第21.5話 アルとセアラが抱く思い

※今回はほぼアルとセアラの会話ですので21.5話としております。



 シル、ケイ、スフィア、アル、セアラの五人はカリフを後にして、伯爵家所有の馬車に揺られて一路、ロサーナを目指す。

 今回は表向き、旧知の仲である先代領主の容態を危惧したメイスンが、著名な治癒士であるアルとセアラに依頼を出し、ヘインズ子爵の元を訪れるという筋書きになっている。もちろん先方にもその体で連絡を入れており、それ故に乗合馬車ではなく伯爵家の馬車を用いての移動となった。ちなみに、二人が屋敷で治療を行っている間、シルたちは町でギルドと冒険者の悪評について情報収集にあたる予定となっている。


 馬車内の席次は当然のように、アルとセアラが隣で進行方向とは逆向きに座る。向かい合って、シルを真ん中にして右側にケイ、左側にスフィアがベッタリとくっついて寝息を立てていた。


「ふふ、シルは女の子にモテるんですねぇ?」


 本気なのか冗談なのか判断のつかない事を言いながら、セアラがふんわりとした笑みを浮かべる。


「……うん、あれはいいことなんだろうか?」


「仲のいい年頃の女の子同士であれば、それほど珍しいことでも無いんじゃないですか?それとも、男の子の方が良かったですか?」


「それはダメだな」


 顔をしかめながらキッパリとアルが言うと、セアラは三人を起こさないように静かに笑う。

 やがて心地よい揺れに身を任せていたアルが、欠伸を噛み殺すと、セアラは温和な表情でアルを引き寄せ膝枕をする。


「……アルさんもゆっくりして下さい。体調はどうですか?」


「ありがとう……今は問題ないよ……でも今回の依頼で、しばらく冒険者の仕事はお休みだな」


「ええ……そうですね」


 そしてセアラは目を細めながら、二人に挟まれ、窮屈そうに眠る娘を心配そうに見る。


「シルにも……心配をかけてしまいますね。せめて学園の入学式には、揃って行けるといいんですが」


「そうだね……」


 アルはこのところ体内の魔力のコントロールが上手くいかず、それによって引き起こされる慢性的な体調不良に悩まされている。酷い時にはセアラとシルが仕事に出ている間に、自宅で静養することもしばしば。今回の件が終わったら、長期の休暇を取る予定にしていた。

 ただし、それらの事は未だシルには伝えられずにいる。そして今もまた、シルに聞かれぬように防音の魔法を施す。


「シルは……大丈夫でしょうか?知れば自分がどうにかするって言って、無茶なことをするんじゃないでしょうか……?」


「うん、多分ね……でもさ、セアラだって何とかしたいって思ってくれてるだろ?俺だって逆の立場ならそうするし、それ自体を止めることは出来ないよ」


「それは……そうですけど……これ以上シルが……」


「……なぁ、セアラはシルがどうしてああやって抱え込むか考えたことは?」


「……あります。多分、私たちの責任ですよね……」


「うん……必要なことだったとはいえ、まだ十歳のシルをあんな戦いに引っ張り出して、一番危険な最前線で戦わせた。加えてシルは『聖女』で、死んでさえいなければ、誰でも救う事が出来てしまう。全能感を抱いても仕方ないよ」


「皮肉ですよね……そういった経験が、シルが理想と現実の線引きをすることへの枷になってしまうなんて」


「ああ、そうだね」


「でもその考え方は……いつか身を滅ぼします……手が届かないところの命にまで、責任を感じてしまうなんて……」


 今でさえ、シルは心に大きな負担を抱えている。そんな娘を思い、セアラの瑠璃色の瞳が頼りなく揺れる。


「うん……シルが抱いている理想は、本来、個人が背負っていいものじゃない。厳しいことを言ってしまえば、烏滸がましいものなんだよ。それを実現したいのなら、世界を変えないといけなくなってくる」


 シル自身もケイの祖国が滅びた話を聞かされた時、自分のせいだと言わなかったように、頭ではそれを理解出来ている。それでも感情の面で、仕方がないと割り切ることが出来ない。


 二人の間に重苦しい沈黙が流れ、車内には三人の寝息と馬車を走らせる音だけ。

 しばしそのままでいると、セアラがアルの頭を撫で始め、積年の疑問を口にし始める。


「……アルさんは、この世界を一つにまとめて、自分の望む世界に作り替えようとは思わなかったんですか?それこそ身分制度も、種族間の差別も何もかも撤廃したような世界に。アルさん一人では無理でも、主導するという形であれば不可能ではないと思いますよ?」


 アルは困ったような顔で逡巡すると、ぽつぽつと胸の内を語り始める。


「……少し、考えたことはあるよ……だけどさ、ああやって力を見せた俺が中心になって秩序を作るのは、やっぱり望ましくないと思うんだよ」


 セアラが顎に手を当てて、その意図を汲もうと試みる。


「……そうした場合、武力による独裁のようなものになってしまう、ということですか?」


「ああ、大戦の時も同じようなことを言われたけれど、平和な世界で行き過ぎた力は恐怖を産むだけなんだ。それでも俺がいるうちであれば、上手く行くかもしれない。だけど俺が降りたその先は?きっと後継者争いが起きたり、それまで英雄という重石で無理やり抑え込まれていた不満や問題が噴出するよ。正しさなんてのは玉虫色だからね。いくら俺が間違えないようにって思っても、立場が違えば色んな正しさがあるから」


「立場、ですか……それは国や種族とも言い換えることが出来ますよね」


 セアラの言葉にアルは静かに頷く。


「今存在している国々が、そういう体制になっているのには必ず理由があると思うし、先人から紡がれてきた歴史だってある。そういったものを全部無視して、同じ方向によーいドンで走らせたところで、上手く行くはずがないんだ」


「ええ……昨年のこの国の奴隷解放なども、その一例ですよね。この国に関しては、もっと時間をかけるべきでした」


「そう、向かう方針が定まっても、国が違えば当然事情が変わる。どれだけその方針が正しかろうと、改革のスピードは国や地域によって変えなければならない。だから実現までのプロセスを考えたりするのは、自国のことを良く知っている為政者が必要だし、世界会議でのすり合わせも重要になってくるんだ。一人のカリスマが牽引するよりも時間はかかるけれど、きっとその先には、永く続く平和な未来があると思う」


「……そうですね。この世界はずっと続いていくんですからね、遠回りでもそれが望ましい気がします」


 セアラが感心したことを示すように小さく拍手をすると、アルは照れくさそうに苦笑する。


「なんてさ、もっともらしいことをダラダラと言ったけど、結局のところ俺にはカリスマ性も無ければ、政治も出来ないんだ。国政に携わる人達は、俺なんかより遥かに優秀だからね。俺が出来ることはさ、そういう変化や枠組みから溢れてしまった人たちを、自分の土地に住まわせてあげることくらいだ。それくらいなら守ってあげられる」


「ええ、そうですね…………シルは……いつかアルさんと同じ答えにたどり着けるんでしょうか?」


「どうだろうね……もっといい答えを見つけるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。どちらにせよ、自分で答えを見つけない限りは、今のままだろうからね。でもさ……何の根拠も無いけど、俺はシルらしい答えを見つけるんじゃないかと思ってるよ」


「じゃあ、これからも見守ってあげないといけないですね」


「ああ…………シルを引き取ってもう五年以上か……こうして正式に学園に行くことが決まったら、あれこれ手を出したり、気を揉んだりするのも、段々と終わりに近づいているんだなって実感するよ」


 出会った頃を思い出すように、アルは目を閉じて穏やかな笑みを浮かべる。


「ふふ、そうですね……こうして良い友人を得て、私たちの知らないシルの世界が広がって……子供って、そうやって成長していくんでしょうね……なんだか寂しい気持ちです」


「そうだね。それにしても……まさかこの歳で、もう子離れの心配をするなんてなぁ……」


 アルが自嘲気味に笑うと、セアラもそれに同意する。


「そうですねぇ……でもまだギルもいますし」


「ギルはなぁ……既に親離れしているような感じなんだよな……三歳のくせに自分で何でも出来るし、やたらと俺に冷たいしさ」


「ふふっ、あの子はシルが大好きですからね。好きな人の初恋の相手に、対抗意識を燃やしているんだと思いますよ?可愛らしいものじゃないですか。アルさんはそのうちケイさんとスフィアちゃんからも、目の敵にされるかもしれませんねえ」


 セアラがクスクスと口元を押さえながら笑うと、アルは困ったようにこめかみを掻く。


「からかうなよ……今までも、これから手を離れても、シルが俺にとって大切な娘であることに変わりはないよ……」


「ええ、もちろん分かっていますよ。私も、シルも……」


 心躍る夢でも見ているのか、二人の会話が聞こえていないはずのシルの口角は、まるで笑っているかのように僅かに上がっていた。

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