第24話 守りたいもの
「どうでしょうか……?」
手をかざし『
「……残念ながら、これは無理ですね。私の手には負えません」
「そう、ですか……」
肩を落とすアーロンに、アルは現状の説明を行う。
「病気ではなく、呪いが何重にもかけられています。術者自体は大した腕ではありませんが、弱い呪いでもこれだけ複雑に絡み合っては、解呪時に両者に危険が及びかねません。恐らくは呪いをかける際、術者も相当なリスクを背負ったのではないかと」
「呪い……ですか………………何か手は無いのでしょうか?」
呪いと聞いたアーロンが絶句して身を固くする。アルはその反応が、呪いを看破された驚きから来るものなのか、あるいは呪った者を想像した結果から来るものなのかを思案する。ただ、現時点では目の前の男が現当主ではなく、前当主に対して深い忠誠を誓っているということが、この短い間でもひしひしと伝わってきていた。
「少し、お話を聞かせていただいても?」
「……私にお答えできることであれば」
アルの雰囲気の変化を察知し、アーロンもまた一段と表情を厳しくする。
「貴方は武人ですよね?それもかなりの腕だとお見受けしますが、なぜ執事をしていらっしゃるのですか?」
「……やはり……貴方には分かりますか……歩き方や隙の無さからして、ただの治癒士では無いと思っておりましたが……仰る通り、私はかつて騎士団に所属しておりました」
「この国のですか?」
「いえ、今は亡きエリアナ公国に仕えておりました」
「エリアナ……」
アルの脳裏に、ドロシーがケイの出身国をエリアナだと言っていた情景が浮かぶ。ただし、その情報は出さずに次の言葉を待つ。
「国が亡びた戦いの最中、私は不覚にも気を失い、そして目覚めた時には既に……」
「それから前当主様に雇われたという訳ですか」
「はい……目が覚めたのち、私は復讐心に駆られ、死に場所を求めました。そして、傭兵に身をやつして無茶な戦い方を繰り返しておりました。前当主のウィルフレッド様はそんな私を
アルの目を真っ直ぐに見据えて、淡々と話すアーロン。その様子は、とても嘘偽りを述べているものとは思えなかった。
「……そうですか……もう一つ、貴方は今のご当主様についてはどう思っておられるのですか?」
「っ!それは…………ご容赦、くださいませ」
ここまで目を逸らしていなかったアーロンが、うつむき加減になり、逡巡の末に絞り出した言葉。アルはそれに含まれる意味を理解すると、大袈裟に手を広げて見せる。
「この呪い、聖女であれば解呪は可能です。そして私は彼女に渡りをつけることができます」
「っ!本当ですか!?」
アーロンがバッと顔を上げてアルを見る。その瞳には驚きと希望の色が入り交じっていた。
「取引をしませんか?貴方が聖女の正体について絶対に他言しない、という条件は付きますが、ある見返りを頂けましたら、私が責任を持って彼女をここに連れてきて解呪を行わせましょう」
「他言しないのは誓って、しかしそれ以上の見返りと言いましても……ご主人様に相談してみないことには……」
「いえ、その必要はありません。あなたの持っている情報、全てをお渡しして頂きたい。この意味が分かりますよね?」
「……しかし……それは……」
この機を逃せば二度とウィルフレッドは目覚めないかもしれない。それでもウィルフレッド個人ではなく、ヘインズ子爵家に生涯の忠誠を誓っているアーロンからすれば、二つ返事で決められることではない。
「元々騎士であった貴方にとって、これが酷な選択であることは十分に承知しております。ですが、今の貴方の進む先には何が見えているのですか?」
「私の……進む先……?」
「ええ、貴方が進むその先に、守りたいものはあるのですか?このままの状況が続けば子爵家が、エリアナから逃れてきた人々がどうなるのか、分からない訳では無いのでしょう?」
アルの言葉を受け、アーロンは膝をついて床に拳を振るうと、己の両手をまじまじと見る。
「…………そう、ですね…………『その両の手で、もう一度守るべきものを守って見せよ』……こんな有様では、そう言って私に生きる意味をくれたウィルフレッド様に顔向けできません……分かりました、協力させていただきます」
「……ご決断、有難うございます」
ーーーーーーーーーー
「ケイちゃん、どうだい?上手く行きそうかい?」
「はい!おばさん、有難うございます!」
「いいのいいの、アタシらからしたら願ってもない事だからね。出来ることは、何だって協力させてもらうよ!」
シルたちが情報収集の場として選んだのは、お世辞にも高級店とは言えない地元住民たちが集まる食堂。住宅地の入り組んだ場所にあるので、冒険者が来ることはなく、客も常連だけで占められている。
「よ〜し、ここまではいい感じね」
「はい。それにしても、想像以上に鬱憤が溜まっているようですね」
ほくほく顔のケイが、鼻歌交じりにメモをまとめていると、スフィアがそれを覗き込みながら渋い顔をする。
「うん、お世話になったお返しじゃないけど、どうにかしてあげたいわ」
「はい、頑張りましょう」
「何よもう……私を除け者にして…………あ〜ぁ、暇だよぅ……」
昼時になり、混みあってきた食堂で、馴染みの客に次々に声を掛けていく二人。席に着いたまま、それを羨ましそうに眺めながらシルが呟く。席を使わせてもらうために注文したオレンジジュースは、早々に空になっており、ストローを咥えながら暇を持て余す。
「むぅん……私だってさ、聞き込みくらい出来ると思うんだけど……?」
「すみません、相席させてもらってもいいですか?」
「は、はえぇっ!?」
完全に油断してテーブルと同化していたシルが、勢いよく上体を起こす。周りを見ると、席は全て埋まっており、断るのは気が引ける状況だった。
「す、すみません。どうぞ」
「有難うございます」
シルの向かいに着席したのは、この食堂にあっては、身なりが整っていると言って差し支えない男性。物腰は柔らかいが、席に着くや否や、ふぅと深いため息をつくその表情の中には、深い疲労の色がありありと浮かんでいた。
(ケイはほとんど常連しか来ないって言ってたし……うん、大丈夫、私だって出来るって見せないと)
「あの……」
「はい?」
「こちらにはよく来られるんですか?」
「ええ、かれこれ十年来の常連ですよ」
「そうなんですか、今日は随分とお疲れのご様子ですね?」
「ああ、これはすみません。食事の席で辛気臭かったですね」
唐突に声を掛けられ、怪訝そうにしていた男が、咎められたと思い苦笑して頭を下げる。
「あ、す、すみません。そうではなくてですね……実は今、あることを調べていまして、ちょっとご協力頂けたらな〜と」
シルは慌てて否定すると、取り繕うように本題へと切り込んでいく。
「は、はぁ……私で良ければ」
「ええっと、単刀直入に聞きますが、冒険者ギルドについて、どう思われますか?出来れば忌憚のないご意見を頂けると助かるんですが」
「……念の為聞きますが、私のことを知っていての質問、という訳では無いですよね?」
「え……?」
「ああ、その反応で大丈夫ですよ。実は私、商人をしておりまして、つい先程町に戻ってきたところなんです」
「どこかに行かれていたんですか?」
「ええ、仕入れに出ておりまして、その際の護衛はいつも冒険者ギルドに依頼を出しております」
「そう、だったんですか……」
シルは声を掛けるべき相手を間違ったのでは無いかと思い、言葉に詰まってしまう。
「さて、冒険者ギルドについてですが……私はあまり良い印象は持っていないですね。今回の依頼の最中も……」
男が話し始めたタイミングで、ケイとスフィアが聞き込みを終えて戻ってくる。
「あ!ルークさん、いらしてたんですね?」
「ケイさん!ちょうど良かった!もう戻られていたんですね?」
「はい、昨日の夜に。どうかされたんですか?」
「実は先の依頼の最中にミレッタさんが、冒険者に拘束されて連れて行かれたんです。それでケイさんに知らせようと、家まで行ったんですが」
「ミリィが!?ど、どういうことなんですか!?」
「それが、同様に依頼を受けていた冒険者達が、ミレッタさんが私の財布を盗んだと言い張って……実際、彼女の荷の中から見つかったんですが、おかしいんですよ。彼女は率先して周囲の警戒に出ていたので、そんなタイミングは無かったはずなんです」
「そんな……嵌められたってことですか……?でも一体何の目的で……」
「それが、冒険者たちの話を少しだけ盗み聞き出来たんですが、大金を持っているはずだとか……これで大金持ちだとか……」
「大金……そう……そういうこと……ルークさん、教えてくれてありがとうございました」
「ああ、うん。僕にできることがあったら何でも言ってくれよ?」
「はい、ありがとうございます」
ルークに礼を言うや否や、ケイが店を飛び出していく。
「ちょっと待って!どこに行くつもり!?」
すかさずあとを追ったシルとスフィアが、ケイの前に立ち塞がる。
「決まってるでしょ。ギルドに行ってミリィを取り返すのよ」
「待ってください、いくらなんでも危険です。せめてアルさんとセアラさんと合流してからでないと……話を聞く限り、向こうはミリィさんに、人質としての価値を見出しているんですよね?それなら殺されることはないはずです。それにお金だけでなく、ケイさんを誘き出す思惑があるのかもしれません」
「スフィアちゃんも分かっているんでしょ!?だからって、酷いことされないとは限らないって!直接聞き出そうとして、拷問にかけることだってあるはずでしょ!?」
「拷問……」
拷問という言葉に反応し、身を震わせて自らを抱くシル。
「それは……はい……むしろ受けていると考えたほうが自然です……」
シルを横目で見ながら、スフィアが伏し目がちに同意を示す。
「……だったらそんな悠長なこと言ってられないよ!二人はミリィのこと知らないでしょ!?だからそんな薄情な事を言える……」
「ケイ……」「ケイさん……」
友人たちの自分を責める訳では無い、ただただ悲しそうな表情で、ケイは少しだけ冷静さを取り戻す。
「……ごめん、言い過ぎた……だけどミリィは私の家族なの。このまま黙って待つことなんて……私には出来ないよ。二人が止めても私は行くから」
「……分かった……スフィアちゃん、パパとママに知らせに行って。私はケイと一緒に行くよ」
「シルさん……」
震え声のシルを前にしても『私が一緒に行きます』という一言をスフィアは口に出来ない。ケイとスフィアには実戦経験が皆無。そんな二人が屈強な冒険者が揃うギルドに行っても、何も出来るはずがない。
「……分かりました、お二人とも、どうかお気をつけて」
シルの心を守りたい、そう願ったはずなのに、みすみす古傷を抉りかねない場面に送り出さなくてはならない。そんな自分の力の無さに辟易しながらも、最善を尽くすため、スフィアは遥か遠くに見える領主の屋敷へと向かって走り出した。
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