第37話 アルの弟子、スフィア
「あ〜、ダメかぁ〜……」
「はい、次の方どうぞ〜」
肩を落とす生徒が舞台を降りるのを見送りながら、ルシアがおどけた調子で手招きする。
ケイを皮切りに、次々と渾身の魔法を繰り出して自己紹介をしていく生徒たち。確かに入試とのレベル差は歴然だったが、誰一人として場外どころか、ルシアをその場から一歩も動かすことが出来ない。
「シルさん、タネは分かりましたか?」
「う〜ん……この舞台だけがよく分からないんだよねぇ……」
「次は私が行きますわ!」
シルがうんうん頭を悩ませていると、ジュリエッタが高らかに宣言する。
「シルさん、ほら、答えないといけないみたいですよ」
「え?ああ、どうぞ」
「も、もうちょっと頑張ってとかないんですの!?」
「あ、はい、頑張ってください」
「くっ……いいこと!?そこで私の素晴らしい魔法を指をくわえて見てなさい!あと危ないからもうちょっと下がりなさいな」
「うぅん……なんだか憎めない人ですねぇ……」
「早くしてちょうだ〜い」
ルシアに急かされたジュリエッタは片膝をついて、両の手のひらを舞台へと密着させる。
「ジュリエッタ・アルデランド、ドワーフの血を継ぐ者ですわ!!得意属性はもちろん土!!」
その手のひらから舞台へと魔力が流れ込む。
「誰よりも強く美しく、世界中の男性から求められるような女性になってみせますわ!そのためにこの学園で主席を取ってみせます!!『
ドワーフの血を継ぐという事実よりもインパクトのあるジュリエッタの意気込みに、シルとスフィアは『うわぁ……』と真顔になる。
それでもその魔法の実力は本物だった。舞台から石製の円錐型をした針が作られると、次々とルシアに向かって飛び立っていく。糸を引くような綺麗な直線を描くものもあれば、蛇のようにうねうねと地を這うもの、天高く飛び上がって急降下してくるものと様々。
「うふふ、意気込みも魔法も面白いわねぇ。でも素敵な女性を目指すのなら、足元を疎かにしてはダメじゃないかしら?」
分かっていながら敢えて挑発するルシア。
「もちろんっ!言われるまでもありませんわっ!!」
針が四方八方から一斉に襲い掛かるタイミングで、ルシアの足元からも殺傷能力十分の鋭い針が、その体を貫かんと形成されていく。
「あ、分かった」
「え?このタイミングでですか?」
「うん、あの金髪縦ロールの……」
「ジュリエッタさんです」
「ああ、うん、ジュリエッタさんの魔法はさ、魔力で針を一から具現化しているんじゃなくて、この舞台を作ってる石を利用してるはずだよね?でもほら、見て」
「針が作られたそばから舞台が直っていってますね」
まるで舞台が生きているかのように、失った部分を補修していく。
「きっとこの舞台自体が魔法で作られているんだよ。恐らくこの下には大きな魔法陣があって、この形を保つように術式を組んでいるんだと思う。だからあの下からの攻撃はダメだね」
(裏を返せばこの規格外の魔法を発動させ続けているということ、だよね。そんなことが出来る人はここに一人しかいない)
「くっ、どうして上手くいかないんですの!?」
ルシアに届く前に針がサラサラと崩れ落ちてしまうと、肩で息をするジュリエッタが忌々しげに声を荒らげる。
「針が出来たと思ったら消えちゃってます」
「うん、すぐに舞台から離れたら術式の影響下から逃れられるけど、ああやって舞台にくっついたままだと、よっぽど使い手の魔力が強くないと干渉されちゃうんだろうね」
「はいオッケー!良いじゃないの、これだけ広い範囲に魔力を通すなんて学生レベルとは思えないわよ。放った針をコントロールして緩急をつけているのも高得点ね」
「あ、ありがとうございました……」
ルシアの声と共にまたしても魔法が跡形もなく消え去ると、いつも自信満々のジュリエッタも、さすがに疲労の色は隠せずに重い足取りで舞台から飛び降りる。
「あれはどうやっているんでしょうか……」
「あれは魔法陣の主導権を奪ってるの、要するに遠隔で魔法陣を書き換えているんだよ。それも安全に消えるようにね」
「書き換え?そ、そんなこと出来るんですか?」
「普通は出来ないよ。無茶苦茶に乱すだけならともかく、わざと機能不全に陥らせて安全に消すなんてことはね。下手したら込めた魔力が暴走して、どんな結果が引き起こされるか分かんないもん。瞬時に術式の構成を理解出来るルシアさんだから出来る芸当だよ」
「な、なるほど……ケタ違いですね……」
スフィアの驚嘆に反応することなく、シルは突破口を探るべく思考の海へと潜っていく。
シルの魔法のセンスは間違いなくルシアを凌ぐ、周りからも本人からもそう言われている。それでも魔法においては経験、即ちどれだけ多くの魔法に触れてきたのかが重要となる。魔導師の数だけ魔法があると言われるように、ジュリエッタを始めとして、この自己紹介においてもシルの知らないオリジナルの魔法がいくつも見られた。そういった経験によって魔法のセンスは磨かれて、やがて玉へとなっていく。
だからこそシルは焦る。地道な日々の積み重ねこそが近道と分かっていても、来るべきその日までに間に合わなければ意味が無いのだから。
「シルさん、次は私が行きますね」
そんなシルの焦りを感じ取ったのか、スフィアが優しく微笑みかける。
「あ、うん。頑張ってね!」
「はい!見ていてください!!」
スフィアは空間収納から一つの武器を取り出す。
「あれは……どうしてあの娘が……?」
舞台の下から見ていたジュリエッタが、口元を押さえて驚きを表す。スフィアが取り出したのは、アルが使っているものとそっくりなメイス。
最後に稽古をつけてもらった日、自分の武器をどうしようかと悩んでいたスフィアにアルが贈ったものだった。そのままのサイズだと小柄なスフィアでは持て余すので、一回り小さくなってはいるが、デザインなどは細部に至るまで同一のものになっている。
「へぇ〜、さすがアルの弟子ってとこかしら?」
「使ってもいいですよね?」
「ええ、もちろん。ただしちゃんと魔法も使ってね?」
「はい、行きます!!」
ススフィアは『身体強化』を発動させると、アルの仕草を真似るように、右腕一本でメイスを握りこんで肩に担ぐ。それは彼女なりのアルへのリスペクトと憧れの体現。しかしそこから先の動きは彼女だけのもの。
左足を前にして大きく開いた両足と左手でガッチリと舞台を掴んで、床と平行になるほどに身体を深く沈めていく。その姿、獲物に向かって今にも飛びかかろうとする肉食獣が如く。
そしてスフィアは大きく息を吸い込み、大声で自己紹介を始める。
「……スフィア・フォーレスタ、獣人です!!得意な属性は水!私に戦い方を教えてくれた人みたいに、魔法を使える最強の前衛になります!!ふっ!!」
アルとセアラから『よかったら名乗って』と言ってもらえた家名を、初めて口にするスフィア。体の内からふつふつと力が溢れ出すのを感じると、それを両足の母指球に込めて舞台を蹴りつける。鋭い加速を示すように、足元が爆ぜて破片が舞い上がる。その次の瞬間にはスフィアは既にルシアの眼前にまで到達し、メイスを大きく振りかぶっていた。
「早いけどアル程じゃあ無いわね!『物理障壁』!!」
舞台下からは驚きの声が上がっていたが、アルを基準に考えているルシアからすれば焦るほどのものでは無い。
「『
自分がアルに及ばないことなど、世界中の誰よりも知っている。だからこそ振りかぶったメイスはフェイク、石をも断つ高速の水刃が無防備なルシアに襲い掛かる。
「うわわっ!!」
間一髪のところで、魔力の流れからその狙いに気付いたルシア。風魔法でその場から離脱してスフィアを飛び越えると、大きな歓声が演習場に響き渡る。
「ちょっとちょっと、まだ私の負けじゃないわよ?」
「うあああああっっ!!!」
眼前から目標を失ったスフィアは、上半身と下半身が逆を向くほどに体をねじって無理やり方向転換する。そしてふくらはぎ、太もも、臀部の筋肉をフル稼働させて、足関節、膝関節、股関節をタイミングよく伸展させると、再び爆発的な加速力が生み出されてルシアへと迫る。無駄の無いその一連のしなやかな動きはまさしく猫、見る者に機能美という言葉を思い起こさせる。
最初の稽古でアルから言われたこと、スフィアはそれを愚直に実践していた。
『いいかいスフィア、体の小ささというのは、真正面からの近接戦闘ではどうしてもハンデになってしまう。だから俺の真似だけをしていては、すぐに頭打ちになってしまうからね。獣人のしなやかで強い筋肉を活かした戦いを学ぶんだ。リーチがないのなら、広い可動域を目一杯使えばいい。ただ漫然と体を動かすんじゃなくて、自分が今どこの筋肉を使って動いているのかを考えるんだ。そうすることで体の連動性を高めることが出来るようになる。全身で生み出した力を、余すことなく攻撃に伝える。それが出来れば体格の不利は帳消しに出来るはずだよ』
「私はアルさんの一番弟子だぁぁぁぁぁっっ!!!」
そのまま全身の筋肉を総動員し、ルシアが着地するタイミングに合わせてメイスを振り下ろすスフィア。
ドガァァァァァァァァァァァァァン!!!!
耳をつんざく破壊の音色とともに舞台が大きく陥没し、全体にヒビが入ると、破片が雨のように演習場に降り注ぐ。
「ふぅ〜、さすがにそれをもらったら、ひとたまりもないわねぇ……」
「え……?うそ……飛んでる?ってうわぁっ!!」
空中をふわふわと漂うルシアに気を取られている隙に、スフィアはいつの間にか修復された舞台から作られた十字架に磔にされる。
「え、あ、あれ?舞台から作られてるのに……なんで?」
「あ、さすがに気付くかぁ、でもこの舞台は私が作ったものだからねぇ〜」
ルシアがパチンと指を鳴らすと、十字架がサラサラと崩れてスフィアがその場に膝をつく。
「はぁ……参りました……」
「あはは、別に勝負じゃないんだけどね。それにしても魔法と近接戦闘のハイブリッド、アルとよく似た戦い方ねぇ。それでいてきちんと貴女らしさも出ているし、そのまま両方を磨いていけばいいんじゃないかしら」
「は、はい!ありがとうございました!!」
「うんうん、さてと……次はいよいよ真打登場ね?」
「はい、お願いします!!」
それがスフィアの意図であったのかどうかは定かではないが、その戦いぶりにシルは確かにアルの姿を見た。たったそれだけのこと。そこに本人がいる訳でもないのに、不安と焦燥に支配されていた胸の内はすっかり凪いでいた。
そんな自分のあまりに単純な精神構造に呆れながらも、シルは自分にとってアルの存在の大きさを再認識し、一つの決意をするのだった。
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