第42話 このキモチは誰のもの?

 オリエンテーションが終わり、シルたちは学園の敷地内に建てられている寮へと向かう。寮は学年ごとに分かれており、男女は一緒。ただし一階の共用部分が繋がっているだけで、男女それぞれの十階建ての棟が建っている。

 学園に通うものは全員が入寮することとなっており、たとえ王族や上位貴族であっても例外は認められない。


「おぉ〜、ふつ〜だぁ〜」


 何事もなければ、これから三年間暮らすことになるであろう一室に入って、シルが率直な感想を口にする。部屋の間取りは二十畳ほどのリビングダイニングキッチン、三つの寝室、シャワーにトイレ。学園側が気を利かせて三人部屋を用意してくれていた。


「何を当たり前のこと言ってんのよ、遊びに来てるわけじゃないのよ?」


「でもおっきいお風呂欲しかったのになぁ……」


 恨めしそうに湯船のないシャワーユニットを覗き込みながら、シルが尻尾と耳をだらんと垂れさせる。


「確かにあの家に住んでたら、そういう気にもなるわね。ま、聞いていた通り家具もあるし、普通に暮らす分には十分でしょ」


 腕を組んで自分に言い聞かせているケイの横で、スフィアが『寮生活の手引き』と題された冊子をパラパラとめくる。


「寮費をたくさん払えば、個室のいい部屋には住めるみたいですけどね。最上階のペントハウスなんかは、月に金貨百枚らしいですよ?でも、これによると大浴場は全学年共通のところもあるみたいですから、時間がある時にはそちらに行きませんか?」


 スフィアが冊子を開いて見せたのは、一度に百人は入れそうなほど広大な大浴場。シルとケイがそれを食い入るように見て目を輝かせる。

 学園に似つかわしくない高額な部屋が用意されているのは、寮費によって運営資金の一部を賄いたい学園側と、警備面での不安を払拭、あるいは財力を誇示したい王族や上位貴族の思惑が重なったことによるもの。

 シルたちのような平民や下級貴族は、こうして相部屋か小さめの個室を選択することが通例。金さえ払えば借りることは出来るのだが、分不相応だと目を付けられてしまうので、そのようなことをする者はいない。


「おぉ〜!ウチのお風呂にも引けを取らないじゃん!!じゃあお風呂はそれで決まりだね、大きい部屋はどうでもいいや」


「そうね、部屋なんて寝られればそれでいいわね」


 感動から一転、あっけらかんとシルが言い放つと、ケイもうんうんと頷いて同意を示す。


「それじゃあ荷物を置いて下に行きましょう。アルさんとセアラさんがお待ちですから」


 アル、セアラ、ドロシー、ルシアと一緒に昼食を取る事になっている三人は、とりあえず各々の部屋のベッドに荷物を投げこんで一階へと降りる。


「お待たせ〜って、あれ?」


 一階にある面会用のロビーのソファに座る見慣れた両親の顔。それを見つけたシルが駆け寄ると、二人の金髪の女子生徒がその向かいに座っていることに気付く。


「アイリおばちゃんと、え〜っと……ジュ……ジュリ……ジュリア……」


「ジュリエッタですわ、いい加減覚えてくださいな?」


 ソファから立ち上がったジュリエッタが、息がかかりそうな程の至近距離で、シルの顔を覗き込む。


「は、はぁ〜い……」


「そんなに不思議がることがあるかしら?アルさんとセアラさんに会わせてくれるって約束したのに、その様子だと……忘れてたわね〜?」


 シルの性格をよく知るアイリが、膨れっ面でつかつかとシルに近寄り、その頬を両手でむぎゅっと挟み込む。


「しょ、しょんなことないよ?」


「シル、目と尻尾が泳いでるわよ?」


 ケイがニヤニヤとしながらツッコミを入れると、アイリはため息をついてその手を離す。


「ま、こうして会えたんだし許してあげる。それで私もお昼ご一緒させてもらうことにしたから」


「私もですわ、積もる話も有りますし」


「ふふっ、なんだか随分と大所帯になってしまいましたね」


 シルに絡んでいくアイリとジュリエッタを見て、セアラがアルにほほ笑みかける。


「ああ、見事に女性ばかりだけどね。何でかシルの周りには女の子がどんどん集まるんだよなぁ……」


『男よりはいいけど』というセリフは呑み込むアル。


「……ふえっ……ふえっくしょん!!」


「あれ、アイリおばちゃん風邪でも引いてるの?」


「んん……?おかしいわね、そんなことはな……ふえっくしょん!!……ねぇシル、一応聞くんだけどさ、猫なんて連れてきてないわよね?」


「え?猫……」


 シルが咄嗟にスフィアへと視線をやると、水色の尻尾と耳が勢い良く屹立する。


「わ、私ですか?」


「違う違う、猫獣人は関係ないって。おかしいなぁ、この鼻のムズムズは……」


「ごめんごめん、待たせちゃったね……?……なに、この気配は?」


 そこにドロシーとルシアが合流すると、そのタイミングを見計らったかのようにシルの足元から声が響く。


「すまんな、それはおそらく我のせいであろうよ」


「え!?」


 シルが飛び上がって足元を見ると、影の中から見覚えのある黒猫が躍り出てくる。


「「「「「ノア!?」」」」」


 その場にいる者達が突如として現れたノアの姿に驚く中にあって、シルだけは別のことに気付き怪訝な表情でノアに話しかける。


「……その声、その魔力って……もしかして……オーベロン、なの?」


「うむ、久しいなシル。そして他の者たちは初めまして、妖精王オーベロンだ。と言ってもこんな姿では滑稽で締まらないが、そこは大目に見てもらえると助かる」


「ちょ、ちょっと待ってよ、その体はノアだよね?ノアはどうなっちゃったの?」


「心配いらんよ、少し体を借りているだけだ。こうでもせぬとシル以外の者と意思の疎通が出来んのでな」


 突然の出来事に顔を見合わせて様子を伺う一同の中、アルが一歩進み出て膝を着いてオーベロンに語りかける。


「……貴方の事はシルから聞いています。わざわざこのタイミングで、ということは……何か重要なお話でも?」


「アル・フォーレスタ……こうして改めて対峙すると分かるが、主の力は凄まじいな。近いうちにこの世の頂点に手が届くであろう」


「私に会いに来たと?」


「それもある。しかし一番の目的はそこな四人会うためだ」


「も〜、回りくどいなぁ!四人って誰よ?」


 思っていても誰も声を上げられない中、一人苛立ちをぶつけるシル。


「まったく……せっかちなやつだ」


 グッと体を沈みこませると、全身の筋肉を躍動させ、ぴょんと跳ねてノアの定位置であるシルの左肩に飛び乗る。


「まあ見ておれ」


 オーベロンが右の前足を手招きするかのように、クイクイっと動かす。


「え……?ちょ、ちょっと……何よこれ?」


「これ……魔力に色がついてるの……?」


 ケイ、スフィア、アイリ、ジュリエッタから、色付きの魔力が立ち上がりその身を包む。


「かつて肉体があった頃、我の魔力の異常さは聖女が受け継いだ光属性だけには留まらなかった。闇を除く全ての属性において、当時のハイエルフと比較しても一線を画す存在だったのだ」


「……じ、自慢?」


 話が見えないとシルが首を傾げると、オーベロンはかぶりを振る。


「……話の流れを考えろ。我が肉体を失った時、聖女が受け継いだのは光属性の魔力だけ、これが何を意味するのか」


「成程……他属性の魔力を継いだ者もいるってことね」


 ドロシーが四人に視線をめぐらせる。


「ああ、そうだ。この四人もまたそれを受け継ぎ転生を繰り返しておる。まずケイ・ウィンバリー、主は火属性の魔力だ」


「て、転生……?私、が……?」


「スフィア・フォーレスタは水、アイリ・エメラルダは風、ジュリエッタ・アルデランドは土の魔力をそれぞれ受け継いでおる。主らがその属性に著しく高い適性を示すのは、それによる影響が大きいのだ。幼少の頃より、さほど苦労せずその属性の魔力を操ることが出来たであろう?」


 その言葉に心当たりのある四人は、黙り込んでその身を包む魔力を呆然と眺める。


「……俄には信じ難い話ね。よしんばそれが本当の事だとしてもよ?ここに揃っている四人がそうだなんて、そんな都合のいい話があるものかしら?」


 さすがは年の功と言うべきか、このような突飛な状況に置かれても、決して冷静さを失わないルシア。そのもっとも過ぎる指摘に、一同も確かにと首肯する。


「五人の魔力は元を辿れば一つのもの。そして我の魔力の源流を持つ者こそが聖女であり、シルなのだ。ならば引き寄せられるのも道理というもの。ましてそのシルがこうしてアル・フォーレスタを救おうと力を強く欲するのならば、尚更だと思わぬか?」


「……そん、な……」


 ケイの震える唇からかすれた声が漏れ、スフィアは水色の髪をくしゃっと握り視線を足元に落とす。

 オーベロンによって明かされた自分たちに秘められた力の秘密。しかし今の二人の胸に去来するのは、それに対する驚きなどではなかった。

 ただの友情と呼ぶには深く、恋や愛と呼ぶには未熟な熱。ここに至るまで二人を突き動かしてきた大切なその感情は、もしかすると自分のものではないのでは、そんな不安を抱かずにはいられなかった。



※あとがき


 さて、今回で四人のことが明らかになったように、この作品は転生というのが大きなキーワードになっておりまして、そのうちアルとセアラの前世のことも出てくる予定です。と言いますかそれが全ての始まりなので出てきます。


 あと魔力の(ガバガバ)設定について。火、水、風、土の基本四属性のうち、一つに特化した者と、全属性を満遍なく使える者の違いを説明しておきます。

 ケイたち四人は典型的な特化型で、体内に得意な属性の魔力を有しています。その一方で、全属性を扱うセアラやルシアは無属性の魔力を有しています。

 前者の場合、属性の付与は出来るのですが、相性の悪い属性だと付与が困難なため全ての属性を十全に扱うといったことは出来ません。後者の場合は元が無属性の為、相性の善し悪し関係なく付与が可能となりますが、特化型に比べると威力が落ちるのが難点です。ちなみにシルは光属性特化型なので、基本四属性は問題なく使えます。

 オーベロンが特別なのは、このふたつに当てはまらず、体内に五つの属性の魔力を有していたことにあります。つまり全属性特化型という当時でも唯一無二の存在だったということです。

 

ではこの章も次回で(多分)終わりです。

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