第11話 とっても素敵なアイデア
シルとケイは、温かい室内へと入ることなく、ベランダで肩を寄せ合いながらとりとめのない話を続ける。それでも、不思議と寒さを感じるようなことは無かった。
二人とも本が好きという共通の趣味があったので、当然のように読書談義に花が咲いた。二人の読むジャンルは幅広く、年頃の女の子らしく話題の恋愛小説から始まり、果ては魔法学園の受験生らしく最新の魔法理論が書かれた本まで、話題が尽きることは無かった。
やがて日が傾き始め、そろそろケイが宿に戻ろうかという時、シルが名残惜しそうにため息をつく。
「あ~あ、楽しい時間が過ぎるって早いよねぇ……そういえばケイは今どこに住んでるの?」
「アメリア王国よ。さっき話してた侍女と二人暮らしね」
「えっと……ここから西の方だっけ?去年、家族旅行で行ったよ」
「あ、そうなんだ?でもね、近いうちに引っ越そうかって話になってるの」
「え?どうして?」
「今、暮らしてる町は、すごくいい所だったんだけど、少し前に領主が代替わりしたのよ。そうしたら、なんかガラの悪い冒険者が幅をきかせるようになって、若い女が二人で暮らしていくには、治安が悪くなってきちゃったの。おまけに治安維持の名目で、税も上がったせいで景気も段々と悪くなって、もう仕事を探すのも一苦労って感じ」
ケイの話では、真偽のほどは定かではないものの、領主のところで働いている若い女性は、借金のカタに取られた娘だという噂まで流れているとのこと。
「うわぁ……なんかそれって気持ち悪い……」
「でしょ?私もあんまり憶測で言いたくはないんだけどね。領主のところで働いている娘たちって、代替わりしてから働き始めた娘ばっかりなのよ。それも決まってキレイどころばっかりだから、どうしても、ね。とりあえず私たちは、ちゃんと働いて、贅沢しなければ大丈夫くらいの蓄えはあるんだけど……もし私が学園に合格できたなら、ミリィを、あ、侍女のことね。彼女をそんなとこに一人にするのもなぁって」
いくら元々が雇用主と侍女とは言え、既に平民のケイにとって、ミリィはもはや家族に等しい。大切な家族の身を案じ、頭を悩ませる友人を見ながら、シルはどうにか出来ないかと思索にふけると、それほど時間もかからずに妙案を思いつく。
「じゃあうちにおいでよ!ちゃんと働いてくれる住民は大歓迎だよ!」
「え?うちって……」
「パパとママはね、大戦の褒賞で無国籍地帯だったところを貰ってるの。それに、私が家を出ることになれば、働ける人が欲しいはずだから、二人とも反対しないと思うよ」
アルの所有する土地には、既にそれなりの数の住人がおり、小さな村のようになっている。そこに住むものたちは、差別を受けてきた者や、貧しい土地で暮らしが立ち行かなくなった者など様々。皆一様にアルとセアラを慕い、領主のように扱うが、二人は税を取ったりということはしていない。
そんな家でのシルの仕事は、家事の手伝い、家庭菜園の手入れ、家畜の世話。普段は町に働きに出ていることもあり、どれもメインで担当している訳では無いのだが、それなりに忙しくしていた。そのため、ミリィを雇うことは、アルたちにも確実なメリットが存在する。
思いもよらぬ申し出に、ケイはぱあっと顔を明るくさせると、シルに抱きつき、ぎゅっと力を込める。
「それって、とっても素敵なアイデアね!シルとずっと一緒に居られるってことじゃないの!」
自分が恥ずかしくて言えなかったことを、何の躊躇も捻りもなく表現するケイに、シルは思わず顔を赤らめる。
「う、うん。私も……その……ケイと一緒に暮らせたら楽しいと思って」
「うん!絶対楽しいよ!一緒に寝ようね!」
「え?そ、その前にパパとママに許可を取ろ?」
(えええ~?友達って一緒に寝るのが普通なのかな……?も、もしかしてお風呂とかも、一緒に入ったりしちゃうの?で、でもそうしたら……)
シルは思わず良好な発育をしているケイと、不良な自分の体を見比べてしまい、赤面して懊悩する。
「シル大丈夫?」
友人のただならぬ様子に、ケイが怪訝な目を向けると、シルは何とか取り繕う。
「だだだ、大丈夫だよ!」
「そう?じゃあ中に入りましょ、さすがに冷えちゃったわ」
涼しい顔をして室内に入っていくケイに、シルは釈然としない気持ちを抱くが、よくよく考えてみると、ただの自分の暴走な気もしてくる。
「ほらぁ、シルも早くおいでよ〜!」
深呼吸をして、どうにか感情を処理し、顔の火照りを抑えたシルは、静々とケイに付き従う。
「そろそろケイさんは、帰らないといけない時間かしら?」
「はい、シルさんと色々お話しできて楽しかったです。それで先程、少し話に出たんですが……」
セアラの問いかけに、ケイはそこまで言うと、シルに目配せしてバトンタッチする。後を受けたシルは、簡単にケイの今までのことを説明する。
「それでね、ケイとミリィさん、うちで暮らしちゃダメかな?ほら、私も学園に入ったら家を出るでしょ?だから働ける人がいたらなぁって……」
シルがおずおずと尋ねると、アルとセアラは顔を見合わせて頷き合う。
「うちは来る者拒まずだから、別に構わないよ。土地もあるから、家を建てたいのであれば手伝うし」
「あ、ありがとうございます!早速、家に戻ったらミリィに話をしてみます!」
「ケイ、よかったね!」
「うん、ありがとう、シル!」
ハイタッチをして喜び合う二人の様子を、アルたちは微笑ましく眺める。
「ところで今日はソルエールに泊まって、明日帰る予定なんだよね?」
「あ、はい。そうですが」
「町の名前は?」
「ロサーナです」
ケイから町名を聞くや否や、アルとセアラは立ち上がって、壁に貼られた世界地図の前に立つ。
「セアラ、分かる?」
「ええっと、ここですね。このあたりでしたら……ああ、カリフなら去年の旅行で行きましたね。大丈夫ですよ」
弾むセアラの声色に、アルは満足そうに頷くと、ケイに向き直る。
「よし、ケイさん。明日は俺たちも一緒に行くよ。どうやら転移魔法を使えば、すぐに行けるみたいだし、ミリィさんにも会っておきたいからね」
「ええ?で、でも私、転移魔法陣を使うようなお金はないですよ?ですから、乗合馬車で何日も行くことになりますけど……」
アルの申し出に対して、申し訳なさそうに身を縮めるケイに、セアラはにっこりと微笑む。
「心配いりませんよ、私が近くの町まで転移魔法を使いますから、お金はかかりません。そこからなら乗合馬車ですぐでしょう?」
「え?それってどういう……セアラさんが転移魔法を……使う?」
頭上にクエスチョンマークを大量に出しているケイを見兼ねて、シルがすかさず解説を挟む。
「あ、ケイ。ママはねハイエルフなんだよ。それでハイエルフじゃないと転移魔法は使えないの」
「ハ、ハイエルフ?それって確か……エルフの始祖ってことでしょ?そ、そんなのこの時代にいるわけない……よね?そもそもセアラさんは人間じゃない……の?」
良かれと思ってした解説が、ケイの困惑をより一層深める。
「えっとね、ママは元々人間とエルフの混血で、ハーフエルフなんだよ。それで、妖精族って、ごく稀に先祖返りするんだって。ちなみにハイエルフは今は二人しかいなくて、その二人がママとルシアさんなの」
ケイの困惑など意に介さずに、尚も畳み掛けるシル。そして紹介を受けたハイエルフの一人、ルシアがケイに向かってひらひらと手を振る。
「は、はあ……ちょっと待って……頭から煙が出そうなんだけど……」
ケイの呟きは、『両親を自慢したい欲』に火がついたシルには届かない。ふふんと鼻を鳴らし、腕を組んで、尚も得意げに続ける。
「ついでに言っちゃうとね、パパのパパは今の魔王で、ママはディオネっていう町にいる女神様なんだよ!ビックリだよね!!」
「シル、ちょっと……」
「あれ?言っちゃダメだった?」
「いや、そうじゃなくて……」
呆れ顔のアルが指差す方にシルが視線を動かすと、ケイが虚空に視線をさまよわせながら、へたりこんでいる。
「まおう……?めがみ……?はい……えるふ?あはは……」
「あわわ、ごめ〜ん!!ケイ、しっかりして!」
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