アメリア王国編
第13話 ドロシーからの課題とふたつの決意
オーベロンとの邂逅を終えたシルは、しばし放心状態のまま宿の天井を見上げていると、視線を感じてそちらに意識を向ける。その先には、何やら面白いものを見たというように、ニヤニヤとしている両親。
「おはよう、シル。随分と忙しそうな夢だったみたいだね」
「ふふ、おはよう。最初は何だか怒ってるなぁと思ったら、たちまち泣きそうになって、最後はちょっと顔を赤くして微笑んで。とっても楽しそうだったわよ。好きな人にでも会えたのかしら?」
「え?そうなのか、シル?誰なんだ?俺が知ってるやつか?」
からかうようなセアラの言葉に、アルが真っ先に反応して慌てる。
「ち、違うって、そんな人いないよ!ええっと、だからそんなんじゃなくって……ああ、もう!なんでもいいでしょ!!」
シルには、オーベロンが自身にとって、どのような存在であるのかを説明する術がない。例えそれを持っていたとしても、言っていいものかどうかも分からず、結局そのままそっぽを向く。
(パパとママはいつも通り……でもオーベロンが嘘をついてるとは思えないし、変調ってなんなんだろ……二人は何か知ってるのかな……?)
チェックアウトを終えたシルたちは、ソルエールの待ち合わせ場所の定番、広大な学園前広場に飾られた、ドラゴンの牙へと向かう。もちろん目的はケイと落ち合う為。ちなみにこのドラゴンの牙は『ソルエールの大戦』でアルが討伐した個体の物で、観光名所にもなっている。
シルが早く早くと急かすので、少し待ち合わせ時間よりも早めに着くが、すでにそわそわしながらケイが待っていた。
「おっはよ〜!!」
シルが気さくに声をかけると、ケイが緊張した面持ちで、昨日の失態を謝罪する。
「お、おはようございます!昨日はお見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした!本日はよろしくお願い致します!」
「おはよう。そんなこと気にする必要は無いよ。それよりも、シルが驚かせてすまなかったね」
「おはよう、ケイさん。シルったら熱くなると、すぐ周りが見えなくなるから、これからも気をつけてやってね?」
「は、はい」
「むぅ〜……」
アルとセアラが笑いながら答えると、ガチガチに強ばっていたケイの表情は解れ、一方のシルは不満げに頬を膨らませる。
結局、昨日は混乱するケイから、何とか宿の名前を聞き出すと、アルが背負って部屋まで送っていた。
「それじゃあ早速、転移魔法を使うけれど、人目につくのは良くないから、学園の中でね」
「はい、お願いします」
中央広場から学園は距離にして三百メートルほど。それほどに、ごく短い距離だというのに、相変わらず手を繋いで歩くアルとセアラ。シルとケイはそれを眺めながら、並んでついていく。
「本当に仲が良いねぇ、あんな夫婦憧れちゃうなぁ〜」
「でも、い〜っつもあれだよ?いくらなんでも良すぎだって……ちょっと恥ずかしいよ……」
本音を言えば憧れているシルではあるが、友達の前とあっては別。バレバレの思春期らしいその反応に、ケイはケラケラと笑う。
四人は人気のない学園へと入っていく。今日も学園は休みだったので、ドロシーに自由に入って構わないと言われていた。
「ああ、来た来た。四人ともおはよう!」
「「「おはようございます」」」
「おはようございます、先生。わざわざ見送りなんて、随分とお暇なんですね?」
秘書のエルシーを伴って現れたドロシーに対し、口調は柔らかく、それでいて面倒くさそうな態度を見せるアル。
「ちょっと?朝からご挨拶じゃないの。実はシルとケイにちょっと話があってね」
「「私たちに?」」
二人の声がピッタリと重なり、同じように首を傾げる。
「そ、まずは試験の結果を伝えとこうと思ってね。二人とも合格だから」
「「やったぁ~!!」」
いつもであれば大仰な発表の仕方をしそうなドロシーだが、何のひねりも加えずにさらっと発表する。アルとセアラは怪訝な目を向けるが、当の二人は声を揃えて、抱き合いながら飛び跳ねる。
「はいはい、喜ぶのはそこまでにしておいて。それでここからが本題。シルは文句なしなんだけど、ケイ、あなたも場合によっては、特待生扱いっていうことにしてあげてもいいわよ」
「え?と、特待生っていうことは学費は
ケイが鼻息荒くドロシーに詰寄ると、エルシーがさっと進み出て、それを制する。平民に身をやつしているケイは、いざという時の為に持ち出したお金はあるものの、なるべくそれに頼らずに生きていくつもりでいる。その為、学費無料の特待生は、彼女にとっては願ってもない待遇であり、最初からそれを狙っていた。
「ほら落ち着きなさいって。それでこちらが求める条件は二つよ」
ドロシーがエルシーを下がらせると、左手を腰に当て、右手で二を表す為にピースサインを作る。
誰も殊更に指摘することはしなかったが、シルと大して変わらない体型のドロシーが、そのようなポーズをすると、もはや子供にしか見えない。そんな彼女を見ながら、いつも無表情なエルシーが密かに頬を緩める。
「一つは入学までに精霊魔法を習得すること。もう一つはシルと一緒に特別クラスに入ることよ」
「精霊魔法?」「特別クラス?」
ケイとシルが、それぞれ疑問を口にして首を傾げる。
「師匠、精霊魔法って言っても、ケイさんは普通の人ですよ?頑張って使えるものじゃないと思いますけど……」
セアラが当然の疑問を口にする。精霊魔法とは、詠唱をすることにより、地上に存在している精霊の力を借りて行使する魔法であり、妖精族だけの特権。人族はもちろん、魔族と神族の混血という、アルであっても使うことは出来ない。
「適性検査の結果からして、恐らくケイは妖精族の血を引いているよ。だからセアラとリタさんで教えてあげて欲しいの」
「でも……そんな話、今まで聞いたことないですけど……」
ケイからすればドロシーの話は寝耳に水。困惑の色を隠せない。
「調べさせてもらったけれど、ケイはエリアナの出身なんでしょ?代表にも聞いたんだけど、数は少なくても、伝統的に妖精族が暮らしていた国だったから、ありえない話じゃないって。恐らくは、ご両親も知らないほど、遠い祖先になるんじゃないかしら?血が薄まれば、魔力量、寿命の長さ、形質に与える影響も小さくなるしね。でもセアラがそうであるように、妖精族っていうのは稀に先祖返りすることがあるの。ケイの場合は、外見は人族そのものだから、魔力量だけが先祖返りした形なんじゃないかしらね」
ドロシーの言う代表とは、ソルエールのトップであり、彼女の母親クラウディア。セアラの母親、リタの古くからの親友でもある。
「……確かに、両親は生活魔法を少し使うくらいだったので、どうして私がここまで魔法を使えるのか、不思議そうにしてました……」
「まあ、これはあくまでも可能性の高い推測だから、もしかしたら違うかもしれないけどね。それでも試してみて損はないでしょ?それでメインは二つ目の特別クラスよ」
「何ですかその特別クラスって?」
シルが手を挙げて質問をする。
「来年度から作る予定のクラスよ。身分差を全く考慮せずに、実力上位の者だけで構成するの。もちろん担任はルシアさんよ」
「先生、学園は身分関係無いんじゃないんですか?」
「私たちはそう謳っているけどね、なかなか現実はそうはいかないのよ。実態として、平民や下級貴族が、王族や上級貴族と一緒になることはないわ。結局、生徒自身が萎縮しちゃうし、学園に寄付をしてくる貴族も、平民なんかと一緒にしてくれるなとか口を出してくるしで、だ〜れも幸せにならないのよ。金は出すけど口は出さないなんていう、高潔なお貴族様は珍しいのよ」
「成程、難しいものですね。でも先生なら無茶苦茶やりそうですけど」
「あのねぇ、私をなんだと思ってるのよ?」
アルの的確な一言にドロシーが憤慨するが、誰も擁護をしない。秘書のエルシーですら、すまし顔で静観の構え。
「くっ、あなたたちねぇ……ま、まあ、確かに無茶苦茶やることはできるわ。でもね、私のエゴで無理やり改革を進めて、それで生徒が虐められたりでもしたら、目も当てられないでしょう?いくら私だって学園の外だったり、卒業後に何かされたら、どうにもできないんだから」
「確かに……相変わらず教育に関してだけは、考えているんですね」
「……今日はやけに突っかかってくるわね?ケンカを売っているのかしら?」
ドロシーの言葉に、アルの放つ雰囲気が一変する。戦場におけるアルを知らないケイは、思わず後ずさり、エルシーはドロシーを庇うように進み出る。
「ええ、そう捉えてもらっても構いません……はっきり言わせてもらいますがね、俺は先生がシルを利用しようとしているのが気に入らないんですよ。今まで通りのクラスでもいいじゃないですか。ルシアさんが先生なら問題ないでしょう?」
隠そうともしないアルの強大な魔力を、ドロシーはいなすことなく正面から受け止め、やれやれと肩を竦める。
「アルも相変わらず過保護だね。でもそうね、私がシルを利用しようとしているっていうのは認めるわ。だけどシルにだって利点が無いわけじゃ無いのよ?」
「私にとっての利点?」
「聖女の力は心の在り方に左右される。学園に在籍する三年間、ぬるい環境で、のほほんと学園生活を送るのも楽しいかもしれないけど、本当にそれはシルの成長につながるのかしら?シル、あなたはどう思ってるの?」
「…………私は……私は力を取り戻したい。何があっても後悔しないように、もう一度、守りたいものを守れる力が欲しいです」
「だそうだけど?」
「…………分かりました、でも忘れないでください」
「分かっているわよ。弟子に課題だけ与えて突き放すなんて、そんな教える能力のない
沈黙を携えて、アルとドロシーの鋭い視線がしばし交錯する。
そしてアルは深々と頭を下げる。
「……はい、すみません。シルを……お願いします」
「パパ……」
「ええ……もちろんよ。じゃあ話を進めるけれど、今回の入試の結果からすれば、そのクラスの平民はシルだけになっちゃうの。だからセアラとリタさんで、ケイに特別クラスでやっていけるだけの実力をつけてやって欲しいのよ。その一環が精霊魔法の習得ってこと。精霊魔法を使えるだけの力量が備われば、特別クラスでも十分にやれるはずよ」
この世界の貴族は、総じて魔法に適性を持つものが多い。逆に言えば、それを持つからこそ、戦争で功績を挙げて貴族になっている。
ケイも確かに類稀なる才能を有しているが、現段階では貴族に混じるとせいぜい中の上から上の下。才能を持ちながら、十分な教育を施されている貴族には、どうしても遅れを取る。
「ということは、結局一つ目をクリアしない限りは、二つ目は不可能ということになるんですね……」
突きつけられた、思った以上に困難な道のりに、ケイが表情を固くする。
「そうね、ケイが精霊魔法を習得できなかったら、特別クラスの設置は見送る方針よ。まあ平民でその才能だから、多少の学費の免除はしてあげられるけど、
「ケイ、どうするの?」
シルの言葉を受けたケイは、高々と右こぶしを突き上げる。
「やるわ!昨日から色々と頭の整理が追いつかないけど、学費タダに勝るものナシよ!」
「うん、そっか、じゃあ私も協力するよ」
「それにね!シルと一緒に、学園を変えられるように頑張ってみたい。そうしたら、お父様とお母様に誇れる自分になれる気がするの!成長した私を見てもらうことは出来ないけど、私は大丈夫だって、胸を張って言えるようになりたい」
突き上げた右こぶしをシルの前に差し出し、真っ直ぐな瞳を自分に向けてくるケイ。
(そうだよね……ケイにはもう、ご両親はいないんだよね……)
両親が誇りに思う自分になりたいというシルの決意、両親に誇れる自分になりたいというケイの決意。そのふたつの決意の間には、決して上下関係などはない。
それでもシルにはケイが眩しく見える。尊敬できる人だと、自分よりも強い人だと思えていた。もしもアルとセアラを失ったとして、彼女と同じ決意をする自分など想像出来ない。
(私……まだまだ弱いよ……もっと……もっともっと強くなりたいよ……パパを助けたいよ……)
そしてシルは
シルは自分の小さな右手を見下ろすと、こぶしを握り、ケイのそれにこつんと合わせる。
「一緒に頑張ろう!」
飾らない本心からの言葉。それはケイに向けたものでもあり、自らを鼓舞するための言葉。
「うん、一緒にね!!」
そしてシルはアルたちと共にドロシーたちに見送られ、希望を胸に、アメリア王国のカリフ、そしてロサーナへと旅立つ。
そこでシルは思い知らされる。アルの身に起こっている変調と、オーベロンが茨の道と称したその意味を。
※本編に関係の無い、どうでもいい補足
アルは『ソルエールの大戦』で討伐したドラゴンは、殆どソルエールに寄贈しています。その素材を売った資金を使って、街は復興しました。
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