第16話 ギルドからの依頼

「それにしても三人も女を連れてギルドに来るとはね。SSランクってのは、よっぽどモテるんだねぇ?」


 タイトな黒のパンツに、豊満な胸を誇示するかのように、ギリギリまでボタンが開かれた白いシャツ。浅黒い肌にウェーブのかかった黒髪の女性が、不躾な言葉を発しながら入室してくる。

 女性はシルたちと向かい合ってソファに座ると、長い足を組み、エメラルドグリーンの瞳で四人を射抜く。


「ああ、もう……ギルマス!客人の前に出る時は、ちゃんとシャツのボタンを閉めてください!はしたないですよ!?あとその座り方、失礼です!」


 先程まで応対していた女性が、目を釣りあげながら苦言を呈するも、ギルマスと呼ばれた女性は面倒くさそうに手をヒラヒラさせる。


「相変わらずリネットはうるさいねぇ、ギルドの中でくらい好きにさせておくれよ。大体、自分がちっさいからって、僻んでるだけじゃないのかい?さてと、あたしはここでギルマスをしてるミラベルだ、よろしく。SSランクのアル・フォーレスタさん?」


 身体的特徴を揶揄された、リネットの恨み節なぞ何処吹く風。ミラベルは軽口に似合わぬ、威厳を感じさせる態度で、右手を差し出しアルに握手を迫る。


「初めまして、アル・フォーレスタです」


 アルがその手を取り、全員の紹介を終えると、その心中を見透かしたように、ミラベルが先回りして話し始める。


「フフ、あんたくらいなら握手でもすれば、大体の力量は読めるんだろ?あたしはさ、ギルマスの中じゃ珍しく事務方上がりなのさ。だから戦闘はてんでダメ。ま、こういう振る舞いは虚勢みたいなものと思っとくれ。ギルマスともあろうものが、荒くれ者共に舐められちゃ、お終いってもんだろ?」


「ギルドは男社会ですから、女性と言うだけで苦労してしまいますものね」


 アルに代わってセアラが優雅な笑みを浮かべて賛同の意をを示す。

 ミラベルの後ろに立つリネットの、『元からでしょう』と言わんばかりの呆れた表情には触れることない。


「へぇ、さすがSSランクの妻ってところかい、良く分かってるじゃないの。まあそれでもさ、あたしがギルマスになっても残ってくれてる奴らは、気の良い奴ばかりだから随分と助かってるけどね」


 同意を得られたことが嬉しかったのか、身を乗り出して饒舌に語るミラベル。


「『残ってくれてる』ということは、去った者もいる、ということですか?」


 セアラの抱いた疑問は正鵠を射ていたようで、ミラベルはふぅとため息をつくと、ドカッとソファに身をもたれかからせる。


「ギルマスになってからというもの、あたしはこのリネットと一緒になって、このギルドの改革を進めたのさ。まあ改革なんて言ったら大袈裟に聞こえるけれど、やったこと自体は全然大したことない、在るべき姿に戻したってだけの話さね。一部の冒険者は、それが気に入らなかったみたいで、ロサーナのギルドに固まりだしたんだ」


 大当たりとでも言いたげに、アルとセアラは顔を見合わせて頷く。


「でもでも、元の姿に戻すなんて、ギルマスならやって当たり前の事でしょ?そんなんで不満が出ちゃうもの?」


 冒険者としても活動しているシルが、『意味分かんない』と言わんばかりに小首を傾げる。


「はは、お嬢ちゃんの言うことも分かるよ。でもさ、一度ぬるま湯に浸かった奴って言うのは、それに慣れちまうのさ。そうなっちまうと抜け出すのは簡単じゃないんだよ」


「ふぅん……ぬるま湯ってどういうの?」


「そうさね……依頼料ってのは相場が決まってるってのは知ってるかい?」


「うん、よっぽど緊急性が有れば別だけど、どこのギルドにいっても同じだよね?」


「ああ、例えばモンスターであれば、『こいつだったら一匹でいくら』っていうのは決まってる。でも、ここのギルドじゃあ、相場よりも多い金が必要だったんだよ。所謂、袖の下ってやつさ。依頼を出す時、冒険者に完了報告を受けた時それぞれにな。それをしなくても依頼は出来るが……まあどういう扱いになるのかはお察しってところさ」


「……あなた方がそれを告発して、後釜に収まった、ということですか……それで前のギルマスは?」


「ああ、そいつがロサーナに行きやがったのさ。ギルドを追放されているから、表立って役職についているわけじゃないが、あそこのギルドは、今や奴の傀儡さね」


「……単刀直入に聞きますが、ロサーナのヘインズ子爵と、その元ギルマスが繋がっているという線はありますか?」


「さすがに話が早いじゃないか。決定的な証拠は掴めていないが、十中八九繋がっているね。先代が病に伏せって引退した時期と、奴がロサーナを拠点にしだした時期は一致してるんだよ。結託して町民から巻き上げた税の山分けでもしているんだろうさ」


「先代は亡くなった訳では無いんですか?」


「亡くなってはいないが、話すことも出来ない状態らしい。今後、回復の見込みも無いってことで、息子が爵位を継いだのさ」


「成程……偶然にしては出来すぎですね……ちなみに一連の出来事を、メイスン伯爵が裏で糸を引いている可能性は?」


「ないね。古くから知っているけれど、そういうことは許さないタイプの人間さ。あたしがギルマスを告発するのにも、密かに手を貸してくれたくらいだからね」


 基本的にギルドは独立組織のため、領主が干渉することはあまりない。逆に言えば、それだけ目に余る状況だったということ。


「そうですか………それで今後、有効な手立てはあるんですか?」


「……正直なところ……」


 話しながらミラベルがソファの後ろに視線をやると、リネットが首を振る。


「難しいね。引き続き調査をするものの……はっきり言って手詰まり感は否めない」


「それはやはり、明確な犯罪行為の証拠がないからですか?」


「そういうことさね。客観的に見れば、現状はちょっと粗暴な冒険者がいるってだけの話。依頼だってそれなりにはやってるから、なにか決定的な物が無いと無理なのさ。そしてそれを調べようにも、ギルドが完全に掌握されているんじゃ、なかなか手出し出来ないんだよ」


「あ、あの!」


 腕を組んで憮然とした表情のミラベルに、ケイが右手を胸に当てながら、立ち上がって声を上げる。


「なんだい、お嬢ちゃん?」


「ロサーナは私が四年暮らした町です。知り合いだってたくさんいますし、その人たちはみんな冒険者の行いに困っているんです。それらは積もり積もって、ギルドの信用を失墜させる行為のはずですよね?ですから一先ず調査依頼という形で、アルさんにお願いできませんか?みんな証言してくれるはずですから」


 しばし一同の間に沈黙が流れる。ケイがまずいことを言っただろうかと不安そうにしていると、シルがあっけらかんと言い放つ。


「町の人が困ってるなら助けてあげればいいじゃん?なんで迷うの?」


「……ふふふ……ああ、確かにお嬢ちゃんたちの言う通りさね。細かい証言を積み上げることが出来れば、それも立派な大義名分になりうる……住人であるお嬢ちゃんが手を貸してくれるんなら、奴らの目を盗んで動くことだって可能だろうさ。でもさ、はっきり言って、あんたが出張っていくような話じゃないだろう?」


 二人の言っていること、それ自体は筋が通っているものの、今回の件はSSランクを駆り出す事態とまでは到底言えない。ミラベルがアルに向けて、値踏みをするかのような眼差しを向ける。


「ええ、そうかもしれませんね。ですがギルドから依頼があった時の対応は、私に一任されていますから」


「……甘いのは顔だけじゃないってことかい」


「顔は知りませんが、性格が甘いのは否定はしませんよ。それに、娘とその友人の頼みですからね。父親としては無碍に出来ないでしょう?」


 ミラベルは再度足を組むと、不服そうにアルをギロリと睨みつける。


「……あたしはさ、善意とかそういったモノは仕事に持ち込まない主義なんだ。いっそ金のためにやるとか言ってくれた方がよっぽど信頼できるタチでね。タダより高いものはないって言うだろ?」


「同感ですね、ですから正式に依頼を出して、私と契約をして下さい。リネットさんは私が話を聞くと言ったことに対して、願ってもいないことだと仰られた。つまりミラベルさんにとって、私に依頼を出すということもやぶさかでは無いのでしょう?」


 アルが身を乗り出して、ミラベルを真っ直ぐに見つめると、彼女もまた視線を外すことなく身を乗り出す。


「もし契約しなかったら?」


「メイスン伯爵にお会いして、現状を伝えるくらいですね。それ以上は動きません」


「……動かないと言うよりも動けない、ってところかい?」


「ええ、今回のようなケースでは、私の立場上、私情だけで動くという訳にはいきませんから」


 言いたいことを言い切ったアルが背もたれに身を預けると、ミラベルは剣呑な雰囲気を引っ込めて、リネットと内々で何やら言葉を交わす。


「あぁ〜、そっかぁ、だから最初にギルドに来たんだ?」


 シルが成程と言うように、手の平をポンと叩くとケイもそれに首肯する。


「ふふ、最初に伯爵のところに行ったとしても、揉め事に冒険者やギルドが関わっている場合、アルさんは例え伯爵から協力を依頼されても動けないのよ。その辺りもSSランクになる時に、きつく言われているから」


 セアラの補足を受けて、二人は『ほえ〜』と呑気な声を漏らす。


「……ていうか何でシルは知らないの?」


「だってさぁ、SSランクの依頼ってパパが一人で行くものだから。私が知らなくてもおかしくないでしょ?」


「でもお父さんのことだし、シルだって冒険者じゃん。普通知ってて当然じゃない?」


「うぅ……え、Sランクになったら聞こうと思ってたんだもん!」


 シルがむくれて上目遣いで見つめると、ケイはやれやれといったように肩を竦める。


「はいはい、そうやって可愛い顔して誤魔化さないの。シルの悪い癖だよ?」


「ちょ、ちょっと、まだ会って二日目なんだよ?なんでそんな癖が分かっちゃうの?」


「そりゃあ私がシルのことを、よく見てるからに決まってるでしょ?」


「そっか……あ、ありがと……」


 やがてギルド側の話し合いが終わると、リネットが退出し、ミラベルは再びソファに腰を下ろす。


「まったく、女の子同士で何をイチャついているんだい……じゃあ済まないが、今回は甘えさせてもらうことにするよ。依頼内容はギルド主導の下、冒険者が犯罪行為に加担している証拠を押さえること。若しくはロサーナに於ける冒険者の振る舞いについて、証言を集めること。達成報酬は金貨十枚、期限は一週間以内、同行者も認める。それで良ければ、今リネットが依頼書を作っているから、サインをしてやってくれ」


「ええ、分かりました」


 ミラベルはアルから視線を外すと、シルとケイを見ながら頬を緩め、二人の頭を撫でる。


「……あたしは、ギルドの不祥事を冒険者に尻拭いをさせるなんてのは、恥だと思ってる。でもさ、そんなしょうもないプライドよりも、お嬢ちゃんたちが言ったように、町の人が困っているんなら、手段に拘ってる場合じゃないよな……いいかい?二人とも。ロサーナの冒険者共は、クズでどうしようも無いが、実力だけは確かなんだ。危険なことはせずに、無事に戻ってきておくれよ?」


「「はい!」」

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