第6話 実技試験

 シルが実技試験の会場に到着すると、早々に試験内容の説明が開始される。今度の試験官は教師というよりも、ローブに銀縁メガネという、いかにも魔導師といった風体の男性。

 そして試験官の傍らには、やたらと凝った造形の、小太りな男性を模した彫刻。魔石が内蔵されているようで、見る者が見れば魔力を纏っているのが分かる。


「この的に向かって、属性も種類も何でも構わないから得意な魔法を放ってもらう。採点基準は魔法を発動できたかどうか、的に向かって放つことができたか、的に当てた際のダメージの三点だ。もちろん破壊してもかまわない。もっとも、この試験になってから十年以上が経つが、破壊できたものはいないがね」


 銀縁メガネをクイッと上げながら、表情も変えずに淡々と説明をする試験官。

 つまるところこの試験の狙いは、魔法の発動から制御の練度、そして純粋な威力を見るということであった。シルにとっては特段驚くような内容では無かったが、説明が終わると同時に、受験生たちからは『難しそう』といった不安そうな声が漏れ出す。シルはそんな周囲の様子を観察すると、あることに気付く。


「カーラ先生、もしかして試験って貴族と平民は分けているんですか?」


 筆記試験の時には、ケイと会話をしていたために気が付かなかったが、貴族らしい受験生の姿は何処にも見えなかった。


「ええ、筆記と実技に関しては、平民と貴族では試験内容が異なるのよ。入学したら差はないけれど、試験の時には平民は、潜在能力に重点を置いて見ることになってるの。魔法学園入学を目指すような貴族は、家庭教師をつけることが当たり前だしね。何より平民の受験生が萎縮しちゃうでしょ?でも採点基準は一緒だから、シルさんには首席を取ってもらいたいわね」


「え?首席って、シルってそんなに優秀なんですか?確かにケット・シーは魔法が得意かもしれないけど……」


 カーラの言葉を聞きつけた、ケイが反応する。


「当たり前でしょう?だってシルさんは聖……」


 シルは『沈黙サイレント』の魔法をカーラにかけて難を逃れるが、あまりの口の軽さに辟易する


「せ、先生……?ねぇシル、先生どうしたのかな?いきなり黙っちゃって」


「えっと……ほら、多分試験が始まるから、静かにしないといけないんだよ!」


「あ、そっかそっか」


 ケイの意識が試験の方に向くと、シルは安堵して魔法を解除する。


「ごめんね〜、ついつい」


 最初の凛々しい雰囲気はどこへやら、小首を傾げて誤魔化そうとするカーラに、シルは若干の苛立ちを覚える。


「ついついじゃないです。そんな感じだとパパとママにも会わせられませんよ?」


「そんなぁぁ!!ひどいわ、私のこと弄ぶなんてぇ!!」


 どうやったのかは定かではないが、一瞬で大粒の涙を目に溜めたカーラが、シルに抱きついて悲痛な声を上げる。当然ながら、周りの受験生たちはぎょっとして二人に視線を向ける。


「わ、分かりました!分かりましたから!離してください!」


「あ〜良かった」


「…………」


 今度は一瞬で涙を引っ込め、立ち直るカーラ。そのあまりにも見事な豹変ぶりに、シルは怒りを通り越して呆れ返る。


「ねえシル……今のなんだったのかしら?」


「ああ、うん……カーラ先生はちょっと情緒不安定みたい……発作的なやつ……かな」


「……そう」


 これ以上はあまり踏み込んではいけない、そう直感的に悟ったケイが、始まった試験の方へと関心を移すと、シルもそれに倣う。


 この場にいるのは平民だけ、その言葉から予想された通り、受験生たちの魔法は、お世辞にも優秀とは言い難かった。およそ百人ほどの受験生のうち、魔法が発動できる者が八割、制御して的に向かって放つことが出来るのがその半分、的に当てることが出来たのは全体の一割にも満たない。もちろん破壊できた者は、誰一人としていなかった。

 そうは言っても、これまで専門的な教育を受けていない中でのこの結果。少なくとも的に当てた者たちは、それなりの才能を有していると言って差し支えない。

 そしていよいよ残すところは、ケイとシルだけとなっていた。


「ケイ、頑張ってね!」


「うん、ありがとう!」


 ケイは的から十メートルほど離れた開始位置につくと、右の手のひらを凝視しながら、体内の魔力を練り始める。次第に右の手のひらに魔力が収束をしていくと、真っ赤に燃え盛る炎が現れる。それは今までの受験生が練り上げたどの魔力よりも洗練されており、見事に制御されていた。

 ケイは大きく一つ深呼吸をした後、真っ直ぐに的を見据えると、上に向けていた手のひらを目標に向けて火の玉を放つ。


「『火球ファイアボール』」


 放たれた火球は散り散りになることなく、きれいに纏まったまま的へと向かうと、そのまま見事に着弾する。


「へぇ、大したものねぇ……あれなら貴族の中に入っても、かなり上位だわ」


 カーラが驚きとともに称賛の声をあげる。貴族云々はともかくとして、シルもケイの魔法には少なからず驚きを露わにしていた。今までの受験生たちとは、レベルが一つ二つ違うという次元ではない。はっきり言って桁が違う。とても教育を受けていない者が、出来る芸当とは思えなかった。

 燃え盛る炎が的を包み込み、やがて消えると、小太りな男の彫刻が姿を現す。ケイの魔法はかなりの威力であったはずだが、それでも過去に誰も超えていない壁を崩すまでには至らなかった。


「あ〜あ、壊せなかったかぁ……ねぇねぇシル、どうだった?」


「うん、すごかったよ!びっくりしちゃった!私も頑張るね」


 多少の悔しさを滲ませつつも、ケイが嬉しそうに感想を求めてくるので、シルは正直に返す。


 そして最後はいよいよシルの番。開始線に立ったシルは、的の彫刻を改めて観察する。魔石が内蔵されているとはいえ、どうやら材料は普通の石。ケイは自身が得意とすることから、火属性魔法を使用したものの、それはやはり石を破壊するには不向きな属性。

 本来石を破壊するのであれば、物理的な衝撃、例えばより固い石を高速でぶつけることがセオリー。つまり土属性魔法の『石弾ストーンバレット』等が望ましいと言える。しかしシルの選択は水属性魔法。それはつい最近、アルから教えてもらったものだった。


「ふん、獣人族に何が出来るっていうの?」


「どうせ無駄なんだから、さっさと終わらせろよ……」


 大声ではないにしろ、相変わらず向けられる悪意のある言葉。それでもシルは集中を乱すことなく、目を閉じ、両の手のひらを的に向け、魔力を練りながら周りにいる精霊たちに話しかける。それは妖精族だけの特権、精霊の力を行使した魔法。



『この地にに揺蕩う精霊たちよ


 汝らに願うは銀髪の妖精


 我が魔力に応え汝らの力を示したまえ


 彼の者を引き裂く刃となれ 水刃ウォーターカッター



 目を見開いたシルの手のひらから、無数の鋭い水の刃が放たれ、的に向かって猛スピードで疾走する。


「ウソだろ……」


「何よアレ……」


 高速の水の刃は、的を無数に切り裂くだけにとどまらない。障壁を張っている外壁にも、威力を落とすことなく衝突する。


「あ、ヤバいかも……」


 障壁があるから問題ないだろうとタカをくくって、かなりの高威力で放ったのだが、シルの想像以上に障壁が脆かった。このままでは、外壁を切り裂いて学園外に被害が出かねない。

 試験官も事態に気付き、ポーカーフェイスを崩して慌て始めるが、自身よりも明らかに上手の魔法に為す術が無い。

 シルが魔法をキャンセルしようとしたその時、強固な障壁がピンポイントで展開され、全ての『水刃』の勢いを完全に殺し事なきを得る。一同が状況を飲み込めずに呆然としていると、二人の女性が共に近づいてくる。

 魔法学園の学園長にして、シルの魔法の師匠、ドロシー・ロンズデールと秘書のエルシーがそこにいた。


「うんうん、見事だったよ、シル。どうやら魔法の練習に没頭しているって言うのは、ホントみたいね。や〜っとあの胸糞悪い彫刻を処分出来たわ」


 実は彫刻は前学園長を模した物らしく、的にちょうどいいからと、ドロシーが改造して試験に使っていたとのこと。


「が、学園長!助かりました!」


 大事故にならずに済んだと、試験官が恐縮して頭をぺこぺこ下げると、シルも一緒に頭を下げる。ドロシーは試験官の肩をポンポンと叩き、気にしなくていいと声を掛けると、シルに向き直る。


「あとは魔力測定だけでしょ?シルは必要ないから私と一緒においで。アルとセアラが私の部屋に来ているから」


 ドロシーの言葉に、カーラがビクッと体を跳ねさせる。シルはそれに気づきながらも、理由は分かっているので、敢えて触れることはしない。


「え?で、でもいいんですか?」


「もちろん、ここでは私がルールよ!」


 ドロシーは胸を張って宣言すると、肩を組んでシルだけに聞こえるように小声で話す。


「あなたは昔やってるでしょ?あの時点の数字で十分に合格だし、あんな桁外れの結果を、他の受験生に見られるのは流石にマズイわ。魔力測定だけは貴族も一緒の場所でやるから」


「そうですね……」


 かつてシルは十歳の頃に、アルとセアラと共に魔力測定を受けている。その結果は宮廷魔導師の五倍以上の魔力量に、闇以外の属性を完全に使いこなせるというものだった。


「って言うことで、この娘は連れていくから。あとはよろしく!」


 そうと決まれば話は早いと、ドロシーはシルの手を引いて連れていこうとする。試験官はいつものことだと諦めているようで、何も言うことはなかった。


「し、師匠。こんなに目立って大丈夫なんですか?」


 シルが恐る恐る周りの受験生の様子を伺うと、みな一様に、目の前で起こったことへの理解が、追いついていないと言った様子だった。


「ああ、大丈夫。私が見たところ、この中でシル以外に合格する子は、多分一人だけだから。ここで目立ったところで、別にどうってこともないわよ」


「え?ずっと見てたんですか?」


「ええ、平民の試験は大体見るようにしてるのよ。掘り出し物があるのは、大体ここだからね。今年も一人面白そうな子がいるみたいで良かったわ」


「学園長!ちょっと待ってください!私も行きます!」


 アルとセアラ、その名前が出た時に大きく反応していたカーラが、慌てて追いついてくる。


「カーラ先生、なぜあなたが来る必要があるの?」


「もちろんシルさんの両親にお礼を言うためですよ!」


「ああ、そうか……確かアルとセアラに命を助けられたんだっけ?」


「はい!そうです!シルさんには許可を得てます!」


「ふぅん、ならいっか」


 いちいち軍隊ばりの大声を張り上げるカーラに、シルは頭を抱える。

 その大声によって、ようやく正気を取り戻し始めた受験生たちが騒ぎ出すと、ケイが師匠に向かって問いかける。


「あのっ!シルの両親って?」


「んー、それを私の口からは言うのはナシだね。それを決めるのは私じゃないから」


 ドロシーが悪戯な笑みを浮かべながら、シルとケイを見比べる。 

 そしてその言葉の意味を悟ったケイがシルへと視線を移す。


「……ごめんね、言えないんだ」


「それは……私が今日初めて会ったばかりだから?」


「ううん、違うよ。二人の話は、誰にも言わないって決めてる事だから」


「じゃあ……これだけは教えて、急に友達なんて言われて迷惑だった?」


「そんなことないっ!……正直に言うと、最初はよく分からなかったけど……だけど今は友達になってくれてよかったって思ってるよ」


「そっか……うん、それならいいよ!私とシルはこれからも友達だからね!またね、ばいばい!」


 ケイは微かに寂しさを含んだ笑顔で別れを告げると、シルに背を向けその場を離れる。


「あっ……うん、またね…………………………パパ、ママ……私……どうしたらいいの?」


 シルは咄嗟に追いすがるように手を伸ばすが、その手を握りしめ、消え入りそうな声で葛藤を口にする。しかしその言葉が、ケイに届くことは無かった。



※ちょっと補足と次回予告


シルの詠唱はセアラが使っていたものを、少しだけ変えたもの。言ってしまえば憧れの表れですね。


次回はシルの視点のお話です。大人たちが推察したものとは少し違う、シルの思いが描かれます。

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