第33話 三人の約束

「ちょっとシル、あんなこと言うなんて、どういうことなの?」


「そうですよ、ただでさえ私たちは目立つのに、わざわざ敵を増やすようなものですよ?」


 席に着くやいなや、シルを挟んで座る二人が小声で詰問する。


「師匠が言ってたでしょ?トップランナーで居続けるのは難しいって。それなら追ってくる人達に、もっとやる気になってもらった方がいい。強くなるためには利用できるものは何でも利用しないと」


 毅然とした態度でその憂慮を一蹴するシル。


「だからって……」


「いいの、二人とも舞台に上がって気付いたでしょ?ここに居る人たちはどうせ私たちを負かしてやろうって、見下しているような人ばっかりなんだから、わざわざ仲良くする必要なんてないんだよ。中途半端に仲良くなるくらいなら、こうやって嫌われた方が百倍マシでしょ。あ、もちろん二人にだって負けるつもりはないよ?だから一緒に頑張ろうね?」


「……シル…………分かった」


「はい……分かり、ました……」


 シルを挟んでケイとスフィアは渋い顔を見合せて頷き合う。シルの言葉は確かに一理ある。先程のように敵愾心を剥き出しにされてへらへらしているようでは、シルの夢を叶えることなど到底出来ない。ただ今の彼女の精神状態を考えると、これで良かったと片付けられるものではなかった。

 笑顔を見せて気丈に振舞ってはいるが、早口で捲したてるシルからは大きな不安と焦りの感情が匂い立つ。そしてその理由も二人は痛いほど理解している。

 ロサーナで打ちのめされて家に戻ってからというもの、シルは目の色を変えてセアラとともに特訓に励んできた。その結果、魔力量と技術は間違いなく半年前よりも上がってはいる。しかし残された期限でアルを越せるようなペースでは決してなかった。

 その一方でケイとスフィアも格段に力をつけたが、それでもシルとアルの影を踏めたという実感はまるでない。魔神が復活した場合にどういう状況になるのかは定かではないが、もしも今シルとアルが戦うことになったとして、自分たちが役に立てるビジョンなど全く見えない。どう足掻いてもいるだけ邪魔でしかない。


『大丈夫だよ、私達もいるから』


 二人の喉元まで出かかったその言葉。


『うん、ありがとね……』


 少し困った顔をして、シルは間違いなくそう返してくる。だから二人は、気休めにもならない、ただシルに気を使わせるだけのその言葉をぐっと呑み込んで、代わりにこぶしを握って奥歯を噛み締める。


 シルたちが降壇してもなお、会場の怒号は収まらなることはなかった。壇上に残されたドロシーはやれやれと肩を竦め、会場中の者に向けて『魅了チャーム』を発動させる。場を支配していた喧騒が瞬時に収まり、視線がドロシーに向けられたことを確認すると、嘆息しパチンと指を鳴らしてそれを解除する。


「……みっともない。これで静かになるということは、騒いでいたものは全員この程度の弱い『魅了』にかかったということね」


 ドロシーはこういった精神操作系の魔法は得意ではない。そのため彼女の『魅了』はある程度実力のある者であれば跳ね返せるもの。


「ぎゃあぎゃあ騒ぐのは弱者の証だということをよく覚えておきなさい。この学園の序列は魔法の実力、今の評価に文句があるのなら、それを示して引きずり下ろしてみなさい、シルはそう言ったのよ?それとも実力では到底敵いそうもないから、身分の差で勝つつもり?それを未熟な精神だと言ってるの。そんな気概でこの学園は卒業させないから、在学中に叩き直しなさい。以上」


 ドロシーの怒りすら感じさせる言葉に、先程までシルにブーイングを浴びせていた新入生と保護者たちは、たちまち肩身を狭くする。一方で在校生にはドロシーの、すなわち魔法学園の考えが浸透しており、反感を抱くはずもなかった。ただ面白い一年が入ってきたという感想を抱くだけ。


 生徒たちに向かって、面倒くさそうに手をヒラヒラとさせてドロシーが降壇すると、入れ替わるようにしてアイリが講演台の前に立つ。その仕草の一つ一つには、確かな自信が満ち溢れていた。


「あれ……?アイリ、おばさん?」


 アイリの短く切り揃えられた金髪は、エルフの特徴である彼女の長耳を隠すことに何ら役に立つことはなかった。しかし彼女にとってそれは何の問題にもならない。己が力でこの地位を勝ち取ったという自信、そしてその高潔なる精神を示すかのように堂々と屹立した長耳は、当然ながら新入生たちの目に触れる。

 ざわめき立つ会場ではあったが、そこに含まれる感情は本物のエルフを見た事による感動のようなものばかり。ソルエール魔法学園は身分、種族関係なく、全ての者に門戸が開かれているが、人族以外の入学者は殆ど居なかった。事実、在校生でエルフはアイリ一人だけ。

 そしてエルフとケット・シー、同じ妖精族でありながらその反応が大きく異なる理由、それは世間への露出度と魔法学の発展への貢献度の違いから来るものだった。

 学園長のドロシー自身もハーフエルフ。そして魔法都市ソルエールの代表であり、彼女の母親クラウディア・ロンズデールもまたエルフ。この魔法学園に入学してくる者で、それを知らぬ者などいるはずもない。


「新入生の皆さん、入学おめでとう。今年度、この学園の生徒会長をすることになりましたアイリ・エメラルダです」


 家名を持たないエルフのアイリは、両親から受け継いだそのエメラルドの瞳から取った家名を会場に響かせる。


「ええっ?アイリおばちゃんが生徒会長なの?私の一つ上だから二年生だと思ったんだけど、スフィアちゃんみたいに早く入ったのかな?」


「ん〜、多分二年生じゃないかしら?三年生はお目当ての研究機関に実習生として受け入れてもらったり、冒険者の仕事をしてみたりと現場で経験を積むことを優先するから、ほとんど出席は自由らしいわ。だから生徒会の役員は二年生がやることが多いのよ」


 ケイの説明に、シルとスフィアが『へぇ〜』と感心したように頷く。そしてそれを聞いたスフィアが、少し間を置いて口を開く。


「……シルさん、ケイさん!私たちもになったら、冒険者として世界中を回りましょう!!」


 式中ということも有り決して大声ではないが、強い決意のこもったスフィアの言葉に、シルとケイは思わず目を白黒させる。しかし直ぐにその言葉に託した意味を理解すると、目尻を下げる。


「うん、行こう。みんなで三年生になろう」


「いいわねぇ……あ!どうせならさ、前代未聞の在学中のS級パーティへの昇格を目指しましょうよ」


 三人で笑いあっていると、壇上から思わぬツッコミが入る。


「コラ!そこの三人、何笑ってるのよ!今いいこと言ったんだから感動しなさいよ!?」


 親御さんへの感謝云々というせっかくの感動話を自ら台無しにするアイリに、シルたちは揃ってぺこりと頭を下げるが、緩んだ頬が戻ることは無い。三人の小指は今しがた交わした約束を違えることのないように、しっかりと結ばれていた。

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