第17話 ネコ耳女子との再会

 アルが依頼書にサインを終えると、シルたちはギルドを後にして、一路伯爵家へと向かう。今度は手を繋ぐのではなく、腕を組んで歩くアルとセアラが前を行き、シルとケイはそれを眺めながらついていく。

 シルはその途上、改めて行き交う人達をまじまじと観察していた。その視線の先には、和やかな雰囲気で談笑する串焼きの屋台の店主と、四人組の冒険者パーティ。


「去年は何の気なしに見てたけど、こうして見てると冒険者の人たちも町の人と仲良くしてるよね。気のいい人達が多いって言ってたのは、本当みたい」


「うん、あんなのロサーナじゃ、まず見ない光景だよ。冒険者って、宵越しの銭は持たないみたいな考えの人が多いからさ、前はああやってギルドの近くにも屋台が沢山出てたの。でも今じゃそっちは人通りも少なくて、がらんとしてるわ」


「へぇ〜、そんなんじゃさぁ、結局みんな出て行っちゃうんじゃないの?」


「う〜ん、そうは言ってもね、なかなか出来ないものなんだよ?新しい場所で一から生活の基盤を作るのって大変だし、一度そこの領民になったら、領主の許可がない限りは勝手にどこかに行ったり出来ないの。私たちの場合は、学園に行くから一緒に引っ越すって言っちゃえば大丈夫だろうけど」


「そっかぁ……色々面倒なんだね」



 街のシンボルでもある背の高い展望台へと向かって歩き続けると、やがて緑豊かな大きな公園が見えてくる。メイスン伯爵邸は領都カリフの中心に建っており、敷地内には屋敷の他に、町全体を見渡せるような誰でも登れる展望台と、広々とした公園が作られている。公園にはブランコや、滑り台、巨大なアスレチックといった遊具が完備されており、多くの家族連れの声で賑わっていた。


 公園に到着し、シルが魔法を解除すると、いつもの銀髪、猫耳と尻尾が姿を現す。


「うぅん、シルはやっぱりこうじゃないとね!!」


 ケイが目を輝かせながら、シルのピンと立った耳で手遊びを始める。


「ひゃあ!もう!耳は触らないでよぉ」


 耳を手でガードして、逃げ惑うシル。


「フフフ!そんな可愛い反応をする方が悪いのだぁ!ほれほれ〜」


 もはや定番になりつつある二人のじゃれ合い。シルも口では嫌だと言っているものの、本気でそう思っていたら容易く逃れることが出来るが、敢えてそれはしない。

 アルとセアラは苦笑しながらその光景を見ると、シルが涙目になった頃に助け舟を出して、公園奥にある伯爵邸へと向かう。


「そう言えば、今日は公園で遊ばなくてもいいの?」


 セアラがシルの顔を覗き込みながら尋ねると、シルは慌てた様子でぶんぶんと首を振る。


「わ、私はもう大きいからね、公園で遊ぶような歳じゃないよ!」


「そう?去年はあんなに楽しそうに遊んでたのに……」


「わぁ〜!!言わないでよ!」


「あらあら、お姉さんが一緒に遊んであげようか?」


「もぉぉぉぉ!!!」


 ケイにからかわれ、シルが顔を赤くしてぷいっとそっぽを向く。


「あはは、ごめんごめん。それにしても珍しいわねぇ?屋敷の庭園を小さくして、町の人が遊べる公園を作るなんて」


「……うん、確かにちょ〜っと変わった人かな。でも領民思いの優しい人だよ」


「俺はあまり会いたくないんだけどね……」


「ええ……私もちょっと苦手ですけど……」


 アルとセアラから乾いた笑いが漏れると、ケイが戦々恐々といったように肩を震わせる。


「……お二人がそう言うなんて……逆に怖いもの見たさで興味が出てきますね……」


「うん……まあ領民思いだと言うのは否定しないけどね……」


「まあ会えば分かるって」


 優しく降り注ぐ木漏れ日を浴びながら、公園を五分ほど歩くと、目的地である伯爵邸の門の前へとたどり着く。いくら敷地内に自由に出入り出来るとはいえ、流石に伯爵邸へと続く門の両脇には、屈強な二人の門番が立っていた。


「アル・フォーレスタと申します。本日はメイスン伯爵にお目通りをしたく参りました」


「はい、伺っております。どうぞ中に」


 門番の一人に先導されて屋敷の中へと入る四人。


「やあやあセアラさん!!いらっしゃい!!相変わらずお美しいですね」


 屋敷の扉を開いた途端、端正な顔立ちをした、赤髪の三十代と思しき男がセアラの手をぎゅっと握る。


「いやぁ、今日の予定全キャンセルで、今か今かとお待ちしておりましたよ!!それで、今日はとうとう私に嫁ぐ決意が出来たのですか?」


「ご、ご無沙汰しております。そのようなお戯れ、夫の前で困ります……それに伺う時間はお伝えしていたかと……」


「セアラさんにお会い出来るというのに、仕事なんて出来るはずないじゃないですか!!あ、アルさんもいたんですね、こんにちは」


 セアラよりも頭一つ大きなアルが見えていなかったはずなど無く、そのあまりにも白々しい態度に、アルの笑顔が引き攣る。


「はは……、ご無沙汰しております。メイスン伯爵におかれましては大変残念かと存じますが、離縁する予定はありませんので」


「セアラさん、心変わりしたらいつでも来てくださいね!!さてと、それじゃあこちらへどうぞ?シルちゃんと、そちらの可愛らしいお嬢さんもね」


「はい!」「は、はい」



「ねぇ、シル。もしかして急遽会えるようになったのってアレが関係してる?」


 ケイが指差す先には、デレッとしながらセアラに話しかけるメイスンの姿。


「そうだよ、去年初めて会った時も凄かったんだから……」


「へえぇ……でも全く靡きそうにないけど」


「まあ、分かっててやってる感じはあるよね。多分あれもコミュニケーションの一環……なんだと思う」


 メイスン直々の先導によって、応接間に通された四人。ハプニングなどではなく、もとよりそのつもりだったようで、メイドが既に茶の準備をして待ち構えていた。


「さ、どうぞ?」


 促されるままに四人が円卓に着席すると、水色の体毛を持つ十歳ほどの猫獣人のメイドが紅茶を供する。


「え?ええ!?スフィアちゃんだよね!?元気だった?」


「はい!お久しぶりです、シルさん」


「良かったぁ……すっかり立派になって、見違えたちゃったよぅ!!」


「ふふっ、ありがとうございます。シルさんたちもお元気そうでなによりです」


 スフィアと呼ばれた少女が、花のような笑顔を浮かべてシルに笑いかけると、シルは目に涙を溜めながらその手を取る。


「ねぇ、スフィアちゃん。他の子達は元気でやってるの?困ってることは無い?」


「はい!!あの日助けていただいたみんなは、ご主人様の計らいで獣人が治める国べスティアへ行きました。私はご主人様に無理を言って、この屋敷で働かせていただいているんです。とっても良くしていただいてますよ」


 スフィアの抱いている感情を示すかのように、尻尾と耳が軽快に動くと、シルが頬を緩める。


「そっかぁ、それなら安心だね。でもさ、スフィアちゃんはなんでべスティアに行かなかったの?」


「ええっと……その……ここにいればシルさんにまた会えると思って……」


 かあっと耳まで真っ赤になるスフィアを、シルは愛おしそうにギュッと抱きしめ、頭を撫でる。


「うにゃぁぁ〜、ありがとう!!私もスフィアちゃんに会いたかったよぅ!」


「ふふふ、ネコ耳女子の友愛というのは、いつ見ても心が洗われるようだね。眼福だよ」


「……言葉のチョイスには賛同しかねますが、いい光景ではありますね」


 キャッキャと微笑ましく戯れる二人を、メイスンに同意するように微笑ましく眺めるアルたちだったが、ただ一人だけは面白くなさそうにそれを眺めていた。


「何よもう……シルったら、デレデレしちゃって……」

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