第15話 SSランクのお仕事

 律儀に順番が来るまで待ち続け、何の問題もなく町へと入る手続きを終えた四人は、整備された石畳の上を歩いていく。さすがに領都というだけあって、町の規模は大きく、きちんとした都市計画に沿って開発されているという印象を受ける。当然の事ながら、往来には人が溢れているのだが、そこに亜人の姿はあまり見られなかった。


「それにしても……シルはそうしてると、ほんとに人間の娘にしかみえないねぇ。ていうか……なんだか余計に幼く……うん、まさにこれぞ金髪ロリ……」


 ケイが魔法で変装したシルをまじまじと見ながら、感心したような、それでいてからかうような声を上げる。二人の娘と言ってもおかしくないように、特徴的な銀髪と瞳はセアラと同じ色に、耳は人のそれに、そして尻尾はきれいさっぱりと消え去っていた。


「仕方ないじゃん……ここはあんまり亜人に寛容な国じゃないんだもん」


「まぁね、でもシルはどこに行っても、そのままでいると思ったからさ。学園でも変身の魔法を使わなかったでしょ?」


「だって同級生を三年間騙し続けるなんて嫌だもんね。それに情報収集が目的なら、変に警戒されない分、こっちの方が都合がいいでしょ?」


 ここアメリア王国もまた、『ソルエールの大戦』以降の世界的な流れに従い、表向きは亜人差別を無くす方向に向かっている。しかし、元々亜人を奴隷として扱い、売買などが盛んに行われてきた風土だったため、その差別意識は根深いものがあった。

 昨年、そんな国だと知りつつ旅行に行ったのは、シルがそういう国も、今のうちに一度この目で見ておきたいと言い出したからだった。


「いい?ここでは私をお姉ちゃんと呼ぶのよ?」


 ケイがシルの頭を撫でながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「え?私が姉でしょ?私の方が魔法上手いんだから当然じゃん」


「え〜?そんなの見た目で分からないでしょ?それにさぁ……シルだって分かってるんでしょ?無理があるって……ね?」


「はぁ〜?どこ見て言ってるのよ!?」


「そりゃあもう色んなところよ」


 騒々しい二人の会話を背に受けながら、アルとセアラは、まず最初に冒険者ギルドを目指す。


「何かしら、有力な情報が得られるといいんですけどね?」


「ここのギルドは、伯爵領を統括する立場にあるから、何も知らないということは無いと思うよ。それに、先にこっちに行っておかないと二度手間だから」


 四人がギルドに立ち入ると、冒険者たちから一斉に視線が注がれる。見慣れない一行で、四人のうち三人は女性。その上、戦闘や探索向きの装備を身に着けていないことから、明らかにこの場にそぐわない。注目を集めてしまうことも無理からぬ事だった。しかしながら、決してその視線は侮蔑を含むようなものでは無く、単純な興味であるとシルたちは感じていた。

 アルとセアラは一先ずそれらの視線を捨ておくと、目的の人物がいる窓口へと真っ直ぐに向かう。ギルドの制服は世界中で統一されているため、普段からギルドに出入りしているアルたちからすれば、責任者はひと目で分かる。


「すみません、こちらのギルマスと話をさせていただけませんか?」


「……ギルドマスターは多忙ですので、ご要件でしたら、私の方でお聞き致しますが?」


「……こちらを」


 一行を訝しげに見やる女性に対し、アルが無造作にポケットに突っ込まれていたギルドカードを取り出すと、声のトーンはそのままに女性の顔色が微かに変わる。


「……取り次ぎいたしますので、少々お待ち下さいませ」


「ご無理を言ってしまい申し訳ありません。よろしくお願いします」


 ややあって女性が戻ってくると、ギルド奥に設けられた応接室に通される。


「申し訳ありませんが、こちらでお待ち頂いてもよろしいでしょうか?少し手が離せない様子でして、終わり次第こちらに」


「ええ、お忙しい中、突然来てしまったのですからね、どうかお気になさらず。それよりも、何かトラブルでもあったのでしょうか?もしそうであれば教えていただいても?」


「……申し訳ありません。いかにSランクの冒険者の方でも、そればかりは……」


「ええ、ギルドの規定は重々承知致しております。ですが私はSランクではないんですよ」


「……と、いいますと?」


 アルが七色に輝くSランクのギルドカードに魔力を通し、施された偽装を解くと、記載されていたランクがSからSSへと変化する。


「こ!これは!?っと、し、失礼いたしました……しかし驚きましたね……世界でただ一人のSSランクにお目にかかることが出来るなんて……」


「まあそういう訳なんです。お話いただいても?」


「はい、私共と致しましても、願ってもありません。ギルマスを交えてお話させていただきます」


 女性が恭しく礼を執り応接室を出ていくと、ケイがおずおずと手を挙げながら、不思議そうな声を出す。


「あの、SSランクが凄いというのは分かるんですけど、あそこまで態度が変わるものなんですか?」


「それはね」


「SSランクになるとね、冒険者でありながら、ギルド寄りの立場になるんだよ。具体的にはね、ギルドで手に負えない問題の解決を手伝うようになるの。言ってみれば、ギルド専属トラブルシューターってこと。だからパパのところには、世界中のギルドから依頼が来たりするんだよ」


 アルの説明を遮って、シルがまるで自分の事のように、胸を張って自慢げに語る。


「へぇ〜、初めて知ったよ、そんなこと」


「アルさんのところに依頼が来る案件は、ギルドとしては表に出したくないことだからね。普通の人が知らないのは当たり前なのよ」


 セアラの言葉が示す意味を、ケイは読み解こうと思案する。


「……それって、例えば横領とか賄賂とか……そういった汚職の類ですか……?」


「ううん、そういうのは事務方の仕事だから、アルさんに依頼が来ることはないわ。良くあるのは、犯罪行為に及んだ冒険者、中でも上級冒険者の処分ね」


「しょ、処分って……まさか……殺しちゃうんですか!?」


 顔を青くしたケイが、怯えながらアルの方を見ると、セアラが慌てて否定する。


「いやいや、殺さないからね?ちゃんと拘束してギルドに引き渡すの。でも相手はもちろんその気で来るから、よっぽど実力差が無いと危ないのよ。そういう公に言えない事情があるから、アルさんのランクも表向きはSのまま。SSランクの存在はギルドの中であっても、ごく一部を除いて秘匿されているのよ」


「あぁ、だから最初に責任者の人に話を持ち掛けたんですね?」


 セアラの補足に、ケイが『ふんふん』と声を出しながら頷く。


「こちらとしてもその方が助かるんだよ。世界で唯一のSSランクなんて、公言したら目立ってしょうがないからね」


「確かに……世界に一人だけとなったら、アルさんが『世界の英雄』だと気付く人が出てくるかもしれませんよね」


「あのね!ちなみに私はAランクなんだよ!!」


 強引に話に割り込むと、金色に輝くギルドカードを見せ、キラキラと目を輝かせながらケイの反応を期待するシル。


「そっかぁ、すごいねぇ。よしよし」


 生温かい笑みと共に、シルの頭を撫でるケイ。予想とは違うその反応に、シルは憮然とした表情を見せる。


「もぅ、ちょっとは驚いてよ!?」


「いやぁ、シルはSランクじゃないんだなぁって思ってね」


「なっ、しょうがないじゃん!Sランクになるにはさ、どうしたって実績が必要になってくるんだもん。私はまだちょっとだけ時間が足りてないだけなんだもん!」


 むぅとむくれるシルに、ケイは苦笑いしながらポンポンと頭を軽く叩く。


「ごめんごめん、普通に考えたら、その歳でAランクは十分凄いんだけどね?でも何て言ったらいいのかなぁ……先に金貨十枚あげますって言われて、その後、追加で銀貨一枚あげますって言われた感じ?」


「ふ〜んだ、そりゃあSSランクに比べたらAランクなんて微妙かもしれないけどさ」


「もぉ〜、拗ねないの。ホントに可愛いんだからぁ。シルの凄さなんてよく知ってるって」


「そ、それならいいけどさぁ……」


 ケイに飾らない笑顔を向けられたシルが、顔を赤くして目を逸らすと同時に、応接室の扉が力強く開かれる。


「へぇ?SSランクって言うから、どれだけ厳ついのかと思ったら、随分と甘い顔した男じゃないの?」

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