第7話 目指すカタチ

※シル視点の話です


 最終の魔力測定の会場へと向かうケイを、私は呆然と見送る。


「あの娘はなかなか見所がある。実技の結果だけなら間違いなく合格だね。きっと春になったらまた会えるさ」


「……そうですか」


「何か言い残したことがあるのかい?」


「……いえ、大丈夫……です」


「そ、じゃあ行こうか」


「……はい」


 友達ってなんだろう?ケイはこんな私を、最後まで友達だって言ってくれた。すごくすごく嬉しかった。不思議と心が温かくなるのを感じた。それで……最後は胸がキュってなった。


 私はどうしたらよかったの?


 ケイに全部言った方が良かったの?


 でも私とケイは、今日初めて会ったばっかりだよ?どこから来たのかも知らないんだよ?それに平民があんなに魔法が上手なんて、やっぱりおかしいでしょ?もしかしたら、パパとママを手に入れたがっている国の間者だったり?そうじゃなくても、二人の話をしたら、色んなところで言いふらすかもしれないんだよ?いい人だとは思うけど、その可能性はゼロじゃないでしょ?


 違う……ケイはそんな人じゃないよ。私が今考えているのは、全部、ていのいい言い訳でしかないんだよね。ケイにパパとママのことを教えなかった言い訳を探してるだけ。さっきの私の行動を、無理やり正当化しようとしているだけ。


 私は本当は言いたいんだよ。ケイだけじゃない、世界中のみんなに知って欲しい。私のパパとママはすごい人なんだよって。世界を救った英雄なんだよって。だけど……二人がそれを望んでいないのも、これが私のワガママだっていうのも分かってる。


 それでも私は言いたいの。シル・フォーレスタが、みんなからすごいって言ってもらえるのは、聖女だからじゃないんだよって。

 私はみんなに言って欲しいの。さすがアル・フォーレスタと、セアラ・フォーレスタの娘だねって。


 パパとママの娘であることを示す、フォーレスタの家名は私の誇り。この家名を名乗れるようになった時は、二人の娘であることの証明みたいで、本当に嬉しかった。


 私はパパとママのことが大好き。二人みたいになれたらいいなって思ってる。だって二人は私の憧れだもん。憧れの人みたいになりたいのは普通でしょ?


 もし……パパとママが私と同じ立場だったらどうするんだろう?二人が望んでないって分かってるのに、勝手に二人のことを話しちゃう。そんなのは、きっと二人みたいな生き方じゃない、と思う……


 色んな思いが頭の中をぐるぐるするばっかりで、全然考えがまとまらない。

 悩み続ける私をよそに、相も変わらず広い学園の廊下を、師匠とカーラ先生、一歩遅れて私とエルシーさんが並んで進んでいく。例によって訳の分からない絵や彫刻、美術品が所々に並んでいるけれど、私の心には何も響かない。

 ケイが見せた寂しさを含んだ笑顔は、あんなにも私の心をざわつかせたのに。


「それにしても水で刃を作るとはね、面白い発想だ。今年の首席は文句なしで決まりかな」


「本当ですね、私も水魔法にあんな可能性があるなんて初めて知りましたよ。今までは魔法での斬撃なんて、風魔法が当たり前でしたもんね。シルさんは凄いですよ」


 すぐ近くで会話しているはずの師匠とカーラ先生の言葉が、やけに遠くに感じる。あれはパパの考えた魔法、だから凄いのはパパなんだよ。


「あの……エルシーさん」


「なに?」


「エルシーさんは師匠のお友達ですよね?」


「昔はそう。今は秘書」


「……友達ってなんですか?どういう人のことを言うんでしょうか?」


「色々ある。一緒にいて楽しい。居心地がいい。あとケンカも出来る」


「ケンカも?」


「そう。間違ってると思ったら、ケンカしてでも止める。それが出来るのが友達。どうでもいいって思うなら違う」


「それって、言いたいことを言える仲ってこと、ですか?」


「そう。でもなんでも言っていい訳じゃない。相手を傷つけること、信頼が崩れることは言っちゃダメ」


「信頼……」


「それがないなら上辺だけ。中にはそういう友達もいるかも。だけど今聞きたいのはそういう話じゃない。でしょ?」


「そう、ですね」


「覚えておくといい。友達は大事。どういう人と友達になるか。それは自分の人生に大きな影響を与える。もちろん相手の人生にも」


「はい……ありがとうございます」


 学園の中央に位置する一際高い尖塔、学園長の私室はその最上階らしい。そこに行く為の階段は無く、手段は一階にある転移魔法陣だけ。もちろん誰でも使える訳じゃなくて、予め魔力の登録をした人がいないといけないみたい。この際だからと、私もさせてもらった。

 師匠が無駄に勢いよく扉を開けると、パパとママが隣り合わせでソファに座っていた。あれ?なんでルシアさんもいるんだろ。


「シル、お疲れさま」


「お疲れさま、試験はどうだったんだ?」


 いつもと変わらない優しい二人の声。それを聞いたら、なんだかほっとして気が緩んでしまう。


「シル、どうしたの?ひどい顔してるわよ?」


 ママが心配そうな表情で私に駆け寄ると、両手で頬をそっと包んでくれる。おかしいな?普通にしているはずなのに。ねぇ、私、今どんな顔してるの?


「ああ、どうしたんだ?なにか嫌なことでも言われたんじゃないのか?」


 昔からそう、私はパパとママには隠し事が出来ない。だって二人は、私のことをいつも見てくれている、大事に思ってくれている。今までも、私に少しでも変化があれば、絶対に気付いてくれた。


 だから私はケイのことを包み隠さずに伝える。初めて同い年の友達が出来たこと、すごくいい人だってこと。もっともっと仲良くなりたいってこと。あと……本当はパパとママにも紹介したいってことを。


「もう友達が出来るなんて、良かったじゃないか。それにシルが紹介したいと思ったんだろ?それなら俺たちが反対することなんてないよ」


「そうよ、私たちはシルを信じてるからね」


 僅かな迷いもなく、二人が笑顔と共に向けてくれたのは、私への『信頼』を示す言葉。私は二人にとって、その言葉がすごく大切なものだってことを知っている。だからこそ嬉しくて……一気に身が引き締まる思いがする。


 二人は私のこれまでを見て『信用』してくれた。そしてこれから私が為すことを『信頼』してくれる。すごく優しくて、すごく重いその言葉が、迷ってばかりで、ふらふらしていた私の心に、折れない芯を形作る。


 パパとママみたいになりたい。それは確かに私が選んだ道だけど、私が作った道じゃないんだよね。単に二人が作った道をなぞっているだけ。私はこの信頼に応えたいんだ!二人に憧れていると言うのなら、そんな甘い考えじゃダメなんだ!


 私がパパとママを誇りに思うように、二人が私を誇りに思ってくれる。私が目指すべきはそんな生き方!すごく難しそうだけど……やる価値は十分あるよね。どんなに苦しくても、どれだけ時間がかかってもいい。私だけの生き方、私だけのカタチを見つけたい!


「うん!ありがとう!すぐ連れてくるから待ってて!」


 私は師匠の私室を飛び出して出口へと向かう。やけに静かだと思ったら、カーラ先生は気を失っている。まあそれはどうでもいいや。私は初めての友達のもとへと駆け出した。



※あとがき


このお話はキャッチコピーの後半部分『銀髪のケット・シーが探す自分だけのカタチ』にかかってきます。

今までアルとセアラに憧れるだけだったシル。そんな彼女が、これから起こる色々な出来事を通して、どのように成長していくのかを描ければと思います。

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