第19話 昔ばなし② 人身売買の現場にて

 衝撃吸収という概念など微塵も感じさせない、乗り心地の悪い馬車に揺られ、シルは苦痛に顔を歪めながらため息を漏らす。


(あうぅ、おしり痛いぃぃ!!…………ん〜、それにしても、馬車に乗ってもう三日も経つけど……どこまで行くんだろ?)


 シルが現在乗っている馬車が、快適さを毛ほども追求していないことは至極当然のことだった。それは『商品』である攫われた娘たちを載せる『荷馬車』でしかないためだ。今、シルの周りにはボロきれを着た獣人族と人族の少女が、手足に枷を嵌められた状態で乗っている。ある者は鞭で打たれぬように静かに涙を流し、またある者は全てを諦めたような虚ろな瞳をさ迷わせていた。


 スラムでディックと出会った日、シルは言われるがままに、一人でスラムをフラフラと歩き回った。彼の話では、恐らくスラムにはブローカーがおり、人身売買を行っている商人に、めぼしい少女を売り渡しているのだろうとの事だった。そして、シルほどの容姿であれば、直ぐに攫われるであろうことも口にしていた。

 果たしてその予想は見事的中し、シルは今こうして、かどわかされている真っ最中ということだった。


(痛くても今は我慢しなくちゃね……魔法を使えば快適に出来るけれど、そんなことしたらバレる可能性が高くなっちゃう。それに、この娘たちだけ助けても仕方ない。大元をどうにかしなきゃダメだ)


 シルが痛みに堪えながら思索に耽っていると、唐突に馬車が止まり、外で話し声が聞こえる。


(門番……ぽい……って言うことは目的地に着いたのかな……?普通は荷物を検めると思うけど……)


 程なくして、何事も無かったかのように馬車が走り出す。


(う〜ん、これは門番にも根回し済みってことでいいのかな)


 ようやく目的地に到着した馬車。怯えきった娘たちは、麻袋を頭からかぶらされて、物のように担がれ建物の中へと運ばれていく。


「いいか?こいつら全員、大事な商品だ、ケガさせたりすんじゃねえぞ。ケガさせた瞬間に、てめえの給料なんざ、一瞬で吹き飛ぶんだからな?特にそいつは高値で売れるはずだ。上手く行けば金貨五百枚にもなるかもしれねえ。くれぐれも丁重に扱え」


「へ〜い、分かりやした〜」


 御者を務めていた男がシルを見ながら、陰険な笑いを浮かべる。そして丁重にという指示を受けた筋肉質な男は、軽い返事をしたのちに、シルをお姫様抱っこをして運び始める。


(うわわわ!!嫌だァァァ、気持ち悪いぃぃ……私も担いでくれた方がマシだよぉ……)


 すっぽりとかぶらされた麻袋によって、男の顔を見上げなくていいことがせめてもの救い。シルは溢れる嫌悪感をまぎらわせるかのように、ここまで得た情報で考察を始める。


(ディックさんの言う通り、人身売買が横行してるのは間違いないみたい。扱っているのは多分十代の女の子で、種族は関係なし。あとは、それだけお金を出せるってなると……やっぱり貴族の人がお客さんだよね……売る側の人たちはまだ分からないけれど、ありそうな所としては、貴族が懇意にしている商人で、門番には賄賂でも渡している、とかかな……)


 建物に入り、体に階段を降りる振動が伝わると、室温の低下と、湿度の上昇を肌で感じる。


(地下ね……まあ目立つわけにはいかないし、集めた娘たちを管理しやすいから当然かな)


 ギィという音が聞こえ、地面にゆっくりと下ろされると、麻袋と枷を外される。そこは約二メートル四方の、頑丈な鉄格子で囲まれた檻の中。周りを見渡すと、同じような檻がいくつも設置されており、中には少女たちが一人ずつ囚われていた。


「あ、あの……私たち……どうなっちゃうんですか……?」


 シルは出来うる限り可憐な少女を演じ、ここまで自分を運び、そのまま見張り番を始めた男に問いかける。


「んん?新しいご主人様に買われていくだけさ。せいぜいご主人様が、やべぇやつじゃない事を祈ることだな」


「例えばどんな人なんでしょうか?」


「そうだなぁ……貴族様ってのはストレスが溜まるみたいでな、色んな発散の方法があるんだよ。なんて言うんだっけか……?ああ、そうだ、十人十色ってやつだな」


 御者からぞんざいに扱われていたことから、恐らく口を割りやすいだろうというシルの予測は的中した。男にとっては暇つぶしが出来て嬉しいのか、何の疑念も持たずにペラペラと喋り出す。


「それでは、私たちはストレス発散の捌け口として、買われて行くのですね?」


「ああ、でもな、普通に夜に使われるくらいなら、まだマシな方だぜ?中には無抵抗の女を痛めつけるのが趣味、なんてイカれたやつもいやがるんだ。そんで壊れたら性懲りも無くまた買いに来るんだぜ?たっけえ金払ってよう、馬鹿みてえだよな?そんでよ、ここで働いてる俺がこんな事言うのもアレだけどよ、うちの一番の太客が最悪なんだ。俺の見立てじゃ、嬢ちゃんは気に入られちまうと思うぞ?」


「何故でしょうか?」


「簡単な話だ、そいつはよう、珍しい髪の色の娘が好きなんだとさ。つい、二、三日前にも水色の髪をした猫獣人を買っていったぜ?」


 自身が追ってきた娘だと確信したシルは、既に手遅れかもしれないという焦りを悟られぬよう、あくまでも自分が怖がっているかのように話を続ける。


「……そうですか……それで最悪というのは、どういう意味でしょうか?」


 すると男は怪談でも始めるかのように、小声で語り出す。


「なんでもよう、十五歳になると同時に首をちょん切っちまうらしくてな?屋敷の隠し部屋は、腐らないように処理をされた『コレクション』だらけって噂だ」


 男は首を刎ねるジェスチャーをすると、『お〜怖』とわざとらしく肩を震わせる。


「……十五歳……」


 シルは安堵するが、それをおくびにも出さない。ディックから連れ去られた少女は、まだ十歳くらいだと聞かされていた。


「ああ、そいつが言うには、十五歳が『女が一番輝いている時』らしいぜ?俺には理解出来ねえ話だがな。女ってのは経験がある方が、具合がいいに決まってんだ。十五かそこらの小娘なんて、俺はゴメンだね」


「やだよぉ……私、怖い……来年十五歳だもん……うぅ……」


 聞きたい情報が得られたシルは、これ以上は耳が腐りそうな話を続ける気にはなれず、嘘泣きを始めて会話を切りあげようとする。


「おっとっと、嬢ちゃんには刺激が強すぎたか。ちっと望みは薄いかもしれねえが、他のやつに先に買われる可能性に賭けてみるといいさ。それに、せめてもの救いと言っちゃあなんだが、そいつのとこは十五になるまでは快適に暮らせるらしいぜ?」


「……色々教えてくれて……ありがとうございます……」


「気にすんな。ま、買われた後に逃げようが、どうしようが嬢ちゃんの勝手だ。俺から色々聞いたってのは内緒で頼むぜ?」


 シルはこくりと頷き、膝を抱えて落ち込んだフリをする。


(あとはさっさとその人に買ってもらわないと、どうしようもないかな……パパとママも動いてくれてるとは思うけど、出来ることはしておかなきゃ……)


「おい、嬢ちゃん」


 つい先程会話を終えたばかりの男に声を掛けられ、シルは怪訝な目線を差し向ける。


「どうやら金貨五百枚ってのも眉唾もんじゃねえようだ。早くも本命がおいでなすったようだぜ?こりゃあ最短記録だな」




「成程ね、国中のスラムから攫ってきた娘たちを王都ここに集めて、売り捌いているわけか……と言うことは、奴隷解放は商品を調達しやすいようにするため、という事か?」


 シルが運び込まれた巨大な商会の裏口を見つめながら、アルが眉間に皺を寄せる。


「ヒドイです!!こんなことが今でもあるなんて……アルさん、今すぐ乗り込んで、潰してしまいましょう!!!」


 少女たちが売り物にされているという事実を目の当たりにし、物凄い剣幕で息巻くセアラを、アルが『落ち着け』と制する。


「潰すんなら徹底的にしないと意味が無い。そもそも奴隷解放が宣言された国において人身売買なんてのは、明確な犯罪行為だ。つまり顧客情報の秘匿や対策は念入りにされているはず。このまま考え無しに突っ込んだとしても、トカゲの尻尾切りになるだけだよ。それに顧客が貴族となれば……」


「解決の為にはこの国の中で信頼出来る方、それもかなりの有力者が必要、ということですか……」


 口惜しそうに、セアラがキュッと唇を噛む。


「ああ、そういうことだな」


「……そうは言っても、私達この国では貴族の知り合いなんて……」


 八方塞がりの状況となり、アルとセアラが商会を睨みつける。


「あの、違っていたら大変申し訳ないのですが、『世界の英雄』アル様と『戦場の女神』セアラ様ですか?」


 不意に声を掛けられ二人が振り向くと、赤毛のいかにも貴族といった風体の男が、馬車から転がり降りてくる。見覚えこそ無いが、自分たちのことを知っていると言うことは、則ち『ソルエールの大戦』に参戦していた者だろうと、アルたちは当たりをつける。


「ええ、そうですが……失礼ですが?」


「ああっと、名乗りもせずに申し訳ありません。ついお二人を見て嬉しくなってしまいまして!改めまして、ダリル・メイスンと申します。お察しの通り、『ソルエールの大戦』に参戦しておりました」


「ご丁寧に有難うございます。アル・フォーレスタと申します。こちらが妻のセアラです。しがない平民ですので、様付けは勘弁してやってください。実は私共、先日はメイスン伯爵領の領都カリフに滞在させていただいたんですよ」


「そうでしたか、それは大変光栄なことです……ところで本日はご息女のお姿が見られませんが……」


 二人を知っているということは、シルの姿も目にしているということ。自国の差別意識の根深さに鑑みれば、滞在を楽しめなかったのではと心配するのも当然の事だった。


「ええっと……」


 商会を振り返り言い淀むアルに、何事かを察したメイスンが嘆息し、重い口を開く。


「そうですか、ご息女はこの中に……実は私が王都に来たのは、スラムで起きている件の報告と、対策を話し合うためなのですよ」


「……ご存知だったのですね?」


「ええ、もちろんですよ。今スラムに落ちてしまっている者たちの中には、奴隷解放の煽りを受けた者が多いですからね。気に掛けない訳にはいきませんよ。それよりもご息女は大丈夫なのですか?」


「シルに関してはご心配頂かなくても大丈夫です。あの娘は私たちの娘ですから」


 先日反対していた事実など無かったかのように、セアラがキッパリと答えると、メイスンは自嘲気味に笑う。


「ふふ、セアラさんの仰る通り、要らぬ心配でしたね。あの愛らしい姿でアルさんと一緒に戦っている姿は、今も驚きとともに、この目に焼き付いておりますよ。しかし、そうですか……確かに中に潜入するには、ご息女は最適でしょうね」


「それで話の続きなんですが、摘発は出来そうなんですか?」


「既にお分かりかとは存じますが、今回の件には奴隷解放の動きを作り出した、複数の有力貴族が関わっております。しかし、いかに囮と言えども、お二人のご息女に手を出したという意味が分からないほど、中枢の者も耄碌してはおりませんよ。これより王城に向かいますので、ご足労願えますか?」


「「分かりました」」


 こうして二人はメイスンの招聘に応じ、一先ず商会を離れる。

 そして、ややあって、シルもまた白金貨十枚という破格の値を付けられて、商会を後にするのだった。



※補足

白金貨十枚=金貨千枚=一億円


過去編はさくっと終わらせたいので(無理やり)次で終わりでございます。

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