魔法学園入学編

第30話 半年間の成長と入学式の朝に

「シルー!!早く起きて!」


「シルさん、今日は入学式ですよ!ちゃんと朝ごはん食べないと、力が出ませんよ?」


 同室のケイとスフィアに激しく体を揺さぶられると、まどろむシルが大きく伸びをして、ゆっくりと体を起こしていく。

 ケイたちと一緒に暮らすようになってから約半年、元々朝が強くない上に、毎日魔力が底を突くまで魔法を使い続けているシルは、すっかり朝寝坊の常連となっていた。


「んん……もう朝……なの?」


「もう朝なのじゃないわよ!セアラさんが、早くご飯食べなさいって怒ってるわよ」


「ええっ!!それを早く言ってよぉぉぉ」


 ケイが伝家の宝刀を抜くと、シルがノアと一緒にぴょんとベッドから降り、バタバタと音を立てながら、ダイニングへと向かっていく。


「ケイさん、セアラさん別に怒ってなかったですよね?」


「いいのいいの、シルを起こすにはあれが一番なんだから。それに、どうせあのままだったら怒られるんだから、同じことだって」


「まあ確かに……セアラさんのいない、学園での生活が思いやられますね……」


ーーーーーーーーーー


 朝食を食べ終えたシルは部屋に戻り、スフィアに手伝ってもらいながら、ケイと共に慣れない制服と格闘する。


「えっと、ここをこうして……これでいいのかな?」


「う〜ん……ちょっとリボンが歪んでいるような……」


「スフィアちゃん、私の方も見てくれない?」


 学園の制服は日本の高校のブレザータイプが採用されており、紺色の二つボタンの上着に、胸元には赤いリボン。下はチェックのスカートにニーハイソックスというテンプレな出で立ち。全ては学園長である、ドロシーのこだわりであった。


「はい、二人ともいいんじゃないでしょうか?良くお似合いですよ」


「ありがと!ケイ、みんなに見せに行こうよ!」


「そうね!」


 二人が嬉々としてリビングへと向かうと、自分たち以上に目立つアルとセアラに一瞬で目を奪われる。

 アルはその長身と筋肉質な体がよく映えるよう、きっちりと採寸されたチャコールグレーのオーダーメイドのスーツに、サックスブルーのシャツとネイビーのタイ。そして極めつけに、いつもは無造作な髪をオールバックで纏めていた。

 一方のセアラは、アルのタイに合わせた、シンプルなネイビーのミモレ丈ワンピースをさらりと着こなしているだけだが、そもそもの顔立ちとスタイルの良さがグッと強調され、普段よりも美しさが際立つ。二人が揃えば、もはやそのあたりの貴族などよりも、確実に目を引くであろうと予測できた。


「二人とも、よく似合ってるよ」


「ええ、とっても可愛いわよ」


 アルとセアラが、二人がここに来た理由を汲んで感想を伝えるが、当の本人たちは複雑な表情をする。


「どうしよう、この敗北感……悔しくて素直に受け取れないんだけど……」


「奇遇ね、私もよ……一人でも見映えがするのに、それが二人並ぶなんて反則よ……」


 ヒソヒソと話をするばかりで、一向に反応を返してこない二人に、アルとセアラは怪訝な目を差し向ける。


「二人とも、どうしたんだい?」


「な、何でもないよ!ありがとう!」


「ありがとうございます!ミリィ、どうかな?」


 ミレッタの前で、ケイがくるりと回ってみせる。今日の入学式には、『場違いだから』とミレッタは参加しないことにしていた。


「よく似合ってるわ、本当に立派になって……きっと旦那様と奥様も喜んでいると思うよ」


「ふふ、だといいな……でも、まだまだここからだよ」


 ケイが隣に立つシルの手を握り決意を表すと、シルはそれに応えるように頷き返す。

 シルとアルが抱えている全てのことは、既にここで暮らすものたちには共有されている。自分たちがそばにいない状況で、シルが一人で抱え込むのは厳しいだろうという判断からのものだった。当然アルの両親と、ドロシー、ルシアにも伝わっており、学園においては万全のサポートが約束されている。

 そしてこの判断は、別の大きな副産物を産むことになる。この半年間でシルだけでなく、ケイとスフィアまでが、世話になったアルのために飛躍的な成長を遂げることになったのだった。


「パパ、今日は体調大丈夫なの?」


 心配そうにシルが尋ねると、アルは娘の頭を撫でながら笑みを見せる。


「大丈夫だよ。これもあるし、戦ったりするわけじゃないから。それに今日はどうしても行きたいしね」


 アルはそう言うと、左手首につけている魔石が埋め込まれた、ミスリル製のバングル型の魔道具を見せる。それはアルの父親、魔王アスモデウスから貰ったもので、コントロールしきれない余剰な魔力を魔石に貯えることが出来る代物。

 埋め込まれた魔石は魔力を限界まで貯えることで自動的に外れ、新しいものと交換することができる仕組み。それだけでなく、魔力を溜め込んだ魔石は貴重なエネルギー源としても使えるという優れものだった。

 この魔道具は、魔界において急激な魔力の成長に、コントロールする技術が追いつかない者がいることで開発されたものだが、アルのものは容量が桁違いの特注品。

 それによってアルの体調もだいぶ安定し、一日療養に充てるようなことは無くなっていた。


「うん、ありがと。でも無理しないでね?」


「分かってるよ、ところで忘れ物はないのか?スフィア」


「はい、大丈夫ですよ!荷物は全て私が持っておりますので」


 スフィアが自らの半年間に及ぶ戦闘の師、アルに笑みを向け、亜空間から大きなカバンを取り出してみせる。

 一般的に魔法が不得手な獣人としては珍しく、スフィアの魔力量はケイとほとんど変わらず、特に水属性に高い適性を持っている。

 だが、アルが最も重点を置いたのは得意な属性を伸ばすことではなかった。魔法が使える獣人、これが意味するところは、アルに匹敵する程の接近戦の鬼となれる才能。

 自分がスフィアを担当することになって、アルが真っ先に行ったのは身体強化魔法で獣人由来の元々高い身体能力を、更に引き上げること。その後はミレッタと共に接近戦の手解きまで施していた。これによって、精霊魔法の使い手であるシルとケイには魔法戦で一歩劣る彼女だが、今では魔法戦士として確固たる実力を有している。


 そんなスフィアを前衛として冒険者パーティーを結成した少女たちは、森の奥で数多くのモンスターを狩り、今ではうら若き女性三人組という物珍しさも手伝って、カペラのギルドの看板パーティーにまでなっていた。


「でも、わざわざ学園なんかに行かなくっても、冒険者として十分暮らしていけちゃうね。セアラさんとリタさんは、魔法を教えるの上手いし」


 ケイは基本的にリタの指導のもと、精霊魔法までマスターし、あっさりとドロシーからの課題をクリアする。その後はひたすら魔法の反復練習。魔力量を引き上げるため、防御に徹するシルに向かって、リタの手解きを受けながら、セアラとともに魔法を撃ちまくった。今では宮廷魔導師にも引けを取らないほどの魔力量を有し、精霊魔法を使用すれば、さらにそれは跳ね上がる。


「う〜ん、そう言ってくれるのは嬉しいけどね、師匠とルシアさんのもとだったら、もっと上達できるわよ?」


「そうそう、ドロシーちゃんは本職だし、ルシアさんは年季が違うもの。得られるものは多いわよ」


「はぁ〜、そうなんですね。そんなすごい人のもとで、私やっていけるかな……?」


 ケイがちらっとシルを見て弱音を吐露する。上達すればするほど分かる、シルの魔法の才能と彼我の差。ケイはやっと簡単な魔法なら、二つ同時発動が出来るようになったところだが、シルは既に五つの同時発動まで難なくこなしてみせている。その上、防御に徹するシルに魔法を当てようと、どれだけ自分が躍起になっても、発動を確認してから同じ魔法を同じ威力で相殺される日々。


「大丈夫、ケイならもう例年の首席クラスの実力には十分なってるよ。シルの魔法の才能は、私たちから見ても異常なレベルだから」


「ちょっとぉ、人を化物みたいに言わないでよ!」


 両手を腰に当て、頬を膨らませながらセアラに抗議するシル。飛び抜けた魔法の才と実力を持ち、もうすぐ十六歳となる彼女だが、まだまだ子供っぽさは一向に抜ける気配がない。


「ギル、私たちもう行くよ〜」


 リビングのソファで、いじけるように三角座りをしているギルに、シルが呼びかける。ギルは嘆息すると、とぼとぼと輪の中に加わる。


「ねえちゃん、元気で」


「うん、ありがと。あんまりパパを困らせちゃダメだよ?」


「わかってるよ……」


 ギルはバツが悪そうにシルから目を逸らすと、ケイとスフィアをちょいちょいと手招きして、耳打ちをする。


「ねえちゃんのことたのむよ」


「ふふっ、分かってるわよ。変な虫がつかないように、でしょ?」


「うん……あと、ケイちゃんとスフィアちゃんも気をつけて。きぞくはみぶんとかしゅぞくとか、そういうのにうるさいヤツらが多いから」


 まさか自分が心配されるとは思わなかったケイとスフィアは、思わず目を丸くして顔を見合わせるが、すぐに笑顔でギルの金髪をガシガシと乱暴に撫でる。


「随分としおらしくなっちゃってぇ。最初の生意気なギルくんはどこに行ったのかしら?」


「ふふ、ほんとですねぇ」


「う、うるさいなぁ。はんとしもいれば、それなりにじょうもわくってものだよ」


「あはは、そっかそっか。ありがとね」


「ありがと、ギルくん」


 二人がギルを真ん中にしてギュッと抱きしめると、ギルは顔を赤くして短距離転移でその場を抜け出す。


「「わわっ!?」」


 急に抱きしめる対象を失ったケイとスフィアが、バランスを崩して頭をゴツンとぶつける。


「あ、ごめん……ほ、ほら、もうじかんなんでしょ?いってらっしゃい」


「あらあら、ギルはモテていいわねぇ?」


「……うちでいちばんモテるひとが、なにいってるのさ……」


 セアラの無邪気な言葉にギルが的確な反論をすると、その場が和やかな笑いに包まれる。


「じゃあ、みんな準備はいい?しっかり魔法陣の中に入ってね」


 セアラの言葉を受け、シル、ケイ、スフィア、アルが魔法陣の中へと入ると、見送り組に大きく手を振る。


「「「行ってきま〜す!!」」」


 こうして来るべき日に向けて、更に己の力を磨くため、シルは親友二人とともに魔法学園へと向かうのだった。



※どうでもいい補足


アルとセアラのコーディネートは、前作にも出ておりますカペラに住むセアラの友人、メリッサが担当しました。ちなみにアルのオールバックは、セアラにねだられて渋々やりました。

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