第29話 第二章 エピローグ前編 母と娘
アルがシルたちを救出し、首謀者を拘束したことで、事態は急速に収束に向かって動き出す。アーロンの証言を元に、ギルド、子爵家に強制査察が入り、全容解明が進められていった。
その結果、子爵家は回復した先代が騒動の責任を取って引退し、長男は放逐。王都で平民として暮らしていた次男を呼び寄せて、後継とすることが認められた。
無理やり働かさせていた使用人の女性たちは、薬物依存に陥っていたため、シルによって治療が施される。その後は本人の希望によって、家に戻るもの、そのまま働き続けるものと別れることになった。
そして、マーティンらロサーナのギルドを牛耳っていた者たちは、カリフのギルドに連行され、あとの処分はギルドに一任することとなり、一応は全ての騒動の処理が片付く。
それから三日後、シルたちはミレッタが目覚めると、セアラの転移魔法によって、新たな同居人三人を連れて自宅へと戻る。ちなみにケイとミレッタの移住は、功労者であるアルからの頼みともあって滞りなく認められた。
「おかえりなさ〜い、しかし受験の付き添いに行っただけなのに、女ばっかり三人も連れて帰ってくるなんて、アル君のハーレム計画はすこぶる順調ねぇ」
「おかえりなさい、アルさん、セアラ、シルちゃん。初めまして、お三方。ようこそいらっしゃいました」
「……おかえり」
「にゃ〜ん」
実の娘であるセアラを長耳にし、瞳の色を金にした風貌のリタ、王女時代のセアラの専属侍女で義姉のエリー、アルとセアラの息子ギルフレッド、そしてペットの黒猫ノアが一行を出迎える。
「ただいま戻りました。リタさん、冗談でも誤解を招くようなことを言わないでください。エリーさん、連絡していた通り、三人はとりあえずうちに泊まってもらいますのでお願いします」
「はい、大丈夫ですよ。部屋の準備も出来ておりますので」
「わぁ〜!ここがシルの家なのね?豪邸じゃない!!」
「はい!すごいです!大きいです!」
「それにしても変わった建物だねぇ?」
ミレッタの感想も頷けるもので、眼前には五階建ての旅館のような木造の建物。当然見た事もないケイ、スフィア、ミレッタの三人は圧倒され、興奮気味に歓声を上げる。
「ただいま〜、ノア!豪邸って大袈裟だなぁ。この建物はね、ラズニエ王国の大工さんに建ててもらったんだよ。だからあんまり、よそでは見ないかもね」
嬉しげに駆け寄ってきた黒猫のノアを、定位置である左肩に導きながらシルが答える。
「「「へぇ〜」」」
ラズニエ王国はかつて召喚された勇者が中心となって建国した国で、今でもその国には度々日本からの転移、転生者が現れている。その為、日本文化が色濃く受け継がれた風土で、アルとセアラの新婚旅行先でもある。
「部屋は沢山ありますので、気兼ね無く暮らしていただいたら良いですからね」
そしてこれほどまでに大きな家にしたのには、もちろん理由がある。
アルのこだわりと執念で温泉を掘り当ててからというもの、それを気に入った近隣の自由都市カペラの住人が頻繁に訪れるようになった。そのうちに、どうせなら一泊してゆっくりしたいという声が上がるようになると、この建物が建てられ、今ではこの土地に住んでいるものを従業員として雇って宿泊業を営んでいる。
そのため実際にシルたちが住居として使っている部分は、一階の一部分しかなく、あとは客間として使われていた。
「ホントに何から何まですみません……あと、もし良かったらなんですけど、同い年なんですから、堅苦しいのは無しにしません?私のことはミリィでいいですよ、セアラさん」
「そうですね、分かったわ、ミリィ。じゃあ私も呼び捨てでいいからね?」
「了解!!よろしくね、セアラ」
大人組の二人が親睦を深めているのを眺めながら、ケイが隣のシルに耳打ちする。
「ねぇねぇ、温泉って何なの?」
「簡単に言うと、地中深くから汲み上げたお湯を使ったお風呂だよ。うちの温泉は大きいし、色んな種類があるから、気持ちいいよ!」
「へぇ、いいじゃん!シル、一緒に入ろうよ!!」
「あ、私も私も!」
「え?ええっと……」
ケイとスフィア抱きつかれたシルが、頬を赤らめて返答に窮していると、セアラがふふっと笑ってシルの代わりに答える。
「それじゃあ、まだ晩御飯まで時間がありますからね。今からみんなで一緒に入りましょうか?」
「「「さんせーい」」」
「ええっ……?」
「あ、じゃあぼくもいっしょに」
「ギルはアルさんと一緒に入ってね?」
「えぇ……?」
「よし、ギル。行くぞ」
アルは嫌がるギルを強引に担ぎ上げると、スタスタと中へと入っていく。
「……ねぇ、ギル君ってほんとに三歳なの?えらくしっかりしてるよね……て言うかアルさんのこと嫌いなの?」
『うわぁぁぁ』と言いながら、こちらに助けを求めるギルの様子に、ケイが頭上に疑問符を作る。
「嫌いって言うか……まぁそのうち分かるんじゃないかな……?それより早く行こ?」
「そうですね、私たちも行きましょう」
『あはは』と困惑気味に苦笑するシルの様子に、ケイは『ふぅん』と返すだけで、それ以上追求することなく二人と一緒に小走りで温泉へと向かう。
シルとセアラは大浴場にいくつかある風呂の中でも、一番大きな湯船に頭だけを出して浸かる。ここの温泉の最大の特徴は、各湯船ごとに異なる泉質の湯が湧き出ているという所で、二人が浸かっているのはとろりとした乳白色。湯中を窺い知ることが出来ないため、体型にコンプレックスのあるシルの密かなお気に入りだった。
「ねぇ、なんでみんなで一緒に入るなんて言ったの?」
頭から打たせ湯に当たるという、古典的な修行を行っているケイたちから視線を外すことなく、シルが尋ねる。
「ん〜、シルとちょっと話をしたいなぁって思って」
「話?何の話?」
「恋のお話!って言ったらあれだけど、今の心境を聞いておきたくてね。となればやっぱりお風呂が定番でしょ?」
「はぁ……相変わらず鋭いね……」
「ふふ〜ん、私はアルさんのこと好きな人が分かる超能力があるからね。ちょっとした変化でも気付いてしまうのだよ」
目を瞑り、両手をうねうねと動かしながらおどけるセアラに、シルが口元を押さえながらクスリと笑う。
「ふふっ、何それ?でも……」
鼻から下を湯船に沈めて、ぶくぶくと泡を立てるシル。
「まだよく分からないって感じ?」
「……うん」
「それは相手が女の子だから?」
「んん……それもあるんだけど……私のことをただの一人の女の子として見てくれる人って、今までいなかったんだよね。ケイは何にも知らないのに私に友達になって欲しいって言ってくれて、あとで色々知っても態度を変えたりしなくて……」
「じゃあ……そういう普通の友達が今までいなかったから、特別な感情を持っているだけかも、ってこと?」
「うん……でもね、もちろんそれだけじゃないよ?一緒にいたら楽しいって思えるし……もっともっと仲良くなれたら嬉しいなぁって」
「ふぅん……じゃあどうなりたいとかってあるの?」
「どうって…………そんなのまだ分かんないよ」
「なるほどねぇ、好意は持っているけれど、まだまだ仲を深めていかないと分からないって感じか」
ふむふむとセアラが頷いていると、シルがいい機会だからと、普段であれば侵さない領域に踏み込んでいく。
「あのさ、パパとママはどうだったの?」
「私とアルさんは……私の攻めの一手だったわね。頼れる人は誰もいなかったから、アルさんに会いたい一心で押し掛けて……シルもなんとなくは知ってるでしょ?」
「まあね。でも二人のことって、あんまり詳しく話してくれなかったよね?」
「当たり前でしょ〜?シルがアルさんのこと好きだって分かってるのに、馴れ初めを話すなんて、どんな嫌がらせよ?」
「あはは、それもそうだね」
「…………ねぇ、シル、本当にいいの?」
首まで湯に浸かり、だらんとしていたセアラが背筋を伸ばして座り直す。雫の滴るうなじが露わになると、思わずシルも見惚れそうになるが、一瞬で張りつめた空気がそれを許さない。
「えぇ?急にどうしたの?真面目な顔しちゃってさ」
セアラの意図が掴めないシルは、敢えて軽口を叩いてみせるが、それが緩むことは無い。
「シルはもう一度、ちゃんとアルさんに伝えなくてもいいの?」
「……あ、当たり前じゃん。私はママだけを見てるパパが好きなの。それこそパパとどうなりたいとか考えたことないし、私は家族で一緒にいられればそれでいいの。だから娘でいいんだよ。それに…………」
(それに、伝えたとしても、パパは応えてくれないでしょ……?)
不意打ちのような言葉にシルは一瞬だけ怯むが、パッと笑顔に切り替えると、予め用意したようなセリフをスラスラと並べる。それでも、どうにか呑み込んだ言葉は、否が応でも捨てきれない想いを自覚させる。
「私は唯一可能性があるとしたら、シルだろうなって思ってる。私はアルさんにとって特別だっていう自信も自覚もあるけど、シルだって間違いなくそうだよ」
「……私は……娘として見てもらってるだけだよ。ママとは違う」
「今は、でしょ?アルさんも自分からその関係を崩すことはないわ。でもあなたがきちんと伝えれば、アルさんだってね……」
「そんなこと!……今更だよ……」
思わず声を荒らげてしまうと、ケイたちに視線を送ってからトーンを落とす。シルには分からない、なぜ今になってセアラがそんなことを自分に言うのか。
「ううん、『今更』じゃないの。シルが成長して、私たちから離れていく『今だから』なのよ。ここまで育ててもらっておいて、そんなのは不義理だからって思う気持ちも分かる。今の親子っていう関係が崩れてしまうんじゃないかって、不安に思う気持ちも分かる。でもね、そういうのを理由にして逃げている限り、その想いはいつまでも残るよ?」
「…………そんなこと言ったって……どうしていいか分からないよ……」
「アルさんに抱いてる気持ちを蔑ろにしないで?ちゃんと大事にして、きちんと向き合ってあげて?その気持ちはね、絶対にシルを苦しめるだけのものじゃないから。その上であなたが他の人を選ぶなら、私は何も言わないから」
セアラは俯くシルを引き寄せ肩に寄りかからせると、頭を撫でながら続ける。
「私はあなたの幸せを願ってる、もちろんアルさんもね。シルが私たちを本当の両親のように思ってくれているのは知っているし、すごく嬉しい。でもね、それがあなたの幸せの枷になるのは望んでないよ。だからあなたが一番幸せだと思う道を、何も気にせず選んで欲しい。私はいいよ、シルならいい」
「……私の…………ごめん、今は…………でも……ありがとう、考えてみる」
『シルならいい』母の口から初めて耳にした許容の言葉。どこかで望んでいたその言葉に、シルの心は驚きで溢れかえり、考えをまとめることなど到底出来ない。その身をセアラに預けたまま、静かに返答する。
「うん、ゆっくり考えてみて。でも、もしそうなった場合、嫉妬しちゃうのは許してね?」
話の終わりを告げるように、セアラが可愛らしく振る舞うと、シルの気がふっと抜ける。
「ふふっ、締まらないなぁ……」
「それは仕方ないよ〜、シルが一番よく知ってるでしょ?
「まぁね、パパも大変だなぁっていつも思ってるよ」
「でもね、アルさんは私が嫉妬しなかったら、きっと寂しがると思うわよ?」
「えぇ〜?その自信どこから来るの?」
「ふふん、そこはあれよ、夫婦にしか分からない機微ってものね!」
誇らしそうに胸を張るセアラ。当然ながら、自分とは比較にならないほど豊かな胸部が強調され、思わず苦々しい表情になってしまうシル。
「……あとね……それとは別にアルさんと一緒に話したいことがあるの」
またしてもセアラの雰囲気がガラリと変わると、シルは寄りかからせていた体を起こし、セアラの正面に移動する。乳白色の湯を掬って静かに見つめる物憂げな表情から、あまり良い話題では無いであろうこと、そしてその内容も容易に推測出来た。
「分かった、私も二人に話しておかないといけないことがあるから」
想定とは違うその反応にセアラは目を丸くするが、すぐにいつものふわりとした笑みを見せる。
「うん、分かった。じゃあそれはまたあとでね」
「うん」
※補足
ただでさえ分かりにくい上、特に今作から読んでいただいている方には、シルの心の動きが意味不明かもしれませんので、少し説明を。
前作『仲間に裏切られて~』の第102話『秘めた初恋との決別』で、シルは初めてアルに恋をしている自分を認めます。ですが今回のセアラの指摘にもある通り、両親のことが好きなシルは、まだ幼いながらも、それはあまり良くないものだと決別を選びました。
一方で、セアラはシルがアルのことを一人の男性としても好きなこと、尚且つ未だにそれを引きずっていることも知っています。それを踏まえた上での今回のお話、ということですね。
次回、エピローグ後編は男sideアルとギルの対談と、アル、セアラ、シルの鼎談です
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