第40話 英雄と女神
「あなた達はここでちょっと待ってて?ドロシー、入るわよ」
ノックもせずにガチャリと理事長室の扉を開けて、ずかずかと中へと入っていくルシア。
「ちょっ、ルシア先生!?」
まるで自室にでも入るかのような気軽さにカーラが慌てふためくが、彼女はその歩みをいささかも弛めることは無い。部屋の中では入試の時のように、ドロシーの向かいにアルとセアラが座って談笑をしていた。
「あ、ルシアさん、早かったですね?もうオリエンテーションは終わったんですか?」
セアラがその姿を確認して小首を傾げる。二人には入学式の際に、ここで待っているようにと約束をしていた。
「ううん、まだ途中だけど、この子達に二人を紹介しておこうと思ってね」
「この子達?」
「みんな、紹介するから入っておいで」
カーラを先頭にして、緊張した面持ちで続々と生徒たちが室内へと入ってくる。
「そんなに緊張しなくても取って食われたりしないわよ?アル、セアラ、悪いんだけど自己紹介してもらっていいかしら?シルたちのクラスメイトよ」
バツが悪そうにケイとスフィアに隠れているシルを確認すると、アルとセアラが全てを察したように苦笑しながら自己紹介を始める。
「初めまして……じゃない人もいるみたいだけど、シルの父親、アル・フォーレスタです。『世界の英雄』なんて呼ばれたりもしているけれど、別に畏まらなくてもいいから。ただのクラスメイトの父親と思ってくれればいいよ」
「シルの母親、セアラ・フォーレスタです。ええっと『戦場の女神』って言った方が分かるのかしら?みんなシルと仲良くしてあげてね?」
「あなた達、見惚れるのはいいけれど、手を出そうものならアルに殺されるからやめときなさいよ?」
揃いも揃ってセアラをぼーっと見つめる男子生徒六名に対して、ルシアがキッチリと釘を刺す。
「あの……一つよろしいですか?」
「どうぞ?アーノルド君、まずはちゃんと自己紹介してね?」
「はい、アーノルド・レディングと申します。失礼ながら、お二人とご息女は血の繋がりはありませんよね?」
「ええ、無いわね。でも私たちにとって、シルが大切な娘であることに変わりはないわよ?それを聞いてあなたはどうしたいのかしら?」
ピリッと引き締まった空気と笑顔の裏に秘められたセアラの威圧感に、アーノルド以下、だらしない顔を晒していた者たちの表情が一気に引き締まる。目の前にいる見目麗しい女性が『戦場の女神』とまで呼ばれる理由を、その身を以て実感する。
「そ、そうですね。つまらないことを聞きました……すみません」
意気消沈し、慌てて取り繕うアーノルドに、ルシアはクスクスと愉快そうに笑う。
「セアラ、気持ちは分かるけど脅かせてどうするんだよ……」
「アルさん、すみません、つい……」
苦笑いするアルに、セアラが身を縮める。
「えっと、アーノルド君、だったかな?血の繋がり云々関係なく、学園での出来事に俺たちが干渉することは無いから心配しなくていい。みんなには極々普通のクラスメイトとして、シルと接してくれたら有難いかな」
「は、はい……分かりました」
セアラとは違い、柔和な表情で語りかけるアルにホッとする一同。
「ただし……」
一転して厳しい表情になるアル。途端に空気が粘度を増したような息苦しさを感じて、生徒たちに緊張が走る。
「許可なくシルに手を出す奴は許さないから、そのつもりでな」
「……え〜……アル?手を出すっていうのは……その……どういう?」
場に困惑の空気が漂い、代表してルシアが念の為にと確認すると、アルは質問の意図が分かりかねるという様に首を傾げる。
「どういうって……そんなの決まっているじゃないですか。男女交際はシルにはまだ早いっていう」
「……あなたねぇ……」
呆れた声を発しながらルシアがちらりとシルとセアラの様子を窺うと、シルは『恥ずかしいから止めて』と言うでもなく、かすかに頬を赤らめて満更でもなさそうな表情。その言葉が、アルが単なる過保護な親だから出たと分かっていても、嬉しいことに変わりはなかった。セアラに至っては先程までとは人が変わったように、ニコニコといつもの笑顔を見せている。
(あー……ふぅん、そういうことね。シルちゃんはともかく、セアラはちょっと意外ねぇ)
入学式後、教室へと向かう際に抱いた違和感の正体に見当がつき、ルシアが思わずほくそ笑む。
「アルさん、セアラさん。ご心配なく、私が目を光らせておりますから」
ずいと前に進み出て、ジュリエッタが胸を張って宣言する。
「久しぶり、ジュリエッタちゃん。いや、もうジュリエッタ嬢とでも言った方がいいかな?」
「ふふっ、お好きな呼び方でお呼び下さいませ」
「ジュリエッタさん、お久しぶりです。随分と大きくなられて、もうすっかり大人の女性ですね」
すっかり上機嫌のセアラが嬉しそうにジュリエッタに近づき、その手を取る。
「ありがとうございます、と言いたいところですが、まだまだ中身の伴っていない若輩でして、本当はもっと成長した姿を見せたかったのですが……それでも、またこうしてお二人にお会いできて嬉しいです。それにしても、まさかお二人のご息女と同じクラスになるなんて、驚きました」
「ええ、本当ね。シルはちょっと抜けてるところがあるからよろしくね?」
「はい、任せて下さい!」
その一部始終を見ていたシルが、面白くなさそうに口を尖らせる。
「何よ、パパもママも嬉しそうにしちゃってさ……」
「ほらほら、ヤキモチ妬かないの」
むぅとむくれるシルの頭をケイがポンポンと叩いて笑うと、スフィアがそのあとを継いで疑問を口にする。
「でも本当にお知り合いだったんですね。シルさんがご存知ないのなら、どちらでお知り合いになられたんでしょうか?」
「おそらくドワーフの国でしょうね。アルデランドの家名は国の名前にもなってるから、そこの孫娘ってとこじゃないかしら?」
「じゃあ本当にお嬢様ですね」
「ん〜、でもドワーフに身分制度なんて、無かったような気がするんだけどなぁ……」
ケイの思考をぶった斬るように、ルシアが柏手を打ってパンと大きな音を立てる。
「ねぇ、ドロシー、いい考えがあるんだけど」
ルシアの満面の笑みに、ドロシーが思わずたじろぐ。
「い、一応聞きましょうか」
「アルとセアラを非常勤講師にしたらどうかしら?」
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