第9話 物語の主人公

 一度たりともエドワードを振り返ることなく、人混みをかき分けながら、シルはケイを引き連れて再び校舎へと入っていく。


「シ、シル、せっかく助けていただいたのに、良かったのかな?」


「もうお礼は言ったでしょ?それに……私あいつ嫌い。嫌いな奴と話をしても、嫌な気分になるだけだし」


「そんなに嫌な人かな……?それに相手は王族だよ?」


「いいの。そんなの私に関係ないもん。私の国じゃないんだし」


 バッサリと斬って捨てるシルに、ケイは困惑する。いくら国が違い、学園内では身分差は関係ないと言っても、平民が王族に対して取るような態度ではない。

 歩みを止めることなく、なおもシルは続ける。


「別に貴族や王族はみんな嫌いってわけじゃないよ?実際に良くしてくれる人も知ってるしね。でも少なくともあいつからは、そういう空気は感じない。もうあんな奴の話はいいでしょ?」


「う、うん」


 いいように情報を引き出された苛立ちから、早々に話を切り上げ、足早に進むシル。

 ケイはエドワードとのやり取りが原因だろうとは思いつつも、問い詰めることなくついて行く。

 やがて二人は学園中央の尖塔の一階にたどり着く。


「今からここの最上階に行くよ」


「そうなんだ……って、ねえ、シル。階段あっちだよ?どこ行くの?」


 シルは階段と反対方向にある部屋に向かっていくと、ケイもその行動の真意がよく分からないままついて行く。


「ああ、階段を登っても、学園長のところには、行けないようになってるみたいなの。だからこれを使うんだよ」


「魔法陣……?これを使うって、一体何の魔法なの?」


「何のって、転移魔法だよ。移動するなら当然でしょ?」


「それは、そうだけど……何だかシルのご両親に会うのが怖くなってきたわ……」


 大して珍しくもないと言わんばかりのシルに、ケイは頭を押さえて嘆息する。


「大丈夫だよ、二人とも優しいから」


「……ああ、うん、そっか」


(そういう意味じゃないんだけどな……)


 二人が魔法陣の上に乗ると、シルは魔力を注いでそれを発動させる。すると一瞬にして眼前の景色が変化し、学園長の私室へと繋がる扉が姿を現す。


「え?ええ?ほ、本当に転移した……」


 辺りをキョロキョロと見回すケイを見て、シルは苦笑する。


「当たり前じゃん、転移魔法陣なんだから。もしかして初めてなの?」


「あのね、転移魔法なんてそうそう使うものじゃないのよ?私はソルエールに来るときだって、乗合馬車を使ってきたもの」


 地上世界と魔族との交流が深まったことにより、転移魔法も飛躍的に発展している。魔族によって作られた新たな魔法陣は、魔力の変換効率の向上と安定化をもたらし、転移可能な距離が今までの倍以上になっていた。

 しかし、既存の転移魔法を管理している者たちの仕事を、一気に奪う訳にもいかず、相変わらず使用には一人あたり銀貨五枚が必要となる。それ故に、平民が使うにはまだ少し敷居が高い。


「そうだったんだ。とりあえず行こうよ、みんな待ってるから」


「ちょ、ちょっと待って。深呼吸させて?」


「えぇ〜、早く行こうよ」


 急かすシルを黙殺して、ケイは大きく深呼吸を何度か繰り返す。

 先程、少し話をしたとはいえ、ケイからすれば、学園長のドロシーも雲の上のような存在。そんな彼女の部屋に招待されているシルの両親も、どう考えても普通の人ではない。心の準備が必要なのも無理からぬこと。


「もういい?いいよね?じゃあ行こう!」


「あ、ちょっ!」


 せめて扉は自分のタイミングで開けさせて欲しいと言おうとしたが、逸るシルによって、既にそれは開かれていた。

 その扉の奥、ソファから立ち上がり、二人を迎え入れるアルとセアラと目が合うと、ケイは思わずカーテシーをする。


「は、初めまして。ケイ・ウィンバリーと申します。」


「はは、ご丁寧にどうも。初めまして、シルの父親のアル・フォーレスタです」


「初めまして、シルの母親のセアラ・フォーレスタです。平民のだって聞いていたけれど、随分と綺麗なカーテシーね?でもそんな風に畏まらなくても大丈夫よ?」


 元王女であるセアラが褒めるほど、ケイの堂に入ったカーテシー。シルも思わず見とれてしまっていたが、セアラの言葉で我に返る。


「そ、そうだよ!パパもママも貴族でもないんだから、そんなことしなくていいんだよ」


「あ、そ、そうだよね」


 ケイは二人の指摘により、自分の行動が場違いであることを自覚して、恥ずかしそうに頬をかく。しかし、思わずそうしてしまうような佇まいを二人、特にセアラからは感じとっていた。


「えと……そのご両親は……」


「ああ、ケット・シーではないよ。シルは養女だからね」


 思わず口をついて出かけたケイの不躾な質問を先読みして、アルはにこやかに答える。血が繋がっていないであろうことは、一目瞭然であり、当然抱くであろう疑問。わざわざ不快になるほどのことでもない。


「あ……すみません。初対面でこんなこと……」


「ふふ、気にしなくていいのよ。今日は私たちのことをお話するために来てもらったんだし、何よりケイさんは、シルの初めてのお友達だからね。私達も会えて嬉しいのよ」


「ちょっと、ママ!もう!恥ずかしいこと言わないでよ……」


 シルが顔を赤くして抗議すると、笑いが起こり、場が和やかな空気に包まれる。


「こちらこそお会いできて嬉しいです!あ、あの!ええっと……う〜、なんて言ったらいいんだろ……」


「ああ、アルとセアラが何者かってことでしょ?」


 どう切り出したものかと思案するケイに、ドロシーが助け舟を出す。


「……はい、不躾ついでですみません」


 ドロシーは執務用の机の引き出しを開けると、一冊の本を取り出す。


「この本を知ってるかい?」


「あ、はい。『英雄回帰』ですよね。一度は世界中から疎まれた元勇者が、再び世界を救う為に立ち上がり英雄になる。私も大好きなお話ですし、世界中で人気になりましたよね」


 話の繋がりは全く見えないが、何度も読み返した本の話とあって、ケイは嬉しげに語る。


「そうそう、それなら話は早い。これの主人公とヒロインのモデルがこの二人だよ」


「……は?…………え?モデ、ル……?ええぇぇぇぇーーーーーー!!!!!」


 ケイが驚きの絶叫をする傍らで、アルは深いため息をついてドロシーを咎める。


「先生……なんで先生が言うんですか?」


「え?だって元から言うつもりだったんでしょ?」


「そういう問題じゃないですって、ここはシルに言わせてあげるところでしょうに……」


「結果は同じなんだから、別にいいでしょ?」


「はぁ、そういうところだと思いますよ」


「は?何がそういうところなのよ?」


「いえ、別に」


「ちょっとセアラ、シル。何とか言ってやってよ」


 心底不満そうなドロシーが、弟子に助けを求めると、二人は顔を見合わせて声を揃える。


「「そういうところだと思います」」

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