第38話 シルの取っておき

「全然ダメでしたね」


「ううん、惜しかったよ」


 苦笑しながら舞台を降りるスフィアをケイがハイタッチと笑顔で迎える。周囲と比べても二回りは小さいその背中は、言葉とは裏腹にどこか誇らしげで、見送るシルの頬が緩む。


(二人とも……本当に強くなったなぁ)


 ルシアをもう一歩のところまで追い詰めたスフィアはもちろんのこと、ケイの魔法も完全に防がれたとはいえ、精霊の力を借りていれば結果は変わったはず。

 二人がここまで急成長した理由、それはシルにも分かっている。もちろんアルの為は大前提だが、何もかも背負おうとする自分を助けたいと思ってくれている。

 ケイとスフィアは己の力不足を嘆くが、シルにとって二人の存在は紛れも無く支え。シルが危ういと思った時には止めてくれるし、二人の頑張りはこうして背中を押してくれる。


 クラスメイトたちが舞台下に並んだのを確認すると、シルがゆっくりと口を開く。


「入学式でも言った通り、私はこの学園で首席を目指します」


 他の者たちのように勢いに任せた自己紹介ではない。静かに、淡々と、それでいて聴く者に芯の通った強さを感じさせるシルの声。


「……だけど私はその先に、皆みたいにハッキリとした夢を持っているわけじゃありません。世界一の魔導師なんて称号はいらない。宮廷魔導師という地位もいらない、素敵な男性に見初められたいなんて思わない。ましてや世界を救える英雄になんてなれなくていい」


 およそ意気込みとは言えない言葉に、舞台の下の者たちが怪訝な表情を見せてざわつき始めると、大きな深呼吸を一つして、シルがケイとスフィアに視線を送る。


「シル……」「シルさん……」


 今から何をするつもりなのか、三人は目だけで意思を疎通する。


「ただこの目に映る誰かを救える自分でありたい。誰かの小さな幸せを守れる自分でありたい。大切な友人を、大好きな人達を幸せにしてあげられる、そんな自分になりたい」


 シルは目を閉じると、すぅっと大きく息を吸い込む。


「『銀髪のケット・シー』そして『聖女』のシル・フォーレスタです!得意な属性は光!!大切な人たちと笑い合える未来あしたが欲しいから!だから私はここに来ました!!」


 かつてあれほどまでに嫌っていた聖女という呼び名。まるで頑なに仕舞いこんでいたアルへの恋心のようだと小さく笑う。

 どちらも今やシルにとって無くてはならないモノ。聖女であることは未来を照らす希望の光となり、アルへの恋心は困難な道を突き進む勇気をもたらしてくれていた。


「あらあら、成長したのは魔力だけじゃないみたいねぇ?ええ、いいわ!私もそのために来たんだし、全部受け止めてあげる!全力でかかって来なさい!!」


 突然のシルの告白に舞台下のざわめきは更に大きくなるが、もはや対峙する二人には届かない。

 ただの自己紹介で終わらせない。シルのそんな決意を汲み取ったルシアが、枷を外すかのように耳を戻し、今までとは桁違いの魔力を溢れ出させる。


『聖女の力は心の在り方によって影響を受ける』


 今その言葉が正しいものであると示されていた。

 聖女であることを受け入れただけでなく、公言までしたことで、シルの体からルシアに匹敵するほどの魔力が溢れ出す。


「聖女だって……?それに……先生もエルフ……なのか……」


 アーノルドがポツリと呟くが、誰からも返答はない。シルの自己紹介の真偽は分からずとも、今から世界最高峰の魔法戦が見られるであろう予感を感じ、それが始まる瞬間を見逃さぬように固唾を飲んで見守っていた。


「ありがとうございます!行きます!!」


 両手を前に突き出したシルが右足のつま先でトントンと足元を踏み鳴らすと、舞台全体に魔法陣が浮かび上がり、青白い光に包まれる。


「私と主導権の奪い合いでもするつもりかしら?」


「それも面白そうですけど、また今度でっ!『無限矢インフィニティアロー』!!」


 舞台全体が発射台となり、石製のやじりが作られたそばからルシアに向かって飛び立つ。削られた次の瞬間には修復されるので、シルが魔力の供給を続ける限り、文字通り無限の矢が襲いかかる。


「魔力切れでも待つつもり?私、そんなにヤワに見えるかしら!?」


 ルシアが自身を中心にして、半球状に張った障壁で全方位からの攻撃を防ぐ。

 シルとてこれが世界最高峰相手に有効打になるなど露ほども思っていない。しかしこうして元々ある物質を変型させて攻撃するのは、具現化よりも遥かに魔力消費が少なく済む。その上、舞台を直すためにルシアに魔力を使わせることになるので、防がれても十分なメリットはある。


「どうでしょうねっ!?まだまだ行きます!『炎矢フレイムアロー』、『風刃ウインドカッター』、『水刃ウォーターカッター』」


 シルは畳み掛けるように、両手を振って三つの魔法陣を眼前に作り出す。

 一つの魔法陣からは燃え盛る炎が矢の形を成し、石の鏃に混じってその体を穿たんと襲いかかる。

 残る二つの魔法陣からは、それぞれ風と水の刃が唸りを上げて、ルシアの首を狙って疾走する。


「ふふっ、最っ高にスリリングで厄介ねぇ!?」


 シルの苛烈な魔法の嵐にルシアの口角が上がる。


「四属性同時!?しかも威力すげえっ!!」


「て言うか魔法を四つ同時に使うって……有り得ねえぞっ!!」


「じゃ、じゃあさっきの自己紹介ってマジなのかよっ!?」


「でもよ、いくら魔法を四つ同時に使えても、あの強固な魔法障壁は揺るがないだろ?」


 生徒たちの驚きと疑問に耳を傾けていたケイが、シルの狙いに気付いて成程と頷く。


「ああ、そっか、シルのあの石矢は物理攻撃になるんだね。ほんっと、相変わらず器用なことをするわねぇ……」


「ええ、ジュリエッタさんは魔力で石の針を操っておられましたが、シルさんのあれには魔力が込められていませんね。成型と発射だけ魔力を使って、あとは慣性で飛んでいるだけですから魔法障壁では止められません」


 二人の考察通り、シルの攻撃の意図は物理攻撃と魔法攻撃を絶え間なく同時に叩き込むこと。先程ルシアがスフィアのフェイントに慌てたように、魔法障壁は魔法攻撃、物理障壁は物理攻撃しか防ぐことが出来ない。


「魔法と物理の同時攻撃とは考えたわね、と言いたいところだけれど詰めが甘いわっ!!この程度、私が捌ききれないとでも?それに魔力量は今でも私が優位なのよっ!!こんな小細工じゃどうにもならないいほどにねっ!!!!!!!」


 未だ己が優位であることを示すように、ルシアがシルの作戦を扱き下ろす。

 これまで一貫して生徒たちのいい所を伝えてきたルシア。このような反応は初めてのことで、その表情からは余裕の色が完全に失われている。


 物理攻撃と魔法攻撃、両者を同時に防ぐというのは、いかにハイエルフのルシアといえども非常に難易度が高い。魔法障壁と物理障壁は完全に相反するものであり、彼女が得意とする複合術式を組み上げても制御が難しく、同時に発動することにも多大な集中力を必要とする。

 こと障壁に関してはセアラが圧倒的な第一人者なのだが、これは魔法との相性の問題であり、ルシアでも真似をすることは出来ない。


「セアラほどじゃ無いにしろ、私だってこれくらいは出来るわよっ!!」


『そんなの知ってますよ』シルはその言葉を飲み込みながら、なおも攻撃の手を緩めない。ルシアがこれを捌けること、そんなことは織り込み済み。

 シルはチラりと上空を見上げ、勝利を確信したように頷く。


「さすがですね、ルシアさん!!でも……これは防げないんじゃないですか!!!」


「……?なっ!?」


 ここまで惜しみなく魔力をつぎ込んだ苛烈な攻撃は全てがミスリード。ルシアの意識を他所に移さず、攻撃を防ぐことだけに釘付けにすることが目的だった。

 シルの言葉にルシアが上空を見上げると、更に二つの魔法陣が遥か上空で怪しく光り、小さな雷雲を形成していた。


「手加減出来なくて本当にすみません!!『雷槍サンダースピア』」


 ピシャァァァァァァァァァァァン!!!!!!


 轟いた雷鳴に一同が目を背け耳を塞ぐ。


「……う……ぐ……」


 魔法障壁と物理障壁を展開し続けていたルシアだったが、それを意に介することなく、雷撃がその体に容赦なく牙を剥いていた。


「ああっ、ルシアさん!すみません、すぐ治します!!」


 雷に撃たれたとあれば、無事で居られるはずも無い。その場に倒れ込み、気絶したまま僅かに身動みじろぎをして呻くルシアに、シルが慌てて駆け寄り回復魔法をかける。


 治療が終わり、やがて意識を取り戻したルシアが、かぶりを振りながら立ち上がる。


「はぁ……死ぬかと思ったわ…………雷はあくまでも自然現象、ってことなのね……」


「はい、雷雲を作るメカニズムを学んで、それを水魔法と風魔法で再現しました。ただ、雷雲を小さくしてピンポイントで落とせるようにはなりましたけど、威力もタイミングも自分で決められないので、今回のように一方的に攻められる状況じゃないと……」


「ふふっ、最初はそれでいいのよ。それ、間違いなくシルちゃんの取っておきになるわ。実戦で使えるようにしていきましょ」


 シルの言う通り課題は山積みではあるものの、ルシアは六つの魔法を操りながら、繊細なコントロールで雷雲を作り出した、その天性のセンスに舌を巻く。それは彼女でさえ、一生かかってようやく到達出来るかどうかという領域。


「はい、ありがとうございました」


「ところで……アレはどうするのかしら?」


「アレ?」


 ルシアの指差す方に視線をやると、目を輝かせたクラスメイトたちがシルに飛び掛るタイミングを伺っていた。

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