第35話 先生は世界一の魔導師

「……仰られている意味が分かりかねます」


 苛立ちを紛らわせる癖なのか、シルバーアッシュの髪をクルクルと人差し指に巻き付けるアーノルド。


「あら、一番優秀な教師に教えてもらいたい、だから私が教える。すっごく単純明快シンプルな事だと思うけど、何か分からないところがあるかしら?」


「つまり……あなたは自分こそがこの学園で一番の魔法の使い手と、そう仰られているわけですね?」


「ん〜ちょっと違うわね、『この学園で』じゃないわ。『この世界で』よ」


 教室中がざわめきに包まれる。普通ならば即座に『戯言を!』と返したくなる所ではあるが、ルシアの自信に満ち溢れた振る舞いには、容易くそれを否定させない凄みが感じられる。


「まあ、こんなところでうだうだ言っても仕方ないわよね。論より証拠、百聞は一見に如かずってね。カーラ先生、このあと学園内の施設見学をするなら、もちろん演習場も見に行くわよね?」


 ルシアが教室の入口に控えていたカーラに視線を送る。新任で学園のことには明るくないルシアのため、カーラが副担任として細かい部分を補佐をすることになっていた。


「はい、その予定ですが?」


「じゃあ先にそれをしてしまいましょ?自己紹介を兼ねてクラスみんなの魔法も見てみたいしね」


「そう、ですね。どうやらその方が良さそうです」


 カーラはザワつくクラスを見渡してから、ふぅと息を吐いてその提案を了承する。このままオリエンテーションを進めたとしても、生徒たちの頭にその内容が残るとは思えなかった。


「決まりね、じゃあみんな演習場に行きましょ」


 生徒たちとしても願ってもない展開。ルシアの実力も見られて、自分の実力も他者に見せつけることが出来る。誰一人として反抗することなく立ち上がると、二人の教師を先頭に演習場へと歩を進める。

 ある者は腕をぐるぐると回してやる気を漲らせ、またある者は早くも魔力を練って集中を始める。


「ねぇ、シル。ルシアさんってそこまですごい人なの?」


 ケイがシルの右腕にくっつきながら小声で疑問を口にすると、スフィアもまた左腕にくっつきながらそれに同意する。


「正直……私もケイさんと同じでよく分かりません。確かに身に纏っている魔力は洗練されていると思いますが、あまり迫力を感じないといいますか……」


 話には聞いていたものの、アルとセアラ、そしてシルの実力を目の当たりにしていることもあり、世界で一番までとは俄には信じられなかった。


「えっとね、私は魔法の同時発動が得意だけど、ルシアさんは欲しい現象から逆算して、その場で新しい術式を組むのが得意なの。私も簡単な魔法でならできるけど、ルシアさんは違う属性でも上級魔法でもお構い無しに組み合わせるの。こればっかりは知識と経験の差が大きいから、私がそこまで行くにはまだまだ時間がかかるよ」


 シルが手放しでルシアの技術を称賛すると、二人は『へえ〜』と感嘆の声を漏らす。両親相手でさえ純粋な魔法勝負では負けないと豪語するシルが、他者をここまで褒めるのは新鮮だった。


「あとね、魔力なんて抑えようと思ったら抑えられるんだから、それで判断しちゃダメだよ。凄い人ほど実力を隠す技術にも長けているんだからね、パパからも言われてるでしょ?」


 シルがスフィアの頬を人差し指でぷにっと押す。


「あ、そうでした……」


 わざわざアルが特訓の際に実演してくれたことを思い出し、スフィアが首をすくめる。


「失礼、仲がよろしいことは結構なことではありますが、少しは淑女らしく振舞ったら如何ですの?女人同士でそんなにくっついてわいわいと、あまり見ていて気持ちの良いものではありませんよ?」


 少し前を歩いていたシルたち以外の唯一の女子生徒、ジュリエッタが腕を組んだまま振り返って苦言を呈す。


「ジュリエッタ様、でしたよね?ご忠告痛み入ります」


 まさか話しかけられるなどとは露ほども思わなかったため、シルとスフィアは驚きのあまりビクッと身体を震わせるが、元公爵令嬢のケイは微笑みを交えてさらりと応答する。


「ええ、ジュリエッタ・アルデランドと申します。学友となったのですから様などと呼ぶのはお止めくださいませ。それにしても……シルさん、でしたかしら?入学式でのあのような振る舞い、もう少し慎みを持つべきでは?女性に生まれたのであれば、もっと淑やかに……」


「あ、その……ええっと……はい、気をつけます……」


「そ、それなら良いのですが」


 その口調は嫌味と言うよりも忠言と言った方が相応しかった。それを感じとったシルが反発すること無く恐縮すると、ジュリエッタもそれ以上言葉を紡げず二人の間に重苦しい沈黙がズシンと鎮座する。


「ええっと、それでジュリエッタさん、他に何か用でも?」


「それは…………な、何でもありませんわ!!」


 ジュリエッタは耳まで顔を赤くすると、スタスタと先を急いでシルたちと距離をとる。


「……ええっと……なんだったのかな?」


「う〜ん……友達になりたかった、なんてのはどうでしょう?」


 スフィアが小首を傾げながら、シルとケイに同意を求める。


「えぇ〜?まっさかぁ〜?」


「……そうねぇ……確かに女の子は私たちしかいないし、可能性は無くはない……かな?それに私たちのためを思っての苦言のようにも思えるし……あとアルデランド、か……」


 学園に通う者は貴族が多いだけあって嫌味なものばかりだと思っていたが、意外と悪い人ばかりでは無いのでは?と思いながら並んで歩く三人だった

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