第39話 惚れた弱み

「なぁなぁ!おまえ聖女ってマジなのかよ!?」


「そんなことよりアレどうやったんだよ?俺でも出来るのか?」


「あ、あわわわ……」


 先程までの凛々しい姿はどこへやら、案の定クラスメイトたちからの怒涛の質問攻めに目を回すシル。それでもその質問には悪意などは含まれておらず、ただただ純粋な疑問をぶつけられているだけのようだった。


「はぁ、全く……世話がやけるんだから……」


 ケイがこめかみを押さえながら嘆息する。

 力を引き出すためとはいえ、相変わらず勢い先行で生きているようなシルに、少しは思い知ってもらった方がいいだろうと一先ず静観を決め込む親友の二人。


「最近のシルさんは変わられましたよね。今回のこともそうですが、以前よりも迷いなく真っ直ぐに前だけを見ていると言いますか……ちょっと度が過ぎている気もしますけどね」


 苦笑してしみじみと語るスフィアの視線の先には、一際元気だった赤髪の少年ラルフに肩を掴まれ、前後にガクンガクンと体を揺さぶられているシル。助けを求める潤んだ瞳が二人に届けられると、ケイがもう一度困ったような表情で嘆息する。


「あ〜もう!!これも惚れた弱みって言うのかしらね?」


「ふふっ、そうですね」


 ケイとスフィアは顔を見合わせて笑うと、シルを救出するべく両者の間に体を捩じ込む。


「はいはい、ちょっと下がって。女の子を乱暴に扱わないの」


「お、おう、すまん……」


「とりあえず教室に戻りませんか?まだオリエンテーションの途中ですし」


 自分たちだけでは抑えられないと判断したスフィアは、教師の二人を見て同意を促す。


「ん〜、そうねぇ……この際、疑問は全部解消しちゃえばいいんじゃないかしら?」


「「「はいっ!!」」」


 その提案にクラスメイトたちが威勢のいい返事を返すと、意図が分からずに目を丸くしているケイとスフィアに、ルシアは『任せて』と目配せする。


 その後は頭がショートしてボーッとしているシルの代わりに、ルシアが質問に答えていく。聖女のこと、魔法のこと、ソルエールの大戦のこと。

 やがて一通りの質問が終わった頃、ジュリエッタがシルの真正面に立つ。


「私が最後ですわね……シル・フォーレスタさん、あなたが『聖女』ということは……それは即ちアルさんとセアラさんの娘ということで、間違いありませんのね?」


 それまで完全に三人におまかせ状態だったシルが、驚きとともにジュリエッタの顔を見返す。


「パパとママを……知ってるの?な、なんで?」


「もちろんですわ、お会いしたこともありますし、私はアルさんと結婚するはずだったのですから」


「え……?けっ……こん……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーー!?」


 予想以上の大きなリアクションに、ジュリエッタが思わず怯んで一歩後ずさる。


「ちょっ……い、今は違いますわよ?」


「あ、そ、そうなんだ……良かったぁ……」


 ホッと胸を撫で下ろすシルに、ジュリエッタは何事かを察して眉をひそめるが、一つため息をついてそのまま続ける。


「……でもそうですわね……お二人の娘であるならば、その異常な強さですら、さもありなんといったところですわね……ところでお二人は今日はいらしているんですの?」


「うん……来てるよ。会いに行く?」


「そうですか……久しぶりにお会いしたいですわね」


 ケイとスフィア以外のクラスメイトには、そのやり取りの意味が分からず、ラルフから当然の質問が飛び出す。


「なぁ、話がよく見えねえんだけどさ、シルの両親って誰なんだ?有名な人なのか?」


「ソルエールの大戦でご活躍された『世界の英雄』と『戦場の女神』ですわよ。貴方がたも本で読まれたことがあるでしょう?まああれは物語ですから、多分にフィクションが含まれていますけどね」


 ジュリエッタが毅然として言い放つと、一瞬の静寂がその場を支配し、シルたちは耳をふさぐ。


「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」


 あらん限りの声量で、驚きを表すクラスメイトたち。


「ウッソだろ?おい!?」


「モデルが居るってマジだったのか!!」


「っていうかここに来てるって?じゃあ……」


 ジュリエッタの暴露によって一気に場が沸騰し、もはや収集がつかなくなってしまうと、ルシアがパンパンと手を叩いて注目を集める。


「それじゃあ二人に会いに行きたい人〜?」


「はいっ!!!!!!!」


 ルシアがまるで幼年学校の先生の如く笑顔で提案すると、カーラが生徒たちに一歩先んじて勢いよく手を挙げ賛同する。


「私は生徒たちに言ったつもりなんだけど……いい?この事は一切他言無用よ?シルが聖女だということも、両親のこともね。それを約束出来るんなら会わせてあげるわ」


「もちろんですっ!!」


「うわ、ヤバ、楽しみすぎて手汗かいてきた」


 歓喜の声が上がる中、急展開についていけないシルがルシアの腕に縋り付く。


「ル、ルシアさん、大丈夫なんですか?パパとママに迷惑が……」


「シルちゃん……あなた自分から聖女だって暴露したくせに、今更何を言ってるのよ?それにね、こういう場合はきちんと疑問点を解消してあげて、出来れば恩を着せてから解放するべきよ。変に隠して余計な詮索をされたり、あることないこと噂をされるくらいならそのほうがずっといいわ。それに二人だってあ〜んな入学式を見せられたら、シルちゃんのクラスメイトが気になっていると思うわよ?」


「あ、あうう……」


 全ては身から出た錆。言葉を失うシルの肩を、ケイとスフィアがポンと叩いてゆっくりとかぶりを振る。


「シル、諦めなさい。全部あなたのせいよ」


「そうですよ、もう収まりがつきません。自業自得ですね」


「うう……スフィアちゃんまでぇ……」


 しおらしくペタンとお辞儀をするシルの耳を見て、ここのところ振り回されっぱなしだったケイとスフィアは、密かに溜飲を下げるのだった。

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