第25話 本当の目的

「ケイ!ねぇ、ちょっと待ってってば!まさか真正面から行くわけじゃ無いよね?」


 険しい表情のまま、ギルドへの道を早足で進むケイの手を、シルが強く引き寄せて止める。


「……私は真正面から行って注意を引く。シルだったら気付かれないように、ギルド内を探ったりすることも出来るんでしょ?それでミリィがいたら助け出して欲しいの」


「出来るけど……いくら何でも危険すぎるよ」


「大丈夫だよ。スフィアちゃんはああ言ってたけど、元公爵令嬢ってだけの私に、価値なんてあるはずないでしょ?だからミリィと引き換えにお金を渡すって言えば、交渉には乗ってくると思うの。だからお願い、シルの力を貸して」


 淡々と語る友人の姿に、シルは違和感を抱く。ケイの語った作戦は、希望的観測の上に成り立っており、非常に甘いと言わざるを得ない。何より、ここまで狡猾な手段でギルドや町全体を掌握してきた者たちの目的が、ケイがもしもの時のために持ち出した、僅かなお金だけだとは到底思えなかった。


「ねぇ、ケイは何か心当たり、というよりも分かっているんじゃないの?ケイを利用することで大金を手に入れる方法があるって」


「っ!…………そんなの無いよ」


 シルの急な追求に、ケイは驚き、すぐに目を逸らす。


「ケイ!!隠し事は無しだよ!私は大事なことを言わない相手と一緒に、危険な橋を渡るつもりはないよ」


「…………何でこんな時だけ、そういうのに気付くの……?」


「教えて?」


 シルは厳しい口調から一転して、ケイの左手を取り、包み込む。やがてケイは諦めたように、ある程度の確信を持った自身の推測を話し始める。


「恐らく、向こうの狙いは……エリアナに残されたウィンバリー家の遺産なの」


「遺産?でも国が亡んでるなら、そんなの残ってないんじゃ……」


「ううん、エリアナの遺産は帝国が回収する前に、ソルエールの大戦が終わったから、今もその所有権は宙ぶらりんのままなんだよ。エリアナだけじゃなくて、他の亡びた国でもそういう所はあるみたい。それで大戦後に各国が協議して、十年間保管しても正統な相続者が現れなければ、それらは世界的に価値のある事業に使われるってことに決まったの」


「……ケイは相続しないの?」


「領民のみんなが、暮らしが良くなるようにと託してくれたお金だよ?私が暮らすために使っていいものじゃないのよ。それなら有用に使ってもらった方がずっといい。それにね……自国が亡んでいるのに、王族や貴族が生き延びているなんて恥でしか無いわ。だからあくまでも十年保管するというのは、亡びた国のお金を掠めとって、好き勝手使ってる訳ではありませんっていうポーズなの。賠償自体は帝国からもらってるしね」


 自分の存在自体が恥というケイに、シルは胸が締め付けられる思いを抱く。それでもどう言葉を掛けていいか分からずに、話を進めることを選択する。


「……じゃあ……アイツらはケイにそれを継がせようと……」


「うん……恐らく形だけ私を娶って遺産を手にする腹積もりだろうね。それで、あわよくばエリアナの公爵令嬢という名を使って、各地に逃げたエリアナの人達を、ロサーナに移住させたいんだと思う。だからミリィは私を誘き寄せるための人質なんだよ」


「……そこまで分かってて、正面から行くなんておかしいよ!それって結局、ケイがミリィさんの身代わりになるってだけでしょ?何も状況が良くなるわけじゃないじゃん!」


「私には利用価値があるから、絶対に殺されたり、拷問にかけられたりっていうのはない。だけどミリィは違う。私が出て行かないと拷問にもかけられるだろうし、用済みになったら殺される可能性だってある。だからこのタイミングでミリィを助けないといけないの」


 心配いらないと作り笑いを浮かべて語るケイの手は、微かに震えている。自分に言い聞かせるように、『絶対に』と口にしてはいるが、まだ十五歳の少女が恐怖を感じないわけはない。


「だったら!やっぱりパパとママを待とうよ、それが一番確実だって!」


 友人を危険にさらさぬよう、シルがケイの両肩を掴んで訴えるが、ケイはふるふるとかぶりを振ってそれを否定する。


「その話はさっきもしたでしょ?堂々巡りにしかならないよ。それにスフィアちゃんが、アルさんにすぐに会えるとは限らない。その間、私は黙って待っているなんて出来ないよ」


「…………でも……」


「ねぇ、シル、私もこれが一番いい方法だとは思わないよ。感情に流されてるって、自分でもよく分かってる。だけど……私、もう嫌なの……何も出来ずに、家族が傷付くのを見たくない、家族を失くしたくないよ……」


 震え声で俯き涙を流すケイ。シルは目を瞑ってふぅと息を吐くと、決意が揺らがぬよう、頼りなく揺れる背中に両手を回して抱き寄せる。


「……分かったよ、今はミリィさんを助けることだけに集中しよう。心配しなくても大丈夫だよ。もしも、これでケイが捕まっても、私が必ず助けてあげる。ケイは春から一緒に学園に通うんだから、悪徳領主なんかには絶対に渡さないよ。ケイの結婚相手は私がちゃんとした人を選んであげるんだからね!!」


 抱き寄せたままのケイを、シルは力いっぱい抱き締める。


「……ふふ、何よ、それ…………痛いなぁ、もう……」

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