第22話 銀髪のケット・シー

「ふわあぁぁ、よく寝た〜。もうすぐ着きそうね〜」


「はい、私もぐっすり眠っちゃいました」


「むぅ……なんでこんな状況に……二人ともズルいよ」


 夢の世界から帰還した三人。シルが両腿に重みを感じて不満を口にするが、ケイとスフィアはそれをものともせずに、そのままの体勢でにへらにへらと笑う。たっぷりと良質の睡眠を摂取したことで、その肌は心做しか潤っているように見える。


「「だって……」」


 ケイとスフィアが、穏やかな顔でうたた寝をしているアルとセアラに視線をやる。もちろんアルはセアラに膝枕してもらったまま。


「あんなに幸せそうなとこを見せつけられたら、羨ましくなっちゃうってものでしょ?」


「えぇ……?それ、理由になってるかな?」


「なりますよ、だってお二人はとっても仲良しじゃないですか。だったら私たちも、それを見習わないといけません」


「でも、パパとママは夫婦なんだから、私たちとはちが……」


「一緒よ!!」「一緒です!!」


 ケイとスフィアが馬車の外まで聞こえるような大声で否定するが、今なお防音の魔法が効いているので、アルとセアラが目を覚ますことは無い。


「ふえぇ……?そ、そうなんだ……?」


 二人の謎の迫力に、あまり食い下がるのは得策では無いと判断し、納得のいかないままシルは会話を切り上げる。


「皆さん、お取り込み中すみません。もうすぐロサーナに着きますよ。本日は宿を用意させていただいておりますので、そちらにご宿泊下さいませ」


「はぁ〜い、ありがとうございます!そういえばケイって今日はどうするの?宿には泊まらずに家に戻る?あとさ……流石にうつ伏せはやめてくれないかな。それ、普通にNGだからね」


 シルは御者から声を掛けられると、黒のショートパンツとニーハイソックスからなるシルの絶対領域を、うつ伏せで堪能しているケイを引き起こす。


「え〜、これダメ?わたし的にはギリギリセーフかと思ったのに……今日は、みんなと宿に泊まらせてもらうよ。ミリィは明日にならないと帰ってこないと思うから」


 ケイは渋々と言った感じで体を起こすと、当然のようにシルの肩に頭を預ける。


「え?どこか行ってるの?」


「うん、最近働いてたお店が閉まっちゃったから、今は昔取った杵柄で冒険者をしてるんだよ。それで私が受験で町を離れるのに合わせて、泊まりがけで護衛の依頼を受けたみたい」


「へぇ〜、そうなんだ。確かに泊まりがけだと報酬いいもんね。でも大丈夫なの?評判悪いギルドに所属するなんて」


「それはそうなんだけどね……まあ仕方ないよ、景気悪くて他の仕事見つからないし、あくまでも引っ越すまでのつなぎだから。それに、ミリィはシルと同じAランクだからね。そうそう危険な目になんて遭わないって」


「そっかぁ……」


「って言うことで〜」


「?」


 むふふと笑うケイが、シルにガバッと襲い掛かり、体の自由を奪うように抱きつく。


「今日は一緒のベッドで寝るのだぁ〜!」


「ちょ、ちょっと……」


「あ、あの……私もご一緒させてもらっても……?」


 ちゃっかりと未だに膝枕から離脱していないスフィアが、そのままの体勢でおずおずと尋ねる。


「ええ!もちろんスフィアちゃんも一緒よ?」


「はい!ありがとうございます」


 その場にいる本人無視で進んでいく話に、シルは半ば諦めたような声を漏らす。


「……念の為聞くけど、拒否権は?」


「無いわ!」


「ダメ、なんですか……?」


「あう……も、もちろんいいよ?」


 瞬時に目を潤ませるスフィア。ケイの可愛げの欠片もない反応は黙殺出来ても、妹のような存在から放たれた見事なカウンターには、シルとしても頷かざるを得ない。


「やったぁ!一緒に寝られるのは去年以来ですね!嬉しいなぁ」


 馬車内でなければ、ピョンピョンと跳ね回りそうな程に喜びを見せるスフィア。その代わり、耳と尻尾はその感情を表すように忙しなく動いている。


「ふふっ、そうだね。私も嬉しいよ」


「ちょっと待って!今聞き捨てならない話が!既にどうき……」


「もう!女の子同士だよ!?そういう言葉を使わないの!」


 町に着くまで、女子三人の楽しげな会話は途切れることなく、馬車の外まで響き渡る。


ーーーーーーーーーー


 ロサーナまで約半日程の街道沿い。ケイの同居人、ミリィことミレッタは商隊の護衛依頼の帰り道、同じ依頼を請け負った冒険者たちに取り囲まれていた。


「だからさっ!アタシじゃ無いって言ってるでしょ!?」


「依頼主の財布がテメェの荷から見つかったんだぜ?言い逃れできるわけねえだろ」


「知らないって!」


「あ、あの……私は財布が返ってきたので、それで構いませんから。ミレッタさんもああ言っておられますし、きっと何かの間違いですから。あんなに道中助けて貰ったじゃないですか」


 人の良さそうな商人の男性が困り顔で仲裁に入るが、ミリィを取り囲む冒険者には、その言葉が響くことは無かった。


わりいがそれとこれとは話が別だ。これは冒険者同士の問題。いくら依頼主と言えど口出しは無用で頼むわ。おい、拘束しとけ。抵抗するなよ?この状況でそれが悪手だってことくらい、Aランクともなれば分かるだろ?」


 リーダー格の男の一声で、手早く手首足首を拘束されるミリィ。


「こんな強引なやり方……アンタら……何が狙いよ?」


 冒険者たちはミリィの疑問に答えること無く、ただ薄ら笑いを浮かべるだけだった。


ーーーーーーーーーー


「はぁ〜あ、大浴場が無いなんて信じらんない!片手落ちなんてもんじゃないわ、両手落ちよ!!メイスン伯爵に抗議が必要ね」


 宿のベッドに寝転びながら、ケイが口を尖らせる。一行の部屋は二部屋に分かれており、当然のようにアルとセアラが一緒で、もう一部屋に三人といった構成。

 既にスフィアはシルの左隣で、幸せそうな表情を浮かべて夢の中。ケイの不満にシルは苦笑いを浮かべる。


「もぉ〜、大浴場がある宿なんて滅多にないよ。ご飯も美味しかったし十分でしょ?文句なんて言ったら罰が当たるよ?」


「はぁ〜い……それにしても、シルと友達になったら驚きの連続ね。まさかセアラさんが転移魔法を使えるなんてねぇ……」


「ふふ………………ねぇ、ケイはさ……」


 シルは体は仰向けのまま、右隣で寝転ぶケイの方へと顔を向ける。


「ん?」


「……なんで私なんかと友達になりたいって思ったの?ケット・シーだからって、それだけじゃないんでしょ?」


「ん〜……まあそうだね」


 シルの方へと向けていた体をごろりと仰向けに変え、顔だけを向けるケイ。


「なんで?」


「……なんかさ〜、この娘面白そうだなぁって思ったの」


「面白そう?」


「うん、見た目はちっちゃくて可愛らしいのに、斜に構えて、ちょっとイキってるなぁって」


「うわ、ひど……」


「あはは、ごめんごめん。でもさ、魔法学園に入ろうっていう平民ってさ、普通は成り上がってやろうってギラギラしてるものなの。なのにシルはどうでもいいなぁって感じが全身から出ててさ。そんなの、気にならない方がおかしいでしょ?そしたらもっと知りたいなぁって思って、気づいたら友達になろうって言ってた」


「……それで、私と友達になって、どう思った?」


「ただの女の子」


「ええ!?そう、かな?」


「うん、自分の理想に向かって突っ走って、出来ないことにあーだこーだって悩んで。どうにかしたいってもがき続けて……私たちの年頃ってさ、大体みんなそうやって生きているんだよ?」


「で、でもさ、私って『聖女』なんだよ?それにさ、血が繋がっていなくても『世界の英雄』と『戦場の女神』の娘なんだよ?ちゃんとふさわしい振る舞いをしないとダメでしょ?私はさ、ちゃんとみんなの期待に応えないとダメなんだよ!?」


 まるで自分に言い聞かせるようなシルの言葉だが、ケイは軽く受け流すように欠伸をする。


「あのねぇ、シルはそういうのに縛られすぎだよ。私にはシルが何に苦しんでいるのかなんて分からないよ?だけどね、これだけは言えるの。シルはさ、ぜーんぜん特別なんかじゃないよ?」


「……私が、特別じゃ……ない?」


 シルの表情に動揺と焦燥の色がありありと浮かぶ。

 アルとセアラの娘である自分、聖女である自分は他の人とは違う。なんでも出来て当たり前、特別でなければならないのだと思ってきたシル。それを優しく、真っ向から斬って捨てるケイの言葉は、あまりにも刺激が強すぎて消化できない。


「うん、そうだよ。さっき言ったことにも通ずるけどさ、ちゃんと生きている人って、程度の差はあれど、何かしら悩みだったり心配事を抱えているよ?それこそ客観的に見れば『はぁ?』って言いたくなるような悩みでもさ、その人にとっては、すっごく大変な悩みだったりするんだよ」


「あ……うん、それは何となく分かる、かな」


「だからね、シルはちょっとだけ、ほんっと〜にちょっとだけ色々出来ちゃう分、人よりも少し難しいことを考えちゃうだけだよ」


「…………そう、なのかな」


 ケイの左手がシルの右手を捕まえると、離れないよう指と指を絡ませる。


「ねぇ、シル。私が友達になりたいって思ったのは『聖女』なんかじゃないよ」


「……うん」


「『世界の英雄』の娘でもないよ」


「……うん」


「『戦場の女神』の娘でもないんだよ」


「……うん」


「ただ単に、髪の色がちょっとだけ珍しいケット・シーの女の子、『銀髪のケット・シー』なんだよ」


「銀髪の……ケット・シー…………」


 シルはその呼び名を、頭の中で何度も何度も反芻する。それはシルを示す表現として、あまりにも直接的で、稚拙で、陳腐なものかもしれない。それでも友人の口から発せられ、己の耳で聞いたそれは、シルの心を激しく揺さぶる。


「私はシルが好きだよ。でもそれはね、物語の中にいる、みんなが尊敬するキラキラした聖女様なんかじゃない。今、私の目の前にいる、一緒に笑ったり、泣いたり、怒ったりしてくれる、とっても人間くさいシルが好き」


「…………ありが、とう……」


 ケイの掛けてくれた言葉、全てを飲み込めた訳では無い。それでもシルは目頭が熱を帯びていくことを感じると、それがこぼれぬように天井を見上げる。


「えへへ……ちょっと恥ずかしいね」


「うん……でも嬉しい。私もケイに何かしてあげたいって思っちゃったよ」


「何か……じゃあさ、お願いごとを聞いてもらってもいい?」


「う、うん、私に出来ることならいいけど……」


 天井を見上げるシルを覗き込むケイ。シルはその瞳の奥が怪しく光っていることに気付くが、今言ったことをすぐに撤回することは流石にはばかられるので、とりあえず話を聞くことにする。


「うん、シルはそのまま上を向いて天井のシミでも数えといてくれればいいよ?」


「ええっ?それって……こ、心の準備が……スフィアちゃんだっているのに……」


「ほら!早く早く!」


「う、うん……」


 強引なケイの言葉に、シルは心を決め、こぶしをぎゅっと握り、固く目を閉じる。


「ふふふ……私の望みはぁ〜…………これだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


 ケイがシルのパジャマを捲りあげると、露出したお腹に向かって顔を埋め、存分に息を吸い込む。


「うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「……うぅん……二人とも何を……はわわっ!?……ちょっケイさん!抜けがけはずるいです!私も〜!!」


「ス、スフィアちゃんまで!?うにゃにゃにゃにゃぁぁぁぁぁ!!私、猫じゃないよぉ!モフモフしてないんだからぁぁ〜!!!!」


 三人が大騒ぎしていると、部屋の扉がバァンと勢いよく開かれる。


「こらっ!他のお客さんに迷惑でしょ?早く寝なさい!!!」


「「「は、はぁ〜い……」」」


 部屋の入口で仁王立ちするセアラに気圧された三人は、静かにベッドに体を横たえる。



「ふふっ、怒られちゃったね」


「もう!ケイのせいだからね?」


「はいはい、ごめんって。じゃあ二人とも、おやすみ」


「はい、おやすみなさい」


「うん、おやすみ」

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