第14話 耳はダメなんです

 四人はセアラの転移魔法によって、カリフの町が見える丘の上へと転移していた。さすがに町中に転移するのは、人目を避けられないという面と、手続きをすっ飛ばしてしまうので望ましくない。


「え?ええ?うわぁぁ、すごい!!本当に転移してる!?すごい!!ねえシル!すごい、すごいって!」


 興奮したケイは、シルに抱きついて己が感動を伝えようとするが、この衝撃を形容する言葉が見つからない。


「ちょっ、ケイ、ひゃあぁ!!」


 抱きついたまま発せられた音を纏った吐息が、無防備にさらけ出されているケット・シーの猫耳を襲撃する。堪らずシルの口から変な声が漏れ出るが、冷静を装ってケイをグイッと押し返す。


「……お、大袈裟だし、すごいしか言ってないじゃん……学園で師匠の部屋に行った時も転移したでしょ?」


「いやいや、あれとは感動が比べ物にならないって!だって一瞬でこんなに遠くまで来ちゃったんだよ!?すごいなぁ……あ、そういえば入試に転移魔法の問題があったけどさ、もしかして今のやつなの?」


「そうだよ。ああっ!!そういえばママって、どうやって転移魔法の行き先を指定してるの?魔法陣を構築している術式には、距離と方角を書き込むところがあったけど」


 シルは入試で抱いた転移魔法陣の疑問を思い出し、目を輝かせながらセアラに詰寄る。


「あ〜、そういえば師匠が入試に出したって言ってたね。私の場合だったら、一度会った精霊の位置が分かるのよ。なんて言うか、繋がりが出来るとでも言えばいいのかな?それで精霊って、その場から動いたりしないでしょ?だからその繋がりを辿って、場所を指定してるって感じね」


 とんでもないことを平然と言うセアラに、シルは落胆する。


「ええ……?そんなの……出来るわけないじゃん!?」


「ん〜、そう言われても……ちなみに今回はこの子を座標にしたのよ」


 セアラがふよふよと浮かぶ不定形の精霊を、よしよしと撫でる。シルには精霊が見えているものの、アルとケイには精霊が感知できないので、何も無いところを撫でているようにしか見えない。


「言ってることは分かるけど、だって精霊なんて数え切れないほどいるんだよ?その全部と繋がったら頭がおかしくなっちゃうよ」


 シルも同じように精霊を撫でてみるが、繋がりを確立するようなことは不可能だった。


「う〜ん、でも分かるから……」


「そっかぁ……やっぱりハイエルフじゃないと、長距離転移は無理なのかな……」


 もしや自分でもというアテが外れ、シルがガックリと肩を落とすと、セアラは事も無げに別のアプローチ方法を切り出す。


「あら、そんなことないんじゃない?町にある転移魔法陣と、同じ要領ならできるでしょ?」


「え?……あっそういうことか〜!要は転移元と、転移先の座標を固定しちゃえばいいんだね?そっか、そっかぁ……んん?ていうことは……逆に言っちゃえば、自分の場所が正確に分かる方法と、縮尺完璧な地図さえあれば私でも……?そしたらどこへでも行けちゃう?あぁ、でも行ったことない場所に行って、危ないことがあったらダメだし、そもそも転移先に物があったらどうなるんだろ……壁とかあったら埋もれちゃう?もしそうなら、おちおち転移できないなぁ……」


「……シル、気は済んだかい?もう行くよ?」


 やれやれと言った様子でアルが声を出すと、シルもやっとケイが呆気に取られた表情をしていることに気付く。


「え?あ、ごめん。ついつい……」


 魔法オタクっぷりをさらけ出したシルがもじもじしていると、ケイがそれを笑いとばす。


「ふふっ、あははは、シルってさ、本当に魔法が好きなんだね?」


 手を繋いで歩くアルとセアラの後ろで、二人は会話を続ける。


「うん、魔法ってさ、ほんっと〜に無限の可能性があるんだよ?ちょっと術式の構築を変えてあげれば、全然効果も違ってくるし。だからね、術式丸覚えなんて勉強の仕方は勿体ないんだよ。構築された術式の中身を理解してこそなの。キリがないけど、そこが面白いんだよね」


 満面の笑みを浮かべながら、大袈裟な身振り手振りで魔法の楽しさを伝えるシルに、ケイは目を細める。


「いいなぁ、シルは。そんなふうに夢中になれることがあって、羨ましいよ」


「どうして?ケイだって魔法は好きでしょ?」


「好きだけど……私の場合は身を立てる手段っていう方が、しっくりくるかなぁ」


「ああ、そっか……私ってホントに恵まれてるんだよね……」


 世間を見渡せば、ケイの考え方の方が一般的。シルのように、生活の糧としてでは無く、何も気にせず魔法を突き詰められる環境にいる者など珍しい。

 苦労している友人を前にして、相も変わらず呑気なことを言ってしまったと、シルが浅慮を恥じていると、ケイがシルの手を取りギュッと繋ぐ。


「でもね?私もすっごく恵まれてるよ?」


「……ケイも?」


「そ、こうしてシルと友達になって、アルさんとセアラさんと知り合えて、魔法まで教えて貰えるなんて贅沢でしょ?それに上手く行けば特待生にもなれるだけの才能を、お父様とお母様からもらえた。それにね……」


「それに?」


「シルと一緒に暮らせるんだよ〜」


 ケイがおどけるようにして、シルに抱きつく。

 全ては元気づけるための方便かもしれないが、それでもケイの言葉には優しさが溢れており、それがシルには心地いい。


「ふふふ、うん、ありがとね、ケイ……って、うわぁ!結構並んでるねぇ」


 学園と同じように十メートルほどの壁で囲まれた領都カリフ。その入口である巨大な門には、手続きのために長蛇の列が出来ていた。


「ああ、ちょうど朝の混む時間だもんねぇ、一時間はかかっちゃうかな。ねぇねぇ、アルさんとセアラさんなら、貴族みたいに並ばずにオッケーとかないの?」


「パパは一応SSクラスの冒険者だから、多分出来るよ。でもパパもママも待っている間に、会話できるのが楽しいって言うような人だから。そういえば乗合馬車に乗るなら、わざわざ町に入らなくてもいいんじゃないのかな?」


 シルの言う通り、乗合馬車に乗るだけであれば、町の外に発着場があるので入る必要は無い。するとそれを聞いていたアルが振り向く。


「ああ、説明しておけばよかったね。ここで予め情報を集めておきたいんだ」


「「情報?」」


「そう、ケイさんの話ではロサーナには、ガラの悪い冒険者が集まってきているんだろう?」


「はい、それが何か?」


「俺の予想が正しければ、町の領主と冒険者は繋がっていると思う」


「ええ?なんで?」


「……治安維持の名目で税を上げるため、ですか?」


 シルが考える素振りも見せずに、反射的に疑問を口にする一方で、ケイは自分なりの考えを示す。


「うん、ケイさんの言う通りよ。シルも魔法以外でも、もうちょっと考える癖をつけた方がいいわよ?」


「は〜い……」


 セアラに小言を言われると、反省を示すかのように、シルの耳がペタンと折れ曲がる。


「じゃあ話を戻すよ?冒険者は所詮流れ者だからどこに住もうが勝手だし、行動や言動が粗野なくらいではなかなか追い出せない。そして憲兵達が、町の人に威圧的な冒険者を抑えるところを見せておけば、治安維持の名目で税が上がっても反対意見は出にくい。まあ長期的に見れば、ケイさんがそうであるように、引っ越したり、生活が苦しくなって経済が回らなくなるから損失の方が大きくなるんだけどね。そんなことを考えるほど、頭の良い領主じゃなさそうだ。後はこの問題が、どこまで根深いものかを調べておきたくてね」


「それってどういう……」


 セアラがアルに変わって説明を続ける。


「この辺り一帯はメイスン伯爵領でしょ?当然ロサーナを所有しているのもメイスン伯爵、でも実質的に治めているのがヘインズ子爵。どちらが主体でやっているのかということよ。でもやっていることの規模の小ささと、去年訪れたこの町の雰囲気からすれば、恐らくはヘインズ子爵の独断でしょうけどね」


「確かにそうですが……でもどうやって確かめるんですか?」


「そんなの決まってるじゃん!メイスン伯爵に直接聞きに行けばいいんだよ!」


 胸を張ってシルが言うと、そのあまりにも突拍子のない言動に、ケイは呆れて言葉を失う。


「あ、あのね?私たち、メイスン伯爵とは顔見知りなのよ。去年この街であった騒ぎを解決したら、是非お礼をしたいということで、夕食会に招かれてね。だから昨日のうちに連絡をとって、会ってくださるというお返事も頂いてるの。それに今回の件が、万が一伯爵の指示だったとしても、私たちが調べていると分かれば、十分な牽制にもなるからね」


 セアラが娘のフォローをすると、ようやく得心がいったというようにケイが頷く。


「よかった……シルって常識がないのかと思っちゃったよ……」


「あ〜!ひっど〜い!」


 むくれて抗議の目を向けてくるシルに、ケイは怪訝な視線を返す。


「でもさぁ……シルはお二人がちゃんと約束を取り付けてるって、知らなかったんじゃないの?」


「う……それは……」


 あからさまにシルの目が泳ぐと、ケイが鬼の首を取ったかのように攻め立てる。


「ほら〜!分かってるの?いきなり行って貴族に会うなんて出来ないんだからね!?前日に連絡したって、そうそう会えるものじゃないんだよ?」


「し、知ってたもんね!そんなの当たり前じゃん!」


「さっき知らなかったって認めたじゃん!」


「認めてないも〜ん、『それは知ってるに決まってるじゃん』って、言おうとしただけだし」


「も〜、子供みたいなこと言って誤魔化さないの!」


「だってホントのことだもんね〜。これ以上言うならこうしてやる〜」


 シルがケイの脇腹をくすぐり出す。


「あははははっ!ちょっ、ちょっとダメ、あはははは!!ちょっ、ダメだって言ってるのに〜」


 アルとセアラは楽しそうにじゃれ合う娘が新鮮で、その様子を止めることなく眺めていると、ついにケイが反撃に出る。


「もぉ〜怒ったよ!」


 ケイはシルが動けないように、腕をホールドする形でガッチリと抱きつくと、身長差を活かしてシルの猫耳にふぅと息を吹きかける。


「はわわぁぁ、み、耳はダメだよぉ〜」


「ふふふふ、さっき反応していたのを、私が見逃しているとでも?どうやら猫獣人と弱点は一緒みたいね!ほらほらぁ、これがいいんでしょ〜?」


 顔を真っ赤にして身悶えるシルに、ケイは嗜虐心をそそられたのか、その行いはエスカレートする一方。ついには耳を舐めたり、甘噛みし始める。


「ふにゃあぁぁ〜、もうダメぇ……」


「あらあらシルったら、可愛い顔しちゃってぇ、もっとして欲しいのかしら?」


 目を潤ませ腰砕けの様相で、膝をつくシルと、完全に変なスイッチが入った様子のケイ。


「うにゃにゃにゃぁぁぁ……」


「さぁてと、次は念願の猫吸いかな……?」


 当人たちはふざけているだけ?なのだが、傍から見ると、うら若き乙女同士がいかがわしいことをしているようにしか見えない。


「あ、あの、ケイさん?それくらいにしてあげて?周りの目がちょっと……」


 セアラの仲裁で我に返ったシルとケイが周りを見回すと、列に並んでいるアルを含めた男連中は、顔を赤くしながら視線を逸らすのだった。




※しょうもない呟き


ケット・シー(猫の妖精)なだけあって……ね……

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