世間 1
赤羽は新卒社員だった。直属の上司は浦和だった。右も左もわからなかったので、浦和のいうことは疑いもしなかった。呼ばれたら駆け足で出向いて転んだ。落ち着け、って言われたので次に呼ばれた時にのっしのっしと歩いたら、もっと急げと
ある日、得意先を電車で一緒に回って
「ウチは志だけは大手に負けないからな」
浦和が
「あ、そのスマホ、忘れてきたっ」
と、浦和が慌てた。そして、
「アッチャン、取ってきてくれ、すまないが、ほんとに」
「どど、どこに忘れたんっすか」
「いいから、誰かに、いいから、急いで、取られる前にっ。連絡するから、スマホで、後でっっ」
浦和の慌てっぷりにやられ、赤羽は駆け出した。ひとまず駅に戻るために角を曲がったところで気がついた。後でスマホで連絡するって、そもそもどこに忘れてきたのかを言ってくれなければ、どこにも行きようがないじゃないか。善は急げ。盗られたら一大事。すぐに赤羽は浦和のスマホに電話した。
「スマホ、忘れたんすよね? ウチには業務用スマホがないんすから、浦和サンの業務用スマホにラインはできませんよね?」
「そうだ」
「だから浦和サン個人のスマホに電話しました」
「了解」
「頭が混乱してるので、現状をまとめつつ確認します」
「了解」
「スマホには業務用と個人用があります。が、ウチには業務用スマホがありません。だから、浦和サンが紛失したのは浦和サンの個人用スマホですね?」
「そうだ」
「で、業務用スマホがないんだから、僕が電話しているのは浦和サンの個人用スマホに、ですよね?」
「そうだ」
「その浦和サンの個人用スマホを忘れてきたんですよね? そもそもどこに置き忘れたのですか?」
「いま思い出しているから、もう少し待て」
「急いでいます。盗まれたら一大事です。浦和サンの個人用スマホから僕の個人用スマホに、浦和サンの個人用スマホをどこに忘れてきたのか、できるだけすぐに教えてほしいんです」
「も、もうちょっとで思い出す、と思……」
「急いで下さい」
「……アッチャン、もういい」
「え、どうしてですか? あきらめちゃいけません。僕、ダッシュでとってきます。遠くても頑張ります」
「いや、いいんだ、すまなかった」
「謝らなくてもいいです。ほんとにダッシュで行ってきます」
「いや、ほんとにいいんだ、ほんとにすまなかった。そのまま
「遠慮しないで下さい。僕は腐っても浦和サンの部下です。電話、見つけるためならできることはすべてやりたいんです」
「いや、それが、君にはできないんだ」
「そんなこと、ありません。浦和サンだって、いつも仰ってるじゃないですが、目標達成を決して諦めるなって」
不毛なやり取りがしばし続いた。やがて浦和は怒り出した。
「なんで怒るんすか!?」
「だから、オレのスマホ、あったんだ、皆まで言わせるな!」
「ご自分で取りに行けたんですか! 部下を使わずにご自分でやるなんて。よかったじゃないですか!!」
赤羽は心から喜んだ。電話の向こうでは浦和は、バカな奴だと苦笑いした。
「明日は取引先と飲む予定がある。お前も連れていくから、忘れるなよ」
「え、あ、はい、わかりました! ところで、チョッキは僕は着ていませんが、どうすればいいんですか???」
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