第32話 再会と宣戦布告

「うぅ……なんでこんなことに……入試、手を抜けばよかったなぁ……」


 舞台のど真ん中に設えられた、質の良い黒檀のような色合いの講演台。その真正面に座るシルが、青い顔をしながらそれを恨めしそうに睨む。今から何十分後かには、あそこに立ってこの大人数を前に話をしなければならない。そう思うと気が気でなかった。

 その年季の入った佇まいから高価なことは間違いないのだが、一度嫌なものだと認識してしまえば、その光沢と色合いから家に出る嫌な虫にすら見えてくる。


「ねぇ、あの講演台 、悪趣味だと思わない?スリッパで叩き潰したくなるような……」


「シル、何を訳の分からないこと言ってるの……そんなふうに睨んだって無駄よ?ま、あれが爆発でもすれば分からないけどね」


「なるほど、その手があった……気付かれないように爆破すれば……ふふふ……」


「ちょ、ちょっと止めてよ!冗談を真に受けないでくれる!?」


「私、シルさんはてっきりこういうの平気な方だと思ってましたけど」


「そんなわけないよぅ……こんなにたくさんの人前で話す機会なんて、今まで一度も無かったんだから……」


 気を紛らわせようとケイとスフィアが話しかけても、一向にネガティブモードから脱却できないシルに、頭上から毅然とした声がかけられる。


「情けないわねぇ?それでも私のライバルなのかしら?」


「え?……その声は……」


 俯いたままだったシルがばっと勢いよく顔を上げたその先には、腕を組んで見下ろす一人の少女。その肌は新雪のように白いが健康的で、金髪のショートカット、エメラルドのような瞳、そしてエルフの特徴である長耳を持っていた。絵に描いたようなキリッとした長身の美人で、スタイルはセアラにも決して引けを取らず、チェックのミニスカートから覗く、すらっとした美脚には女性であっても思わず目が眩みそうになる。


「久しぶりね、シル!去年の年明け以来だったかしら?」


「アイリおばちゃん!?」


「お、おばっ……ふふっ、その呼び方も久しぶりね。それにしても、随分としょぼくれた姿を見せてくれるじゃないの。そんなザマで壇上に上がるつもり?あのお二人に恥をかかせたら、ただじゃおかないわよ!」


 おばちゃんと言われて困惑するも、すぐに満更でもない顔をするという拗らせっぷりを披露したのち、ビシッとシルを指さすアイリ。


「アイリおばちゃんって、ここの生徒だったの!?」


「そうよ!って言うかライバルの動向くらい気にしておきなさいよ!?」


 アイリは両手を当てた腰を折り曲げ、口を尖らせてシルの顔をじっと覗き込む。


「ご、ごめんなさいっ!!」


 バツが悪そうにシルが顔の前で両手を合わせると、アイリはふぅっと鼻から息を吐いて体勢を戻す。


「まあいいわ!分かったのなら、この私のライバルらしくきっちり挨拶をこなしてご覧なさい!」


「……うんっ!!ありがとう、アイリおばちゃん」


「もう……礼なんていらないわよ、相変わらず世話がやけるんだから。ところで……」


 アイリが会場二階の保護者席をキョロキョロと見渡す。


「あ、パパとママなら来てるから、あとで会えると思うよ。多分、目立たないように後ろの方に座ってるんじゃないかなぁ」


「そ、そうなのね!?絶対よ!じゃあまたあとで」


 言いたいことを言い、聞きたいことを聞いて、嵐のようなアイリがルンルンと去っていく。呆気に取られていたケイとスフィアが両側からシルの顔を覗き込むと、先程までその顔を覆っていた緊張と不安の色が、きれいさっぱりと消え失せていた。


「な、なんだかすごい人だったわね……あれってエルフだよね?」


「シルさんのお知り合いみたいでしたけど……」


「うん、リタおばあちゃんのお兄さんの娘さんだよ。あんな感じだけどねぇ、本当はすっごく優しい人なの。今だって私が心配で元気づけてくれたみたいだし」


 口ではライバルだと言いながら、何かと自分を可愛がってくれるアイリ。そんな従叔母との久々の再会に、すっかり浮かれ気分で耳を動かすシル。ケイとスフィアは思わず面白くなさそうな表情を浮かべてしまうが、さっとそれを取り繕う。


「あ、始まるみたいですよ」


 スフィアの一言で、シルとケイの視線が舞台に注がれる。


 特に派手な演出などはなく、入学式はつつがなく進行していき、やがて学園長のドロシーが登壇する。その子供のような容姿に、初見の新入生と保護者たちからざわめきが起こる。


「新入生の皆様、そして保護者の皆様、ご入学おめでとうございます。この学園の学園長、ドロシー・ロンズデールです。さて、堅苦しいのはこれくらいにして、これから君たちは三年間かけて、魔導師の雛鳥になってもらうことになるわ」


 新入生たちから『雛鳥?』という声が上がり始めると、ドロシーはそんな反応を鼻で笑う。


「いい?魔法が使えることと魔導師であることは同義ではないの。単に魔法が使えるだけでは、それはただの魔法使いよ。言うまでもなく魔法の力というのは便利で強大、だからこそ、それを使用するものには大きな責任が付いて回るわ。この学園で魔法の修練を積み、自らを律し、多くの人から尊敬される人物になりなさい。魔法の実力と人格が備わって、初めてあなたたちは魔導師のスタートラインに立てるのよ。だから間違ってもここで培った力で、他者を虐げるなんてことをしないように。卒業後だろうと、私が直々にお灸をすえて除名処分にするからね。あとハッキリ言っておくけれど、学園の名を汚すようなボンクラは卒業させない。進級時、卒業時の検定に合格出来なかった場合は、有無を言わさず退学してもらうわ。もう一年なんて甘っちょろいことは許さないから、死に物狂いでやってちょうだい」


 天下の魔法学園に入学でき、これで将来は安泰だと思っていた者たちの顔に、一気に緊張が走る。


「そういう厳しい環境だからこそ、ここを卒業した者なら大丈夫だと、信頼していただけているの。だから私たちは妥協しないわ。半端者には学園の名を背負わせない。それは力だけに限ったことじゃない、さっき言ったように精神的に未熟な者もね。シル、ケイ、スフィア来なさい」


「「「……えっ!?」」」


「早く来なさい」


 いきなり呼びつけられ、訳が分からないまま三人が登壇すると、促されるままにドロシーの横に並ばされる。


「……おい、あれ……」


「獣人……なのか?」


「なんで獣人なんかが……」


 当然のように降り注ぐ、好奇と困惑と侮蔑の視線と言葉。


「紹介するわね、銀髪のシルはケット・シー、今年度の入学試験の首席合格。赤髪の娘がケイ、入試では平民でありながらトップクラスの成績。水色髪のスフィアは獣人、特別推薦枠での入学よ。つまり三人とも家柄なんて関係なく自力で合格を勝ち取ったってことね。小さい頃から英才教育を受けて、甘やかされて育ってきたあなた達より、私は彼女たちを評価してるわ。悔しければ、この三年間でこの評価を覆してみせなさい」


 厳密に言えば、スフィアを評価したのはドロシーでは無いのだが、それだけアルたちが推薦したという事実は、彼女にとって重要だということ。

 元より選民意識の強い貴族の子息令嬢、その中でもここに入れる者は小さい頃から優秀だった者ばかり。そんな彼らからすれば、得体の知れないケット・シー、そして魔法適正の低いはずの平民や獣人よりも、自分の方が劣っているなどと言われては面白くない。ギラギラとした視線が、容赦なく舞台に上がった三人を突き刺す。


「師匠……どういうことですか?」


 拡声魔導具を口元から離し、狙い通りといったようにドロシーが笑む。


「ふふっ、あんな甘い目でいられちゃ困るのよ。いい?三人とも、私が出す課題は一つだけよ。あなたたち三人で、卒業まで上位三位を独占し続けなさい。トップランナーで居続けることって大変よ?前に目標がある方がずっと楽。ってことで……はい、シル、そのまま新入生代表の挨拶ね。読むだけでいいわよ?」


「はぁ……打ち合わせ無しだったのはそういう事ですか……」


 ドロシーから挨拶の原稿を手渡されたシルが、拡声魔導具の前に立ち、コホンと咳払いをする。


「今日この良き日に、こうして多くの人に見守られ、祝福を受け、魔法学園の一員になれたことを大変嬉しく思います。これから三年間、学友の皆様と肩を並べ切磋琢磨し…………」


「シル?」「シルさん?」


 急にフリーズしたシルに、ケイとスフィアが怪訝な目を向け会場がざわめく。一方で、ドロシーは原稿から顔を上げ、会場中をゆっくりと見渡すシルを面白そうに見やる。


「……私には夢が、掴みたい未来があります……それを叶えるためには、皆さんに負けていては話にならないんです。だから私は卒業するまで、一度たりともこの首席の座を譲るつもりはありません。よろしくお願いします!」


 一瞬の静寂。そしてドロシーの煽りで高まっていた不満が一気に爆発する。怒号のようなブーイングが小柄なシル目掛けて放たれる。

 しかしシルはそれをまるで聞こえていないように処理し、ぺこりと頭を下げるとスタスタと自分の席に戻っていく。

 何がなんだか分からないケイとスフィアは、それを追って慌てて降壇するのだった。

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