第2話 初めてのお友達?

 学園はさながら城塞のように高く頑丈な石壁で囲まれている。およそ十メートルくらいの高さを有するそれによって、中の様子は全く伺い知ることはできず、侵入者は許さないという絶対の自信を感じさせる。

 シルは学園の前で両親と別れて受付へと向かう。二人は約束の時間まで、どこかで時間を潰してから、ここの学園長でもあるドロシーの元へと挨拶に行くことになっていた。


「ええっと、受付は……あ、あれかな?」


 シルが受付を探し求めて辺りをキョロキョロすると、開放された鉄柵門の奥に、それらしき人の列を発見する。肩から提げた革のカバンから受験票を取り出して、足取り軽く向かおうとすると、酷く不快な言葉がピンと立ったよく聴こえる耳に侵入してくる。


「ねぇ、見てよ……獣人がいるわよ」


「わっ!?ホントだ……」


 丸聞こえではあるものの、ひそひそと話すのであればまだマシな方。悪意を微塵も隠すことなく、嘲笑とともに、わざとシルに聞こえるように話す者もいた。


「おい、この辺なんか獣臭くね?あっち行こうぜ。服に臭いがついたらたまんねえわ」


「ははっ!そうだな、獣は試験会場別にしとけよ。つーか、意味ねーんだから受けさせんなよ」


 獣人差別。ソルエールは差別の無い街ではあるが、受験生は世界各国から来ている。その中にはまだまだ亜人差別が残っている国は珍しくない。

 シルも自身の容姿から、このような扱いを受けることは十分に承知している。しかし分かっていたとしても、自分に向けられる悪意、棘のある言葉に気分が悪くならないわけではない。

 アルとセアラは心配をして、魔法で耳と尻尾は隠した方がいいのではないかとシルに言っていたが、彼女はそれを断固として拒否していた。もしも最初にそれをしてしまえば、この先ずっと隠さないといけなくなってしまうからと。

 表向きはどの種族もウェルカムな学園なのだから、コソコソしたくない、堂々としていたいというのがシルの意思であった。

 そもそもドロシーから言いつけられている、友人作りをするのであれば、種族を偽るのは望ましくない。ただでさえ聖女であることを隠しているシルは、それ以外の秘密を持つつもりは無かった。


 門を潜った先にある受付に向かうと、壁によって隠された学園の全貌が姿を現す。シルは過去に入ったことがあるので、感情が動くことはないが、受験生たちはみな一様に感嘆の声を漏らす。高い石壁で囲まれていることなど、全く感じさせない広大な敷地。開放感溢れる緑豊かな整備の行き届いた庭園に、まるで城のような豪華な建築物。貴族の子息令嬢が多く通うことも頷ける佇まいではあるが、逆に言ってしまえば、シルを含む平民にとっては場違い感が非常に強い。

 そもそも敷地が広大であることは、魔法の練習をする場所が必要なので理に適っていると言えるが、壁に掘られた謎の模様や彫刻などの過度な装飾は無駄にしか見えない。当時の学園長が誰かはシルも知らないが、ドロシーであれば難色を示したであろうことは容易に想像出来た。


 四年半ぶりに訪れた校舎をさらっと眺めると、シルは受付を待つ列の最後尾に並ぶ。前の受験生はあからさまに嫌そうな顔をするが、気付かないふりをして澄まし顔を保つ。直接声を掛けられたり、手を出されない限りは、この対応でやり過ごすことが最良であり、そもそも合格するかどうかすら定かでない者を気にする理由も無かった。

 列に並んでいる間、シルが辺りの様子を観察していると、明らかに受付を済ませていないにも関わらず、会場に入っていく者たちが目に入る。会場入口までは従者を連れており、煌びやかな格好をしていることからして、貴族、それも上位貴族や王族だろうということはすぐに理解出来た。やはり種族だけでなく、身分による差別もゼロではないのだと理解し、小さく溜息をつく。

 誰とも会話をすることなく、入学してからの学園生活を想像し、徐々に陰鬱とした気分になった頃、シルの順番がやって来る。


「それではお名前をよろしいですか?」


 受付の女性はシルの姿を見ても驚く素振りは見せない。さすが表向きは公平公正を謳う、魔法学園の職員といったところだった。


「シル・フォーレスタです」


「シル・フォーレスタさんですね……はい、結構です。ではこちらのペンダントを首から下げて会場に入ってください。これを着けていないと会場に入れませんので無くさないでくださいね」


 シルに手渡されたのは丸く加工された魔石がトップについたペンダント。興味深げに魔石を覗き込んで解析してみると、受付の女性が言う通り、結界無効化の術式が組み込まれていることが分かる。そして説明されなかったもう一つの術式、映像音声記録が組み込まれていることを確認する。

 シルはその事に言及することなく、受付の女性にお礼を言って試験会場へと向かう。


 学園の中に入っても、無駄に豪華であることは変わりない。おそらく名のある芸術家の作品であろう、絵画や彫刻などの美術品が廊下の所々を飾り立て、天井を見上げれば豪華なシャンデリアが廊下を行く者を睥睨する。ここが貴族のための学校であれば、審美眼を養うためと言う理由もあるのかもしれないが、少なくとも魔法上達には関係が無い。

 それでもシルは母親のセアラ譲りのポジティブ思考で、めげることなく気に入るところを発見する。幅五メートルほどある広々とした廊下は気分が良く、地面をしっかりと感じられる厚過ぎない絨毯も安心出来た。ふかふかの絨毯は、歩いていて不安になるという理由で好みではなかった。


「あった、ここが試験会場だ」


 受験票に書かれた教室を発見したシルは、立派な艶を放っている、重量感たっぷりの荘厳な木製のドアを開けて中に入る。例によって侮蔑、あるいは好奇の目にさらされるのではないかと身構えるが、それは杞憂に終わる。受験生たちは追い込みのために必死に勉強しており、いちいち入ってくる者など気にしている余裕など無かった。

 段々になっている机にかじりつく受験生を横目に見ながら、シルは一番後ろの端っこというおあつらえ向きの席に着く。偶然では無く、おそらくドロシーが気を回したのだろうと、心の中で師匠に感謝する。


「ねえねえ、あなた獣人なの?」


 一つ空けて隣に座っている、亜麻色のおさげ髪に茶色い瞳の女性がシルに声をかける。整った顔立ちではあるが、素朴な服装からして、どう見ても貴族には見えない。そして声色や表情からして侮蔑の意味はなく、単純な好奇心の様だとシルは判断する。


「違うよ、私はケット・シーなの」


「ええ!?すごい!初めて見た!」


 女性が驚きのあまり大きな声を出すと、周りに座る受験生たちが一斉に抗議の視線を二人に向けてくる。女性は申し訳なさそうに方々に頭を下げて、小声で質問を続ける。勉強しなくていいのだろうかと思いながらも、シルは律儀にそれに付き合う。


「ねえねえ、ケット・シーって黒髪だって聞いたけど」


 女性の言う通り、ケット・シーの外見は黒髪に赤目と決まっている。唯一聖女であるシルだけが例外だった。


「どうしてそれを?」


「昔住んでたところに、少ないけど妖精族もいたのよ。それでほかの種族についても色々教えて貰ってたからね。それでソルエールなら妖精族がたくさん住んでるから、会えるかなと思って楽しみにしてたのよ」


 女性の言う通り、ソルエールには多数の妖精族が住んでいる。特に学園の北の区画は、四年半前の大戦時に保護された妖精族の大半がそのまま住み着いており、その中にはシルの両親もいる。


「私はちょっと特別なの。まあ……突然変異みたいな感じかな。それにここに住んでるわけじゃないよ」


「ふーん、そうなんだ……ねえねえ、私たちお友達になりましょうよ?」


 このタイミングでそのようなことを言い出す女性に、シルは怪訝な目を向けるが、普通の友人の作り方など知らない彼女に断ることなど出来なかった。


「……うん、いいよ。私はシル。シル・フォーレスタ」


「私はケイ・ウィンバリーよ。よろしくねシル!はぁ……ケット・シーの友達が出来るなんて……今日は何て素敵な日なのかしら」


 うっとりした目でトリップしているケイを見て、シルは関わって良かったのだろうかと、自問自答せずにはいられなかった。

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