第3話 筆記試験
試験は全部で三つあり、最初の試験は筆記試験。二つ目が実技試験、三つ目が魔力測定であった。
シルが席に着いてから十分ほど経過すると、若い女性の教師が試験官として、何人かの在校生と共に入室してくる。その女性は百七十センチほどの長身に、赤毛のショートカットがよく似合っていた。
試験官の女性による完璧に制御された風魔法で、テスト用紙がふわりと舞い上がり、受験生たちの手元に配られる。
ソルエール魔法学園の教師ともなれば、他所の国であれば宮廷魔導師の中でも上位のレベル。当然この女性も例外ではなかった。
どうやら在校生は監視員の役割を持っているようで、各所へと散らばり配置につく。そして試験官が準備が良いかを確認するため、会場をぐるりと見渡すと、一瞬シルの元で視線が止まる。しかし何事も無かったかのように、開始の合図をする。
「それでは準備が出来たようですね。筆記試験の制限時間は一時間です、始め!」
シルは一時も詰まることなく、すらすらと回答用紙に筆を踊らせる。
問題のレベルは事前にドロシーからも聞いていた通り、初歩の初歩ばかりであった。
中等教育までは魔法を教えることは無いため、この学園に来るまで、専門的に魔法を習っていない者は珍しくない。それゆえ、難しい問題など出るはずも無かった。
属性の問題から始まり、魔法の発動のメカニズム、下級魔法の術式の構築方法等々。ドロシーから徹底的に魔法の基礎を叩き込まれ、以降も独学で学んでいたシルからすれば、問題なく答えられるものばかりであった。
そして開始から十五分ほどで最終問題までたどり着くと、初めてシルの筆がピタリと止まる。
【下記は転移魔法の術式である。この術式を簡略化し、短距離(視認できる範囲への)転移が可能になるようにせよ】
(これって……ママの……)
その術式はシルにとっては既知のものであった。それはエルフに古くから伝わる転移魔法の術式。ただしこれを使いこなすことが出来る者は、世界でたった二人だけ。シルの母であるセアラともう一人、どちらもハイエルフだった。
いずれにせよ、普通の受験生の手に負えるものでは無いことは明らか。それどころか、この学園の教師たちですら、回答できるような代物とは思えなかった。
すなわち、例え回答が出来なかったとしても、まず間違いなく全員出来ないので、合否には関係の無い問題。とはいえシルにはこの問題が意図するところが理解出来ていた。それは師匠であるドロシーから自分への課題、挑戦状であるということ。さらに言ってしまえば、ドロシーは既にこの問題に回答を得たということ。
シルは自分一人のために問題を出すドロシーに、相変わらずムチャクチャな人だと思い、苦笑しながらも問題に取り組むことにする。
まずシルは、そもそもこの転移魔法とはどういうものか?というところから考えていく。簡単に言ってしまえば、発動することによって、魔法陣の上の人や物を指定した場所へと転移する魔法。ただしその場所は、過去に自分が行ったことがある場所に限る。ならばその思い浮かべた場所とは、どのように指定すれば良いのだろうか?という疑問が当然湧いてくる。
そこで改めて術式を確認してみると、距離と方角を指定しているらしき箇所があることが分かる。魔法に堪能なシルだからこそ、術式を見るとセアラの凄さが改めてよく分かり、思わず感嘆の声を漏らしそうになる。
一体どのようにすれば、思い浮かべた場所の距離と方角を割り出せるのか、皆目見当がつかなかった。とりあえず、それはあとで聞こうと思い直し、問題に向き直る。
続いて簡略化して、短距離転移が出来るようにするという意味を考える。長距離転移が出来るセアラであれば、当然の事ながら短距離転移も出来る。
ならばここで言う簡略化と言うのは、長距離転移を捨てると考えても良さそうだと。そうなるとセアラとは違った方法、もっと簡単な方法で転移先を指定してすれば良い。つまりこの距離と方角の箇所を書き換えればいいはずだと道筋を立てる。
シルは当該の箇所を『視認した場所』に術式を組み直す。そして昔アルからもらった、小さなルビーをあしらった赤いリボンを髪の毛から外し、右手から左手に転移させてみる。
右の手のひらに魔法陣が描かれて光を発すると、左の手のひらにも魔法陣が描かれて、リボンが転移する。嬉々としてシルが回答を書き終えると、真後ろに試験官が立っていることに気付く。
「ちょっと後でいいかしら」
試験中の魔法発動、間違いなく推奨されるような行為ではない。怒りこそ感じられないものの、感情を抑えた小声は、悪い予感を増幅させる。
シルは夢中になると周りが見えなくなりがちで、そのことは両親からも度々指摘されていた。新しい魔法書を買ってきてはひたすら読み耽り、他の事を疎かにすることが日常茶飯事。
その度にセアラに叱られ、それをアルが宥めるまでがお決まりのパターン。今まで二人に甘えていた自分の未熟さを痛感し、ガックリと肩を落として恥じ入る。
試験終了の合図まで、生きた心地がせずに、俯いて涙をこらえるシル。学園に入学出来ないことはさしたる問題では無いが、自身の不徳によって師匠、そして両親の期待を裏切るのが心苦しかった。
試験が終わり、再び試験官が風魔法で回答用紙を集めると、シルはとぼとぼと前に行く。十三段の階段を降りていく間、頭の中を様々な感情が駆け巡り、涙がこぼれそうになる。
ケイも心配して何事か声をかけるが、聴こえのいいはずの耳には入らなかった。
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