ソルエール魔法学園入学試験編
第1話 感謝と憧れ
かつて世界を二分した『ソルエールの大戦』から約四年半、シル・フォーレスタ十五歳の秋。
本日行われる魔法学園の入学試験を受験するため、シルは両親であるアルとセアラと共にソルエールの街を進んでいく。
以前はシルを真ん中において三人で手を繋いで歩くのが定番であったが、今ではアルとセアラが腕を組んで、シルは一歩先を時折振り返りながら歩く。いつの頃からか、アルと手を繋ぐのは流石に恥ずかしいとシルが言い出したことで、三人で出歩く時にはこのパターンがすっかりお決まりとなっていた。ちなみにシルはセアラとなら二人で出かける時に手を繋いだりする。
久方ぶりにソルエールを訪れた三人は、すっかり復興した街並みと活気を取り戻した人々を眺め、思わず顔を綻ばせる。
『魔法に彩られた街』
このキャッチコピーに違わず、この街では魔法と生活は密接な関係にある。例えば風魔法を使って荷物を浮かせて運んでいたり、移動するために靴底を僅かに浮かせて滑るように進んでいる人もいる。屋台に目を向ければ、当たり前のように魔法で火力調整をしており、飲み物の氷は魔法で作っている。噴水の前のストリートパフォーマーは魔法で虹を作り出したり、様々な演出効果を出したりと枚挙に暇がない。
これだけ魔法が使える者たちが集まるのには訳がある。ソルエールは各国に先がけて多種多様な種族を受け入れており、セアラやシルのような魔法が堪能な妖精族に属するものも珍しくなく、今では魔族も徐々に増え始めていた。
そしてもう一つの理由、それこそが最先端の魔法教育と研究であった。現在、世界各国の宮廷魔導師の凡そ九割が、ソルエールの魔法学園を卒業しているとも言われている。事実、学園卒業後の進路は自国の宮廷魔導師になる者、ソルエールに残って研究に生涯を捧げる者。ほぼ二者択一となっていた。
「相変わらず賑やかな街ですね。こうして歩いているだけでワクワクします」
「ああ、ソルエールに来たって感じがするなぁ。シル、緊張してないか?」
「うん、大丈夫だよ」
「きゃあっ!」
町の見物をしながら進んでいくと、前から走ってきた紙袋を持った少女が三人の目の前で、盛大に躓き転びそうになる。
「『風(ウインド)』」
シルがすかさず魔法を発動させると、地面に衝突寸前だった少女の体がフワッと浮いて、何事もなかったかのように着地する。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう!今のってお姉ちゃんの魔法?」
「どういたしまして。うん、私の魔法だよ」
「すごいすごい!あれ?でも獣人さんは魔法が使えないって聞いたよ?」
この世界の獣人は高い身体能力を持つ代わりに、魔法が使えないと言うのが共通認識になっている。実際に他の種族に比べて魔力量は乏しく、魔法適正も著しく低いので間違いではない。
そしてシルの種族であるケット・シーの外見は猫獣人とそっくりであるため、しばしばこのような質問を投げかけられる。アルやセアラのように相手の魔力量を探れる者であれば判断することが可能だが、それは余程魔法に精通した者でなければ難しい。普段であれば説明が面倒なのではぐらかすところではあるが、相手が少女であり、この場所がソルエールということで、シルは得意げに鼻を鳴らして説明する。
「ふふ、私はケット・シーだからね。魔法は大得意なんだよ」
「ふえぇー、すごいすごい!じゃあ妖精族さんなんだね!?」
急いでいたことも忘れて、すっかり目を輝かせている少女の頭をシルが撫でる。
「うん、そうだよ。ところで急いでいたみたいだけど大丈夫?」
「あ!そうだった!ありがとうね、ケット・シーのお姉ちゃん!」
少女はペコリと頭を下げて、慌てて駆け出していく。シルはまた転ばないだろうかと心配でその後ろ姿を見つめていると、少女がふと立ち止まって振り返り、大きく手を振る。
「転ばないようにねー!」
シルは少女に手を振り返して、姿が見えなくなるまで見送ると、前を向いて再び学園への道を歩き始める。
「ふふふ、シルもすっかり頼れるお姉さんって感じになってきたねえ」
セアラがニコニコしながらシルに話しかけると、少し頬を染めながら肯定する。
「当たり前だよ。だって私は本当にお姉ちゃんだしね」
「うん、ギルもシルが学園に行ったら寂しがるだろうけど、我慢してもらわないといけないな」
「あー!ギルのことを言ってるけど、本当はパパとママも寂しいんでしょー?」
アルが寂しそうな顔をしながら息子の名前を口に出すと、気恥しさを誤魔化すようにシルが茶化す。
「はは、そうだね。いつも一緒にいた家族が一人いないっていうのは、きっと寂しいものなんだろう」
「アルさん、気が早いですよ?合格したとしても、まだ半年くらい先の話です。二人がそんなこと言うから、ちょっと悲しくなっちゃったじゃないですか……」
「ごめん、セアラ。まあ授業参観とかもあるみたいだし、夏と冬の長期休暇には帰ってこられるんだから大丈夫だよ」
先程まで見せていた笑顔から一転して、肩を落として項垂れるセアラをアルが優しく慰める。
シルは相変わらずコロコロ表情が変わる人だなと思いながら、まだまだ新婚のような雰囲気の二人を見て目を細めると、改めて感謝の念を抱く。
十歳の頃から育ててもらったシルからすれば、二人はいつでも頼りになる、尊敬できる両親であった。そのためシルもつい忘れがちになってしまうが、決して十五歳の娘がいるような年齢ではない。アルが二十四歳でセアラは二十三歳。親子というよりも兄妹、姉妹と言った方が自然な年齢。その上、二人がシルを引き取ったのは、結婚してから一週間も経っていない頃だった。それでも二人はシルにはまだ親が必要だと思い、娘として愛情を持って育てた。
この世界で一人前と看做される十五歳になり、シルはそれがどれほど凄いことなのかを感じるようになっていた。日々の暮らしに困ることも無く、常に二人からの愛情を感じる生活は、本当の娘であっても当たり前のものでは無いと理解出来ていた。
「ねえ、パパ、ママ」
「なに?」「どうしたんだ?」
「ありがとね」
ごく自然に口をついて出た自身の言葉に、シルの頬が赤くなる。
ここまで育ててくれた大好きな二人と、もうすぐ離れるかもしれないという寂寥感。初めて抱くその感情によって、常に抱いていたものが言葉となって溢れ出していた。
不意に差し出された謝意に、アルとセアラは少しだけ驚いた表情を見せて顔を見合せるが、すぐに穏やかな笑みをシルに向ける。
「私たちの方こそありがとう。あなたが娘でよかったわ」
「ああ、シルがいてくれたおかげで、俺とセアラはこうして一緒にいられるんだからね。ありがとう」
その意図を尋ねるどころか、感謝の言葉を返すアルとセアラ。勿論シルとて二人を困らせようという気持ちは微塵も無いのだが、まだまだ敵わないと思い知らされ、素直に嬉しいと思うと同時に、ほんの少しの悔しさを味わう。
引き取られてすぐの頃から、アルとセアラはシルの憧れであり、いつかこんな二人のような素敵な夫婦になりたいと願う。互いに思い合い、良い影響を及ぼし合う、そんな相手に巡り会いたいと。
シルがそんなことを考えながら歩いていると、受験生で賑わう巨大な学園が三人の目の前に姿を現した。
※あとがき
最初はシルの視点でずっと書こうかと思ったのですが、やはりこのスタイルが書きやすいので、前2話をプロローグ扱いにしました。
今後もよろしくお願いします。
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