第41話 バレバレですよ?

「「非常勤講師?」」


 アルとセアラが声を揃えてルシアに聞き返す。


「そ、要するに私の授業のサポートをしてもらいたいのよね。今日の自己紹介で思ったんだけど、特にスフィアちゃんみたいな戦い方をする子には、アルの指導もあった方がいいと思うの。私も心得が無いわけじゃないけど、あんまり得意じゃないからさ。あとみんな予想以上に出来るから、セアラの力も借りたいところが出てきそうだし」


「そうは言っても……」


「もちろん毎日じゃなくて、週に一、二回くらいでどうかしら?」


 そこまで言うと、ルシアは顔を見合わせて困惑するアルとセアラの間に入り、耳打ちをする。


「自分でも十分に分かっていると思うけれど、アルの状態ははっきり言って良くないわよ。どうせシルちゃんたちには言ってないんでしょ?心配かけまいとするのは分かるけれど、それならなるべく傍にいてやりなさい。何かあってからじゃ悲しませるだけよ?」


「……すみません」


 ルシアの指摘の通り、アルの余剰魔力を吸収している魔石の交換頻度は、当初想定されていたペースを遥かに超えている。シルから聞かされているリミットまで持つ保証もない以上、逐一状態を確認しておきたいというのも当然の流れ。

 アルとセアラは平静を装ったまま、腕を組んだまま固まるドロシーへと視線を移す。それをうけたドロシーは、はぁと深いため息をついてソファから立ち上がる。


「アル、セアラ、手続しておくから頼むわよ」


「「分かりました」」


「ちょ、ちょっと待ってよ、ホントにパパとママが先生やるの?」


 事情が分からないシルが駆け寄り、抗議の意を示す。二人と会えること自体は喜ばしいが、クラスメイトと一緒に授業を受けるやりにくさが先に立つ。


「あら~?シルちゃんは喜ぶと思ったんだけどなぁ?」


「あうぅ……」


 含みを持った笑みを浮かべたルシアから顔を覗き込まれ、シルは顔をかあっと赤くして一歩後退する。


「それにほら、今更止めるなんて言ったら暴動が起きるわよ?」


 ルシアが背後を指さすのを確認し、シルがばっと振り返ると、瞳をきらきらと輝かせて、期待で胸一杯といった様相のクラスメイト達。『世界の英雄』と『戦場の女神』から手ほどきを受けることができるとあれば、貪欲な彼らが喜ばないはずも無かった。


「ケイとスフィアちゃんまで!!」


 ずかずかと二人のもとに行って、頬を膨らませるシルだったが、二人は呆れたような声で反論する。


「あのねぇ……喜ぶのは当たり前でしょう?だってお二人には私たちをここまでにしてくれた実績があるのよ?歓迎こそすれ、嫌がる理由がないでしょ?」


「そうですよ、シルさんは多少気まずいかもしれませんが、強くなるためにはなりふり構ってなんていられないはずですよ?」


 正論を突き付けられ、シルはむぅと閉口する。確かに補佐としてカーラがついてはいるが、それは学園に不慣れなルシアのサポートがメイン。授業の方は手伝うことよりも、まだ若い彼女にルシアの授業を間近で見て、経験を積ませることが主な狙い。となるとほぼルシア一人で十人の生徒を見なければならず、質の低下は避けられない。


「シル、やりにくいかもしれないがよろしくな」


「あ……う、うん……分かった」


 困ったような笑みを浮かべたアルが、ポンポンとシルの頭を叩く。表情こそ俯き加減でうかがい知れないが、シルの正直な尻尾が忙しなく動き回る。

 その様子を見ていたケイが、隣に立つスフィアの袖をちょいと引っ張り、その場から離れて二人並んで壁にもたれ掛かる。


「ねぇ、アルさんだって気付くよね?だってあんなの誰が見たって……」


 その言葉通り、その場にいる全員の視線が意味ありげに二人を捉えている。アルはともかくとして、シルの仕草や反応は親子だからということで切り抜けるには無理があった。


「恐らく……気付いていないふりをされているんじゃないでしょうか……」


「……やっぱり……アルさんから今の関係を崩すことは無い、か……でもそれって狡くない?」


「……それは違うと思いますよ?」


 頭の後ろで手を組んで、ケイがふぅと溜息をつく。


「あ〜あ、私ってこんなにも嫌な奴だったのかしら?」


 どれ程シルと仲良くなろうとも、アルとの間には決して割り込めない。ケイには自分たちとは違う次元に、二人がいるような気がして仕方がなかった。そしてそれこそがセアラの言う、アルにとって自分とシルが特別だという事だった。

 ケイはその事実をシルとの仲を深めれば深めるほどに実感する。それを実感すればするほど、いつしか自然とアルの粗を探そうとする自分がいることに気付いて嫌になる。

 そしてかぶりを振って自嘲気味に笑うケイの左手を、スフィアがそっと両手で包み込む。


「ねぇケイさん」


「ん……どうしたの?」


「シルさんはこれから先も私たちと一緒にいてくれますよ。何故かは分かりませんが、私はそんな気がするんです」


 確証など何処にも無い。それでもその場しのぎの戯言などでは決してない、そう思わせるだけの確かな熱を持ったスフィアの言葉。


「…………そうね、私も、うぐっ!?」


「もう〜!二人とも、なんで逃げるのよ〜!?」


 シルが二人に体当たりをかましてぎゅっと抱きついてくる。アルとセアラにはクラスメイトたちが群がって、サインをねだったり質問攻めにしていた。


「げほっ、げほっ……ほんっっと……アンタは人の気も知らずにさ〜」


 ケイがシルのよく伸びる頬をつまんで、横にむにいっと引っ張る。


「いたたたた」


「シルさん、少しは空気を読んでください……」


「えぇっ?なんでよぉ〜!?」


 訳も分からず二人に辛辣な言葉を掛けられ、赤くなった頬を擦りながら涙目になるシルだった。

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