第36話 まずは自己紹介
教師二人に連れられて、十人の生徒がぞろぞろと廊下を進んでいくこと約五分。まるで円形闘技場のような外観を持つ建物へと到着する。
「まるで見世物ですわね……」
中に入ったジュリエッタがよく晴れた空を見上げ、その内観をぐるりとを見渡し眉をひそめながら独り言ちると、カーラがそれを拾って振り向く。
「ええ、その通りよジュリエッタさん。ここは演習場でもあるけれど、あなた達を見てもらう為の場所でもあるの」
『ちなみに屋根は可動式よ』とカーラが付け加える。十二人が立っている場所、それは演習場の中心に設えられた二十メートル四方ほどの石造りの舞台。そしてそれを見下ろすように、最大で数万人は収容できるであろう観客席が三百六十度ぐるりと備えられていた。
カーラの説明によると、年間を通してこの演習場では様々なイベントが行われれ、それは各国、あるいは研究機関等の関係者に公開されているとのこと。言ってみれば欲しい人材をここで見つけて、青田買いをしてもらおうというもの。
開催されるイベントは単純な魔法戦での勝ち負けを競うものに限らず、魔法をいかに有用に使えるかのコンテストなどもあり、イベントによって見に来るものの顔ぶれは大きく変わる。
「ちなみに毎年新年度になって直ぐに開催されるのが、顔見せも兼ねての学年ごとに行われる個人戦らしいわよ?みんながみんなそっちの道を目指す訳じゃないから希望者だけってことだけど、あなた達はどうするのかしら?」
出場の結論は生徒たちに委ねているものの、『もちろん出るんでしょう?』とでも言いたげなルシア。
「ははっ、面白そうじゃないですか。ここで優勝でもすれば、いきなり入試での序列がひっくり返るってことですよね?」
ここに来るまでに腕をぐるぐると回していた、赤毛の短髪が特徴的な、まだ幼さの残る童顔の少年が自信を覗かせる。
「ええ、本人に勝てば間違いなく評価は逆転ね。もちろん関係者も集まるし、絶好のアピールの場になると思うわよ」
ルシアがその意気込みに満足そうに頷くと、カーラがすかさず補足を添える。
「それだけじゃないわ。ここでの優勝者がその学年の中心になっていくのは、例年の傾向からして間違いない。現に生徒会長のアイリ・エメラルダさんも、去年圧倒的な力を見せて優勝しているわ。その結果、たった一人のエルフという好奇の目は無くなり、その地位を確固たるものにしたのよ」
カーラは全員をゆっくりと見渡し、そして最後にシルたちに視線を送りながらそれを告げる。『あなたたちもここで結果を残して、周りを黙らせなさい』。そう言っているのは明らかだった。
「出るしかないよね」
シルがケイとスフィアを交互に見ながら声を掛けると、二人はもちろんと大きく頷く。
「さてと、話が長くなっちゃったわね。それじゃあ自己紹介をしてもらおうかしら……そうねぇ……手っ取り早く私に向かって攻撃でもしてもらおうかしら?もちろん実力を測りたいから全力でね」
とてつもなく物騒な発言に、やる気を見せていた者たちも一瞬にして固まる。はっきりと侮られているのだが、発言が突飛すぎてそういった思考にすら辿り着かない。
「先生、それはいくらなんでも……」
「私たちだってこのクラスに選ばれたくらいなんですから、危険ですよ」
不満を漏らすのでは無く、心配が先に来て動こうとしない生徒たち。ルシアはやれやれと嘆息するとケイを指差す。
「じゃあケイさんからお願いしようかしら?」
「わ、私ですか!?」
取り敢えずトップバッターは無いなと考えていたケイだったが、それを見透かされたかのような、まさかのルシアからのご指名に声がうわずる。
「そ、つべこべ言わず前へ出ていらっしゃいな。あと本気じゃないって私が思ったら、あとで何かペナルティでも課すからね〜。あ、そうそう、自分自身の全力で頼むわね」
ルシアはそう言うと、舞台の端へと歩を進めて生徒たちに向かい合う。
「ど、ど、どうしよう、シル?」
「ん〜?大丈夫だって、思いっきりやったらいいよ。かすり傷もつけられないから」
「ホ、ホントかなぁ……?」
半信半疑のケイが、とぼとぼと生徒たちの前に進み出ると、後ろから鋭い視線に射抜かれて思わず怯む。もはや本気を出さざるを得ない状況が作り上げられたとあっては、向上心の塊のようなこのクラスの者たちが見逃すはずがない。ただ、この反応は平民のケイが相手であっても、決して侮ってなどいないという証左だった。
そんな生徒たちを見て、カーラは内心で感心する。ここにいる者たちは、決して入試成績順で選ばれた者たちでは無く、ドロシーが直々に人間性などを加味した上で選んだ者たち。このクラスに在籍することで、卒業時に上位十人になれると見込んだ者たちだった。
(相変わらず、こと教育に関しては超一流ですね……)
度々突拍子もないことをするドロシーではあるが、それでも優秀な教師陣が彼女について行くのには確かな理由がある。それを改めて感じるカーラだった。
「ケイ!!集中して!」
「ケイさん!しっかり!!」
親友二人の声援に背中を押され、ケイが大きく息を吐くと体内を循環する魔力量が高まり、その赤毛がフワフワと重力に逆らって浮かび上がる。
「さあいらっしゃいな、自己紹介も忘れずにね。名前と得意な属性と……意気込みを一言ってとこかしらね。あとはそうねぇ……ペナルティがあるならご褒美も要るわよね……なら私を場外に落とせたら何でも言う事を聞いてあげるわ。それくらいの楽しみがあった方が燃えるでしょ?」
特に構えを取る事でもなく、ルシアが棒立ちのままケイの魔力の流れを見つめる。
「じゃあ行きます!!ケイ・ウィンバリー、得意な属性は火です!首席での卒業を目指します!!『
声と同時にルシアの足元が轟音を立てて爆発すると、高々と炎の柱が舞い上がる。
「ちょ、ちょっとヤバいだろ!!」
「ウソだろ……おい」
「あ、あんなの死ぬんじゃないのか?」
確かに全力ではあるのだが、厳密に言えばケイが使った魔法は精霊の力を行使していないため、最高火力ではない。それでも他の生徒にとっては、そんなことは頭の片隅にすら思い浮かばない。まるで地獄の業火の如く、轟々と音を立てながら天を焦がそうと燃え上がる炎に目を奪われる。
「せ、先生!止めた方がよろしいのでは!?」
炎に魅入られていたジュリエッタが正気を取り戻し、カーラに訴えかける。が、その次の瞬間、炎は跡形もなく消え去っていた。
「は〜い、オッケー!!いい感じだと思うけれど、ちょっ〜と制御が甘いところがあるかしらねぇ……ま、それはおいおい頑張っていきましょ?」
「は、はい……ありがとうございました……?」
ケイの頭上に疑問符が浮かぶのも無理からぬこと。確かな手応えはあった。それにもかかわらず、魔法を使った形跡は跡形もなく消え去っていた。焦げたような跡も見当たらず、爆発したはずのルシアの足元すら、何事も無かったかのように元通りだった。
「じゃあ次、どんどんやってちょうだい!!」
今しがた起きた超常現象に生徒の誰もが言葉を失う中、ルシアの快活な声だけが快晴の空に響いていた。
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