第5話 硝子細工の平穏

「先生、そろそろシルを入学させる本当の理由を、教えてもらえませんか?」


 魔法学園の中央にそびえ立つ尖塔、その最上階に位置するのは学園長の私室。学園を囲む外壁よりも高いそこは、ソルエール全体を見渡すことが出来る絶景スポット。

 そして今その部屋には、シルの両親であるアルとセアラ、学園長のドロシーがソファに向かい合って座り、その後ろには秘書のエルシーが背筋を伸ばして控える。


「うん、それはいいんだけど、その前に二人から見た、最近のシルの様子を教えてくれない?」


 全く悪びれることも無く、当然のように質問を質問で返すドロシー。それでもアルとセアラはこういう人だと分かっているので、特段気にする事はない。


「そうですね……ここ一年くらいでしょうか、あの娘の聖女としての力が弱まってきたのは……それと同時期にあの娘は聖女と呼ばれるのを嫌がるようになり、魔法の勉強にはどんどん熱が入っていった、という感じですね……」


「聖女の力は心の在り様にに左右されるようですから、きっと本人なりに思うところがあるんだと思います。でも俺はいい事だと思いますけどね。聖女の力が弱まったと言っても、俺たちが見て気付く程度で、ギルドの診療所くらいは十分にこなせていますし。だから今は好きなだけ悩んだらいいんじゃないですか?そういう時期だと思いますよ」


 セアラとアルの意見を聞いても、ドロシーは表情を変えることなく、むしろ予想通りといったように、うんうんと頷く。


「私もね、シルの気持ちは少し分かるのよ。私の場合はほら、母親がエルフでソルエールの代表だったから。学園でどんなに魔法を上手く使っても、血統からして違う、才能が違うから、なんて言われたりしてね。あの年頃で努力を周りに認めてもらえないって言うのは、結構辛いものだと思うのよ。恐らく独学で魔法をひたすら勉強しているのは、周りへの反発ね。きっと聖女の力じゃない、自分の力を周りに認めて欲しいんでしょうね」


「それで学園に入り、環境を一新したらどうかということですか……確かに今のシルの周りは、聖女であることを知っている人ばかりですからね。みんな悪気は全く無いんですが、つい口に出してしまうんですよね……俺、初めて先生のことを、教師だと思った気がします」


「は?なんでよ!?自分で言うのもあれだけど、私って割と教える方はイケてると思うんだけど?セアラもそう思うでしょ!?」


「ええ……まあ……そうですね……」


 言わされている感を隠そうともせずに、セアラがうつむき加減で同意する。


「くっ……あの時、二ヶ月で仕上げてやった恩を忘れるなんて……まあ、そういうことよ。とは言え環境を変えたり、ひたすら努力したところで、聖女であることからは逃れられない。だけどね、さっさと達観する必要なんて無いわ。しっかりもがいて、苦しんで、その先に答えを見つければいいのよ。そこまでの努力は無駄になんてならないし、そうやって出した答えは、絶対にシルのためになる。最終的に自分の気持ちに折り合いをつけるのはシルだけれど、師匠が頑張る弟子に色々と世話を焼くくらい、別にいいでしょ?」


「ふふ、そうですね。ありがとうございます、シルのことを気にかけていただいて。もちろん私は師匠のこと、尊敬してますから」


 セアラは悪戯っぽく笑うと、ソファに座りながら頭を下げる。


「全く……師匠をおちょくるだなんて、セアラもいい性格になったものね、誰に似たのかしら……でもね、それだけじゃないのよ。ちゃんと魔法の方だって、シルにとっていい勉強になるはずよ!!」


 自信満々のドロシーの態度に、アルとセアラは顔を見合わせる。シルに魔法を教えられる存在など、地上においてはほとんど心当たりがない。


「魔法も、ですか?もしかして先生が教えるつもりなんですか?」


「ふっふっふ、私よりもすごい先生を用意したのよ!」


 ドロシーがよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、腰に手を当て大仰に立ち上がると、隣の部屋へと繋がる扉をエルシーが開ける。ご丁寧に、直ぐに姿が見えないように、スモークまで炊く演出付きで一人の長耳の女性が姿を現す。


「ごほっごほっ……ちょっと煙の量多いわよ!?そもそもこの演出いるの?ってやっほ〜!久しぶり~っていう程でもないか」


「いや〜、やっぱりサプライズ的な要素があった方が、楽しいかと思いまして。ほら、効果あったみたいですし」


「ルシアさん!?じゃ、じゃあルシアさんが、ここで教師をされるんですか?」


 セアラが驚きのあまり立ち上がり、目を丸くする。隣の部屋から現れたのは、彼女と同じく、世界でたった二人だけしかいないハイエルフのルシア。まだ若いセアラとは違い、年齢は三百歳をゆうに超えており、この地上において魔法の腕前で右に出る者はいない。


「そうそう、今じゃ私も政治から離れてね。そうしたらドロシーから、シルちゃんのクラスの担任をしてくれないかって頼まれて。私からしても、ちょうど良かったから二つ返事でOKよ!」


「成程……確かにルシアさん以上の適任はいませんね。シルも懐いてますし、喜ぶでしょうね」


 アルが感心して大きく頷くと、ドロシーは腕を組んだままサムズアップをする。そのあまりのドヤ顔っぷりに、アルは多少のイラつきを感じるものの、シルのために動いてくれたことには変わりないので、グッと我慢する。


「さっきの話、隣で聞かせてもらったけど、シルちゃんの才能は凄いよ。きっといつかは私を超える魔法の使い手になる。それに聖女だから魔法が上手いわけじゃないわ」


 ルシアは決して適当なことを言っている訳ではない。かつてシルの先代の聖女である、リリアと共に過ごした彼女だからこそ言える言葉だった。


「ルシアさんにそう言っていただけると、嬉しいですね。どうしても親の目線では中立という訳にはいきませんから」


「あら?私だってシルちゃんのことは娘みたいに思っているわ。でもアルとセアラだって分かっているでしょ?あの娘の才能の前じゃ、親の贔屓目なんて問題にもならないってことくらい」


「まあ……そうですね、俺もセアラもシルの才能は誰よりも分かっているつもりです。それはあの娘を引き取った頃から変わりませんよ」


「でも最近は叱ってばかりになってしまって……本当の親なら……もう少し上手くできるんでしょうか……?」


 セアラが寂しそうな表情を作り、その心情を吐露すると、アルがそっとセアラの手に自身の手を重ねる。


「大丈夫、シルちゃんも二人の気持ちは分かっているわよ。そういうわけで、魔法の方は私に任せてちょうだい。まあ心の方は学園でいい切っ掛けを得られることを願いましょ」


「ええ、そうですね。ところで……ルシアさんは今になって政治から離れられて、そして先生に誘われたことをちょうど良いと言われました……それは最初からシルに魔法を教えるつもりだった、ということですか?」


 アルが真面目な表情で問いかけると、ルシアも柔らかい雰囲気を引っ込めて、ドロシーの横に座って足を組む。


「そうね。シルちゃんには、早いところ、もっと先に進んでもらう必要ができたってこと」


「今でも早すぎるくらいだと思うんですが……?」


 セアラが意図が分からないというように首を傾げる。


「ええ、少し気になることというか……アスモデウスからは何も聞いてないのよね?」


「親父から?何も聞いていませんけど」


 アスモデウス、アルの父親であり現在の魔王でもある彼は、今や魔界のほぼ全域を手中に収め、安定をもたらしていた。また、既に地上の多くの国とも交流を持ち、魔道具などの技術の発展にも多大な寄与している。


「全く、あいつも私に言うくらいなら、さっさと二人に話をすればいいものを……私にばっかり面倒事を押し付けて……」


 ルシアとアスモデウスはかつて共に戦った仲間であり、本人曰く腐れ縁。こうして名前が出る度に、文句の一つ二つが出てくるのはいつもの事だった。


「それで、気になることというのは?」


 放っておくと、本題に入るのがどんどん遅れそうなので、セアラが先を促す。


「ああ、ごめんごめん。私たちが昔倒した魔族、まあ先代の魔王なんだけど、聖女リリアの力で作った結界で封印していたの。そいつは歴代の魔王の中でも圧倒的な力で、長いことその地位にいたわ。おまけに魔族らしく力こそ全てって考えのやつでね、倒しても野放しには出来なかったのよ」


「その封印が解かれていた、ということですか?」


「その通りよ。話が早くて助かるわ」


「まあ話の流れからすれば……それで今はどこに?親父は魔界であれば、ほぼ把握しているんですよね?」


「それがおそらく魔界にはいないみたいなのよ。そもそも聖女リリアの魔力で施された結界は、魔族には解けないはずなの。それを解けるとしたら、光属性に極端な適正を持つ者。例えば……」


「「「神族……」」」


 アル、セアラ、ドロシーの声がピッタリと重なる。聖女クラスの光属性の使い手など、それ以外に考えられなかった。


「そういうことね……推測でしかないけれど、まあ間違いないとは思ってる。これが神界全体の意思なのか、どっかのバカの暴走なのかは分からないけれどね」


「……狙いは俺でしょうか……」


「アルさん……」


 アルがボソリと呟くと、セアラが寄り添い背中に手を当てる。魔族と神族の混血というアルは禁忌の子。その身には、かつて世界を滅ぼしかけた魔神の魂が宿っている。神族からすれば危険因子と思われても仕方がない。


「可能性の一つではあると思う。でもそうなると危険なのはアルだけじゃない、あなたたちの息子のギル君もよ。あの子は魔族、神族、妖精族、人族の血を引いていることになるもの。間違いなく前代未聞の存在ということになるわ」


「そんな……ギルも……?」


 セアラが身を震わせながら、焦燥の表情を浮かべると、アルは拳をぐっと握りしめる。


「異端児は問題になっていなくとも、取り敢えず消してしまおう。そういうことですか……」


「まあ神族は気まぐれだから、ただの暇つぶしの可能性だってある。でも……忘れないで、今の平穏は決して磐石の物じゃないってことを。もしも事が起これば、絶対に聖女シルちゃんの力は必要になる。だからあの娘には私がついて、魔法を教えこむ。あなたたちはギル君についておいて」


「……はい、分かりました」


「……ルシアさん、師匠、シルをよろしくお願いします」


 アルとセアラが立ち上がり、深々と礼をすると、ルシアが頷き、ドロシーが薄い胸をとんとんと叩く。


「ふふん、この私にど〜んと任せておきなさい!さ〜てと、それじゃあ私はシルの実技試験でも見に行ってくるわ。終わったら連れてくるから、適当に時間を潰しておいて」


 暗くなっていた雰囲気を粉砕し、ドロシーがエルシーを引連れて出ていく。


「先生は相変わらずだな……」


「ふふ、そうですね。あれがあの方のいいところですから」



※ちょっと補足


ルシアが前作よりも気安くなっているのは、アルたちと交流を深めたからです。

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