第31話 そんなの聞いてないよ!
セアラの転移魔法によって、シルたちはドロシーが待つ学園長室へと降り立つ。
「あら、おはよう。みんな久しぶりね、アルも元気そうじゃない?」
「ええ、おかげさまで何とか。先生も相変わらずですね」
「……そこはかとない棘を感じるのは何故かしら?」
「自分には他意は有りませんよ?もしも先生がそう感じられるのであれば、無意識に申し訳なく思うことがあるんじゃないでしょうか」
「ふぅ、まあいいわ。ここに来てもらったのは他でもないの。ええっと、そこの……スフィアだっけ?あなた獣人なのに魔法が使えるのよね?」
「は、はい!」
外見こそ少女と紛うばかりに幼いが、目の前にいるのは魔法学の最高権威であり、ソルエール魔法学園の学園長の重責を担う超大物。アルから師弟関係だと聞いてはいたが、まるで気の置けない親友のように振る舞う二人に、初対面のスフィアは混乱気味に返事をする。
「うん、単刀直入に聞くけど、学園に入らない?」
「は……え?ふえぇぇ?で、でも年齢が……」
「学園に年齢なんて関係ないわ、才能と実力があれば来る者拒まずよ。それに獣人で魔法が人並み以上に使えるっていうのは、とっても珍しくて面白いのよ。もしかしたら、今までにもアナタみたいに適性がある者が居たのかもしれないけれど、獣人に魔法を教えるなんてことは普通はしないからね。少なくとも私の知る限りではただの一人もいなかったし、特別に推薦枠で入れても全く問題ないわ。それに、魔法の腕だってアルたちのお墨付きなら心配ないし、何よりあなたにとってはいい話だと思うんだけど、どうかしら?」
突然の提案に、スフィアはアルとセアラに助けを求めるように視線を送るが、二人は自分で決めたらいいと、黙って頷くだけ。そもそもこの話の発端は、スフィアの魔法を見た時に、アルたちがドロシーに相談したことだった。魔法学園を卒業したとなれば、獣人であろうとも将来の選択肢は格段に広がっていく。
「スフィアちゃん、いい話だと思うよ!」
「そうよ、一緒に通えるんなら、絶対そっちの方がいいって!私一人じゃ、授業中にコレを抑えられないかもしれないもの」
「ちょっと!コレってひどくない!?」
この半年間、幾度となく一緒に戦闘訓練、実戦を共にした二人からの言葉が後押しすると、スフィアの目に決意の火が宿る。
「分かりました!ぜひ通わせてください、お願いします!」
「オッケー!じゃあエルシー、持ってきてあげて」
ドロシーのそばに控えていたエルシーがこくりと頷き、隣の部屋からスフィア用の特注の制服を持ってくる。小柄なスフィアはまだ百四十センチ程しかないので、既存のサイズでは対応出来ず特注品だった。
「はい、じゃあこれに着替えてね。サイズはちゃんと合ってるはずだから。無駄にならなくて良かったわ」
「ふふっ、そんなこと言われてますが、師匠は絶対入学させるつもりだったんじゃないんですか?」
「まあね〜、こんな面白そうな研究対象、逃がす訳ないでしょう?上手くすれば、魔法が使える者、使えない者の間にどんな差が生まれているのか、その根幹まで迫れるかも」
ドロシーの言葉に、渡された制服を胸の前で抱いているスフィアが、ビクッと身を震わせる。
「あ、あの……変な実験とかしません、よね?」
「さぁ?どうかしらねぇ?」
悪そうな笑みを浮かべるドロシーに、スフィアが『ひっ』と一歩後ずさる。
「学園長、ダメ」
エルシーがドロシーを諌め、慈愛に満ちた表情でスフィアの頭を『大丈夫』と言いながら、ヨシヨシと撫でる。スフィアの方も満更ではなさそうに、耳をぴょこぴょこ尻尾をぶんぶんとご機嫌に動かす。
そんな様子を見ながら、アルが隣のセアラにボソボソと耳打ちする。
「なぁ、セアラ。エルシーさんって、あんな感じだったっけ?」
「う〜ん……いつもクールな感じですけど……スフィアちゃんがちっちゃくて可愛いんじゃないですかねぇ?ほら、師匠もちっちゃいですし……」
セアラが間違っても『ぐぬぬ』とうなっているドロシーに聞こえないよう、細心の注意を払ってアルに推測を伝える。
「ああ、そういう……」
「ほら、入学式が始まるわよ!とっとと着替えて行きなさい!」
完全な八つ当たりではあるが、入学式の時間が差し迫っているのは事実のため、スフィアの着替えを待ってシルたちは会場へと向かう。
入学式の会場に向かうにつれて、生徒とその保護者の姿が目につき始める。生徒が制服を着用しているので間違えようがないものの、保護者の服装だけを見れば、さながらどこぞの夜会にでも迷い込んだのかと錯覚してしまいそうになる。まるで自分が主役だと言わんばかりの煌びやかさに、シルが『うえぇ〜』と辟易する。
そうした中にあっては、アルとセアラの様なシンプルな装いは逆に目立ってしまい、否が応でも周りの目を引く。
「な、何かしらね?あのみすぼらしい格好は?」
女性たちはセアラを見てわなわなと身を震わせながら、アルの一挙手一投足をうっとりと眺める。
「お、大方どこぞの平民だろう?全く……だから平民など通わせんでいいと言っておるのに」
男性たちはアルを蔑みながら、セアラの髪をかきあげる仕草にふぅと溜息を漏らす。
周囲から聞こえてくるのは嘲笑を含んだ言葉ばかりではあるが、その裏に見え隠れする感情に、ケイとスフィアが堪えきれずに笑い出す。
「アルさんとセアラさんすごいね」
「ホントですね、みんな見てますよ。普通は私やシルさんに目が行きそうなものなのに……」
スフィアの言葉通り、それが二人の狙いなのかどうかは定かでは無いものの、猫耳と尻尾を持つ二人にはほとんど視線は注がれていない。
「そりゃあそうだよ、普段見なれてる私たちでも、うわってなるんだよ?」
「ふふっ、確かにね」
そんな視線など何処吹く風と言うように、アルとセアラがいつもと変わらぬ笑みを見せる。
「三人とも、俺たちは保護者席に行ってるからまたあとでな」
「シルは特に頑張ってね?」
「……ちょっと待って、ただの入学式だよ?なんで私が頑張るの?」
「え?だってシルは入試首席だから、新入生代表の挨拶があるでしょ?ほら、ここに書いてあるし」
セアラが自宅に送られてきた式次第をハンドバッグから取り出すと、新入生代表のところにあるシルの名前を指し示す。
「ええぇぇぇぇっ!?聞いてないよ!!そ、そういうのって事前に打ち合わせとか」
「え?シル、なんで知らないの?」
「シルさん、確認されなかったんですね……?」
ただでさえアルとセアラが注目を集めていた中での、入試首席という言葉でその場が大きくざわめく。
「まあ先生のやることだからな、深く考えても仕方ないだろ……とりあえず変なことは言わずに、頑張りますって言っておけば大丈夫だよ。緊張していたからってことで許して貰えるさ」
「うう……師匠、酷いよ……」
自身の不手際を棚に上げてドロシーを責めるシルに、アルたちは苦笑してその場で別れる。
会場内はどこに座っても舞台がよく見え、魔道具による音響設備も整えられた、さながらコンサートホールのような様相。これは魔法学園が研究機関としての役割も兼ね備えているため、この会場がしばしば論文発表などの学術交流の場としても使用されるためであった。
一階席と二階席があり、収容可能人数は千人。今日は一階に新入生と在校生、二階に新入生の保護者といった具合に別れている。
ちなみに今年度の入学者数は百一名。毎年ここ魔法学園に入学する人数は百名なのだが、ドロシーが学園長特権でスフィアをねじ込んだためこの数字となった。
当然の事ながら、定員割れなどするはずもなく、毎年約二十倍の倍率を勝ち抜いた精鋭だけが、この偉大な魔法学園の生徒の一員として名を連ねることが許される。
「あっ!いたいた!シルさん、良かった、どこにいるのかと思ったわ」
三人横並びで座ることの出来る席を求めてウロウロしていたシルたちに、学園の教師でアルの大ファンでもあるカーラが近づいてくる。
「カーラ先生、お久しぶりです。どうされたんですか?」
「シルさん、新入生代表の挨拶でしょ?席を取ってあるから、三人並んで一番前に座ってちょうだい」
「あう……」
もはや逃げることなど出来ないと悟ったシルは、ケイとスフィアに背中を押され、とぼとぼとカーラのあとをついて行くのだった。
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