを証明してみたいんだよ」真面目な顔で太陽は言った。


 「で、本心は」茶化すように獅子狼が聞いた。


 「今のは本心だよ。でも、もう一つの本心は、ご存じのとおり委員長が北翔高に行くからさ」


 「よっ、正直者」獅子狼は口の前で手をスピーカーのようにして太陽の方を見て言った。


 「俺にとって野球も青春、委員長も青春、それを両立して見せたいんだ。野球がすべてじゃないってことを」正面を見据えて太陽は言い切った。


 『やっぱり、太ちゃんはすごい。同じ中学生とは思えない』獅子狼は心の中でそう思うのだった。


そんな獅子狼の目に前方で立ち話する二人の女子生徒が映った。


 「あっ。噂をすれば・・。五月ちゃんだ」と獅子狼が言った。


 「ホントだ。おうい。委員長」と太陽は周りの目を気にするでもなく元気よく手を振った。


 二人の視線の先にいた女子中学生らは手を振る太陽に気付いて笑顔で会釈した。


 髪の毛が長い方が二人の話に出てきていた桜澤五月でもう一人のショートカットの方が友人、羽瀬川美歩であった。


 二人は幼稚園時代からの幼なじみで親友であった。



【獅子狼と五月 1】


 五月と獅子狼も家が隣り合わせの幼なじみであった。


 二人の父親は地区大会予選の1回戦に勝てば大騒ぎするようなその他大勢な普通の高校野球部でバッテリーを組んだ仲であった。


 獅子狼の父親は市役所、五月の父親は県庁に勤める公務員であった。


 母親同士も同級生で、ともに父親らの野球部のマネージャーをしていたという。


 学年は親父らの一つ下で、マネージャーだけは甲子園級だった、というのが母親らの自慢であった。


 さらには、獅子狼と五月の誕生日は一緒で同じ産婦人科で出産したという出来すぎた話しであった。


 そんな漫画のような偶然も重なり小学校の高学年になるまでは一緒にいつも遊んでいた幼なじみである。


 もちろん、一緒にお風呂に入っていた仲であった。


 しかし、小学校の高学年になってからは獅子狼の方が五月を避け、男友達と遊ぶようになり二人は口をきく機会もなくなっていた。


 この後、高校生になった4人は、卒業後はそれぞれの道を歩き始めて離ればなれになるが運命の糸にたぐり寄せられるがごとく再び交わっていくのだった。



【桂 太陽 2】


 中学を卒業した太陽は数多くの野球の名門校からの誘いを断り、五月と同じ高校に行きたいという希望を初心貫徹して進学校である北翔高に入学した。


 その春の県内高校野球界では太陽の才能の証明する出来事があった。


 新入生年代の県下の有望選手が挙って北翔高への進学を決めたのだった。


 県内外の野球名門高校から誘われていた県選抜メンバーの多くが北翔高に入学していた。 県下の有名監督の下で甲子園を目指すよりライバルとして、県選抜チームの仲間として中学野球で同じ時を過ごした太陽と一緒に野球をやりたいと思わせるだけのものを太陽は持っていたのである。


 加えて野球部には、美歩と一緒に五月もマネージャーとして入部していた。


 その後、県内野球関係者の間では北翔高には過ぎたものが二つ――太陽と二人のマネージャー――があると言われることになる。


 ちなみに、4人は同じクラスであった。


 もちろん獅子狼も中学時代と同じく野球部に入部した。


 みんなが入学した北翔高は進学校であったので勉強に重点を置く生徒がほとんどで運動部はそこまで強いクラブはなかった。


 野球部も例外ではなく、同好会に毛が生えたくらいのレベルであり、過去に甲子園大会の出場して歴史もなかった。


 監督も野球経験がないような先生が就任することがほとんどで伝統的に練習からキャプテンを中心にメニューを考える、そんな高校であった。


 だから太陽が北翔高に入学すると決まってからは「桂太陽は終わった。あれだけの才能が朽ち果てるのは惜しすぎる」と感嘆する野球関係者が数多くいた。


 太陽と獅子狼が高校入学後、初めて練習に参加した時、獅子狼たちはビックリすることがあった。


 野球部のレベルが同好会に毛が生えたレベルということはわかって入学していたが、そんな獅子狼と太陽等を驚かせたのは監督が若い女性教諭だったことだ。


 監督が女性教師ということには、さすがに太陽と一緒に野球をやりたいと集まった猛者たちも落胆の表情を浮かべたが、この女教師との出会いが彼らの高校生活を充実したものにすることになる。


 野球部の部長は、獅子狼たちの担任で名を山神まこと、と言った。


 「まこと」は「眞言」と書いて「まこと」と読むと担任紹介の時に言っていた。


 部長は、まだ若く30前後くらいであり、細身に眼鏡で教師と言うより銀行マンのような感じで担当は歴史であった。



【獅子狼 1】


 太陽等他の新入部員が監督が女性であることで驚いていたが獅子狼にはもう一つ驚く理由があった。


 女教師が五月の姉、弥生だったのだ。


 小学校の高学年のころまでは五月の家にもよく遊びに行っていた獅子狼はもちろん姉の弥生のことはしっかりと覚えている。


 五月の8歳上だったので獅子狼が小学校の頃、弥生は高校生であったが子供心に綺麗な人だなあっと思っていたのだった。


 その後、弥生は熊本大学の教育学部に入学し、帰省したときに顔を見ることがたまにあったが、会う度に大人になっていく弥生を眩しく感じたものだった。


 そんな驚きから始まった獅子狼の高校生活であったがクラブに学校生活ともに充実した気持ちで生活を送っていくことになる。


 『太ちゃんの魅力に惹かれて凄いメンバーが集まった。今年は無理だろうけど、早ければ来年の選抜大会、遅くとも来年の夏には甲子園出場が現実味が出てくるに違いない。できれば来年、悪くとも3年になる時にはベンチに入って太ちゃんたちと甲子園の土を踏みたい』と将来への小さな夢を描くのだった。

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