第26話 ギルドへ
ロサーナの冒険者ギルドの前、傍目からはケイが一人で佇んでいるように見えるが、その背中を『
二人の作戦は、まずケイがギルド側と交渉して、ミレッタの監禁されている場所へと連れていかせ、解放させるという
「ケイ、大丈夫だよ。私がついてるから。中に入ったら、さっき教えた念話で話をするからね」
「うん、ありがとう…………ふぅ……よし」
意を決して、石造りの頑強な建物の中へと入っていくケイ。シルはまずギルドの中を見て、自らが知るギルドとのあまりの違いに驚く。ギルドは世界共通の作りをしているはずなのだが、ここロサーナのギルドはまるで酒場のようにしか見えず、まだ日が高いというのに多くの冒険者が酒をあおっていた。
当然の事ながら、そんな場の中でケイの存在が浮かないはずもなく、ギルド内に入った瞬間から好奇の目に晒される。
(ケイ、行こう)
(う、うん……)
頭の中に響くシルの声に背中を押され、入口で動けなくなっていたケイが、奥の受付カウンターへと歩を進める。
「あらぁ?可愛らしいお嬢さんねぇ、来るところを間違えてないかしら?」
受付に座る、やたらと色気のある金髪の女性が、カウンターに肘をつきながらケイに声を掛けてくる。
「……こちらにミレッタという女性が来ておりませんか?」
「ミレッタ?ふぅん……ちょっと待っててね?」
含みのある笑みを浮かべた女性が奥へと入っていくと、短髪オールバックに銀縁眼鏡という、細身の神経質そうな男が姿を現す。その男の特徴は、カリフのギルドで聞いた前ギルマスのものと一致する。
「これはこれは、エリアナ公国の公爵令嬢キャスリーン・ウィンバリー嬢とお見受けします。立ち話もなんですのでこちらへどうぞ」
「……名乗った覚えはありませんが……あなたは?」
男に続いて応接室に入ったケイが、促されるままソファに座り、丁寧ながらも棘のある口調で問い掛ける。
「失礼、私は当ギルドのギルドマスター代理のマーティンと申します。ギルドマスターは生憎と療養中でして、私が対応させていただきます」
「別にどなたでも構いません。それでミレッタはどこに?」
「まあそう焦る必要も無いでしょう?」
「あなたに無くても私にはあるわ」
「ふふっ、ご安心ください。彼女なら無事ですよ?ちょっと手癖が悪かったようでしたので、ほんの少しだけお仕置はしましたがね。今は薬が効いて、ぐっすりと眠っておられるようです」
「薬……何をしたの……?」
「大したことではありません。二度とそのようなことが出来ないようにしただけですよ?」
マーティンは自らの右手首を、左の手刀でトンと叩く。
「っ!?」
「ああ、ご安心ください、右手だけにしておきました。私も両方の手を奪うほど鬼ではありませんから」
仮にも冒険者稼業をしている者の利き手を切り落とす。どう考えてもありえないその対応は、ケイを精神的に追い込むための手段に他ならない。
その所業を悪びれることなく嬉々として話すマーティンに、堪らずケイが掴みかかろうとするが、シルが後ろから服を掴んでとどまらせる。
(ケイ、私なら治せるから!だから今は抑えて……)
ケイは頭に登った血を心臓へと還すべく、大きく息を吐いて、眼前の男を睨みつける。
「何てことを……狂ってるわ」
「いいえ、私は至って冷静ですよ?護衛依頼中に護衛対象者の物を盗む。これはギルドの信用を失墜させる重大な裏切り行為に他なりません。つまり私共は二度とこのようなことが無いよう、適切な指導をしなくてはならないのです」
「そんなの指導じゃないわ!」
「ええ、ええ、指導と罰は別ですよ?罰というものは行った罪を悔い改めさせ、指導した内容を身体に刻みつけるためのものですからね。彼女は自分の右手を見る度に、私の指導を思い出すのです。どうですか?実に効率的だと思いませんか?」
「行き過ぎよ!それに、ルークさんは間違いだって言ってたわ!」
「行き過ぎかどうかは私が判断すること。聞けば依頼者とミレッタは既知の仲だそうですね?そうなりますと、その証言の信憑性には疑念が残りますし、何より同行していた者たちも彼女の犯行だと証言しております」
「何を……そいつらもグルじゃない!」
「確かに彼らはこのギルドに所属しているのですから、その表現はあながち間違いではありませんねぇ。しかし私は公明正大なギルド運営を信条としておりますので、まるで不正に携わったかのような物言いは甚だ心外でございます」
「そもそも……あなた、カリフのギルドで不正をしてた奴なんでしょう?」
「おや?私のことをご存知でしたか。あの一件を私は深く反省し、心を入れ替え、ここロサーナのギルドで下働きをしていたのです。そしてその経験と働きぶりがギルドマスターに認められ、こうして代理を任せていただくまでになったのですよ。つまり正当な手段で返り咲いた、というわけです」
大仰に手を広げ欺瞞に満ちた笑みを浮かべながら、試験前に丸暗記したかのような、薄っぺらな言葉をペラペラと話すマーティン。そのあまりにも空々しい様子に、ケイは先程までの怒りとは打って変わって、冷めた視線を送る。
「……あなたの言葉、ウソばかりね?公明正大ですって?心を入れ替えた?私にはまるで響いてこないわ。もう上辺だけの無駄な話はしたくない、早くミレッタに会わせてちょうだい」
「おや、手厳しい。むさ苦しいギルドに、可愛らしいお嬢さんが二人も来られたので、私も無意識に舞い上がってしまったようですね」
「……何のこと?」
内心の驚きを押し殺しながら、ケイはマーティンの言葉に正面から向き合わず、シルもまたそのまま姿を隠し続ける。
「ふふ、まあいいでしょう。我々がミレッタの身柄を拘束したことから、即座に私の狙いに辿り着いたこと。なかなかの慧眼といっても良いでしょう。しかしながら、私が昨日今日、この計画を立てたとでもお思いなのですか?どうしてこのタイミングで私が計画を実行に移したと?ただの気まぐれだとでも?」
「…………」
「当然答えは否。貴女のことは、以前から監視させていただいておりました。魔法学園を受験したことも存じております。無論、昨日町に帰ってきてからの行動も確認しておりますよ。ああ、そうそう、あの厄介そうな二人を待たずにお越しいただけたこと、感謝を申し上げます……特に男の方、アレは化物ですねぇ。正面からでは、まず抑えられないでしょう」
アルのことを話す際、余裕たっぷりのその顔が僅かに歪む。ケイはアルの存在が彼にとっての爆弾だと判断し、揺さぶりをかけようと試みる。
「あら、それは残念だったわね。でもアルさんはすぐに来てくれるわ。そうしたらあなたの企みも全て終わりね」
「ふふ、それはどうでしょうか……?あの水色髪の少女、どこかで暴漢にでも襲われていなければいいんですが……?何せここは治安が悪いですから心配ですねぇ」
わざとらしく左右にかぶりを振って、心配する素振りを見せるマーティンに、二人が顔を青くして絶句する。
(そんな……スフィアちゃん……)
「何て……ことを……」
「これは失礼、そのように不安がらせるつもりなど毛頭無かったのですが……さぁ、お望み通り彼女に会わせてあげましょう。もう一人の銀髪の娘もそこにいるのでしょう?ちゃんとついて来てくださいね?」
くくっと歪んだ笑みを浮かべるマーティン、対照的に言葉を継ぐことが出来ない二人。
いいように感情を揺さぶられ、主導権を握られてしまった二人は、言われるがままついていく他なかった。
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