第21話 未だ癒えぬ傷
「えっと……スフィアちゃん……本気なの?」
「はい!その為に一年間頑張ってきました!ご主人様にも雇っていただく際に、了承を頂いてます!」
背筋と耳をピンと伸ばして、スフィアが深々と頭を下げる。シルはどうしたものかと、両親とメイスンを見やるが、三人とも『シルが決めたらいい』と言うように頷くだけ。
「あのね、スフィアちゃん、気持ちはすごく嬉しいよ。でも私、来年からソルエールの魔法学園に行くことになってるんだよね。だから……」
お辞儀したままの姿勢のスフィアの耳が、元気なく前に垂れていく。
「シル、学園は使用人一人までなら同行出来るわよ?平民でそんなことする人は、あんまり居ないと思うけど、申請すれば問題なく認めてもらえるわ」
ケイが横から助け舟を出すと、スフィアの耳が再びピンと立つ。
「え?そう、なんだ…………」
未だ顔を上げずにいるスフィアを見て、シルは困ったように頭を掻くと、中腰になって語りかける。
「ねぇ、スフィアちゃん。学園はさ、色んな国の人がいるから、ここみたいに獣人に差別的な感情を持ってる人も居るよ?スフィアちゃんと私の見た目で、嫌なことを言ってくる人たちも居るよ?それだけならまだいいくらいで、直接なにかされるかもしれないよ?」
「大丈夫です、そんなの慣れっこですから!シルさんのそばにいられるなら、何の問題も無いです!!それに、自分の身くらいは自分で守れますから!」
やっと顔を上げ、力いっぱいこぶしを握って主張するスフィア。シルはふぅと大きく息を吐いて、その水色の髪を優しく撫でる。
「うん、分かった、スフィアちゃん。一緒に学園に行こう!これからよろしくね!でも私はスフィアちゃんのご主人様じゃなくて、友達だからね?」
「はい!ありがとうございます!!一生懸命頑張りますから!」
シルから差し出された両手をしっかりと握り、ぶんぶんと尻尾を振り回すスフィアに、メイスンはうっとりとしたような表情で満足気に頷く。
「うんうん、今ここに、晴れてネコ耳女子同士の友情が誕生したわけだ。尊い光景だね」
「はぁ……初めて会った時は、そんな方だと思いませんでしたよ」
冷めた目でメイスンを見やるアル。
「そりゃあそうですよ。私だって貴族ですからね、その辺りは弁えてますよ」
メイスンはそれを意に介することなく、堂々と言ってのける。
「こちらとしては、弁えたままでいいんですけどね……」
「いやだなぁ、堅苦しいのは好きじゃないって言ったのは、お二人じゃないですか。忘れたんですか?」
「限度というものがありますよ……夫の前で妻を口説くなんて」
「ふぅむ……アルさんが居ない時ならいいんですか?」
メイスンがセアラの手を取りながら、妖しい笑みを浮かべると、セアラは苦笑いしてアルを見る。
「絶対ダメです!いいわけないでしょう!?」
「はははっ!分かっていますよ。相変わらずアルさんは、セアラさんのことになると冗談が通じないんですから」
「本当に冗談かどうか怪しいからですよ」
「ははっ、さて、戯れはこれくらいにしておいて、お話があるということでしたけれど、どういったことでしょうか?」
メイスンは一口紅茶を口に含み、嚥下すると、緩みきっていた顔を瞬時に立て直す。
「ええ、急なお願いにもかかわらず、お時間を取っていただきまして、ありがとうございます。話というのは、こちらのケイさんが暮らしている町。ロサーナについてなんです」
皆まで言わずとも、それだけで要件を察するメイスン。
「ああ、成程……では既にギルドへは寄ってこられているんですね?」
「ええ、ギルドから正式に依頼を受けました。やはりご存知だったようですね?」
「そうですね、情報だけは集めております。ただアルさんたちもご存知の通り、明確な違法行為が認められない限り、私ではギルドへの介入は出来ません。ヘインズ子爵に関しても、現状で強引な査察を行うのは難しいですね」
「あの、それなんですけれど、いくら税収が上がったとしても、きちんと支出の記載をしないといけませんよね?どこか不審な点は無いんですか?」
セアラが意見を口にするが、メイスンは力無くかぶりを振る。
「その線でも調べてみたのですが、跳ね上がっているのは、憲兵の外注費なんです」
「憲兵を外注?外注先は……まさか」
「お察しの通り、ギルドですね」
「はぁ……そんなのアリですか?ただのマッチポンプじゃないですか」
「正直手詰まりですよ。領主はギルドに干渉出来ませんが、依頼を出すのは何の問題も有りませんからね。表立って判明している事実だけでは、糾弾することは出来ません」
「で、でも正規の憲兵団員の募集くらいはしてるんですよね?外注の必要が無いくらい整えば……」
「現在の治安悪化は一時的なもので、それに伴う増税も一時的な措置です。正規の憲兵団員を増員した場合、落ち着いたらクビという訳にはいきません。ならば外注で済ませた方がいいだろうというロジックですね」
「他の町から応援を頼むのは?」
「結局のところ、それをするかどうかはヘインズ子爵の裁量です。現状では、私がそこまで介入するほどの大義名分はありません」
「私、思うんだけど……」
三人が頭を抱えているとシルが口を挟む。
「その人が領主じゃなくなればいいんじゃないのかな?」
「ん?シルちゃん、それは…………そう、か。出来るのか……」
盲点を突かれたメイスンは、口を手で押さえるも、堪えきれずに笑みをこぼす。それはこの状況を根底から覆す打開策と言える。
現状では回復の見込みがないとされている前領主。だからこそ息子はそれを継ぐことが出来た。病から回復し、メイスンが口添えをすれば、再び領主の地位に返り咲くことも可能。
「うん、前の領主さんが生きてさえいれば、私なら治せると思う」
「……試してみる価値はある……けれど、まずは俺が行って確認してからだよ?俺でも治せるかもしれない」
しばし考え込んでいたアルが、釘を刺すように言うと、シルはビクッと肩を震わせる。
「あ……うん……分かってる、よ」
「え?どうしてですか?シルが行けば確実なんじゃ?」
「ああ、うん……そう、なんだけどね…………ほ、ほら!やっぱり危ないでしょ?今回は相手も結構手強いみたいだし」
ケイが純真無垢な疑問を口にすると、シルは作り笑いを浮かべて言い繕い、アル、セアラ、メイスンの三人は背もたれに体を預けて閉口する。
「そう?シルだって強いんだし、真っ先に行きそうなものだと思ったけど……」
小首を傾げるケイの横で、スフィアは下唇をきゅっと噛み、エプロンを握りしめる。その紫紺の瞳には今にも溢れ出しそうなほど、涙が溜まっていた。
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