プロローグ後編 パパとママと私の事

 私は今、魔法学園の入学試験を受けるため、魔法都市ソルエールへとやって来ている。パパとママも付き添いで一緒。

 本当はママの転移魔法を使えば当日にソルエール入りすればいいんだけど、たまには三人で旅行気分を味わいたいので、無理を言って前日入りさせてもらった。

 泊まるのは本当にありふれた宿。あまりふかふかとは言えないベッドでゴロゴロしていると、ママが心配そうに声をかけてくる。


「ねえシル、本当に明日の試験大丈夫なの?勉強しておかなくていいの?」


「も〜、その質問これで何回目?ママは心配性なんだから……」


 ママの名前はセアラ・フォーレスタ。腰まで伸びた長い金髪と瑠璃色の瞳が特徴的な、一見普通の、と言うよりすごくキレイな人間の女性。だけど実は世界に二人しか現存しないハイエルフ。多いって言われている私の魔力量でも、ママにはまだまだ敵わない。

 ママは攻撃魔法ももちろん出来るけれど、その真価は防御や味方の強化などの支援系の魔法。特にママの作り出す『完全障壁イージス』はどんな攻撃も通さない。

 私はもう身長が止まってしまったけれど、結局ママには追い付けなかった。十センチほどママの方が大きいし、スタイルも……私は自分の寂しい胸元に視線を落とすと、虚しい気持ちになって思わず溜息が出てしまう。

 そんなママは結婚しているけどスゴくモテる、まあモテる。さすがに普段生活している町では大丈夫だけど、あまり馴染みのない場所に行って私と二人で歩いていると、男の人が声をかけてこない日は無い。多分、私だってそれほど悪くはないと思うんだけど、相手がママでは分が悪いと言うものだ。


「はは、いくつになってもシルは俺たちの子供だからね。心配にもなるよ」


「もう、パパまで……いつまでも子供扱いしないでよ」


 パパの名前はアル・フォーレスタ。ハイエルフのママよりも珍しい魔族と神族の混血児という唯一無二の存在。世間に名前は公表されていないけれど、ママと一緒に世界を救った英雄。世界で一番強くて、優しくて、かっこいい自慢のパパだ。以前よりも雰囲気が柔らかくなって、ますます一緒にいて安心する。

 私も冒険者ギルドでAランクになっているだけあって、相当強いと自負しているけれど、まだまだパパには到底及ばない。妖精族の私は精霊の力を借りることが出来るので、魔法だけならなんとかなるかもしれないけどね。

 でもパパの強さは魔法だけじゃない。抜群の身体能力と状況判断を生かした戦闘スタイルに、レベルの高い魔法を組み合わせるのだから、身のこなしに自信があっても、攻撃がほぼ魔法一辺倒の私じゃ勝つのは難しい。そんなパパのランクは世界でただ1人のSSランク(身バレを防ぐために非公表)。

 そして例によってパパもやっぱりモテる。『世界の英雄』になったあの日から暫くは、パパのことを知る世界中の王族、貴族から縁談がひっきりなしに来ていた。パパとの縁を持ちたいっていう思惑ももちろんあったらしいけれど、ほとんどの令嬢が自分からそれを望んだって聞いている。おかげでママの機嫌が悪い日がしばらく続いて災難だった。そして二人が仲直りする度に、いつも以上の甘い空気に当てられて辟易したものだ。

 そんな日々があっても、ずっとパパはママ一筋。正直私はママが羨ましい。身近にパパがいたら、他の人が素敵に思える日なんて来そうにない。


 そして私、シル・フォーレスタは銀髪に赤目のケット・シー。不本意で、恥ずかしながら聖女と呼ばれる存在。聖女の力というのは絶大で、歴史を紐解くと、戦争の火種になることも珍しくなかったらしい。だから私が聖女であることは秘密となっている。

 二人と私は血が繋がっていない。そもそも種族が違うんだから当たり前だけどね。

 でも二人はそんな私をすごく大事にしてくれる。実の息子で私の可愛い弟、ギルと変わらない愛情を注いでくれているっていつも実感する。


 私が試験を受けるソルエールの魔法学園は、世界各国から優秀な生徒が集まってくる、まさに魔法教育の最先端。実力さえあれば身分も種族も関係無いという学園だ。

 最初、私は闇属性以外で使えない魔法なんて無いから行かなくてもいいって言ってたんだけど、魔法の世界は日進月歩だから損はないと、師匠と両親に言われて受験することにした。特に師匠にそう言われては、なかなか断ることなんて出来ない。


 学園は実力至上主義ではあるけれど、貴族の生徒が多いそうだ。なかには王族もいるらしい。それは考えてみれば当たり前の話で、平民はそもそもスタートラインに立つことすら難しい。余程の才能であれば特待生になれるらしいけど、そうでもなければ学園に通うことなんてお金がかかって出来ない。

 日々の暮らしで精一杯な平民の人たちに先行投資の概念なんて無い。十五歳ともなれば普通に働いてお金を稼いだ方が確実だ。その事も私が学園に通うことを渋った理由だ。いくら学園では身分差は関係ないって言ったって限度があるだろう。私は礼儀作法とかよく分からないし、覚えようとも思わない。ママは教えてくれるっていってたけど、私は願として首を縦に振らなかった。

 そして私の気が重い最大の理由は、三年間家族と離れなければいけないということ。弟のギルも私が学園に行くのをすごく嫌がってた。なんでも私に変な虫がついたら困るって、まだ三歳のくせに……大人びているにも程がある。あの子の夢は私と結婚するという微笑ましいものなんだけど、下手したら私よりしっかりしているので本気なのかもしれない。まあ血は繋がってないから問題は無いんだけど……

 試験に合格して来春から魔法学園に通うことになったら、寮生活が待っている。しかも相部屋らしい。高慢ちきなご令嬢様と相部屋にでもなったらどうしよう。そもそも私に友達とかできるのかな……


「……ねぇパパ、ママ。私友達できるかな?」


 枕に顔埋めながら呟くと、パパとママが大笑いする。ひどい、こっちは真剣に悩んでいるのに。

 二人に抗議の目を向ける私に気付いたパパがフォローしてくる。


「ごめん、ごめん。だけど多分シルと同じことを悩んでいる子は、受験生の中にはいないと思うよ」


「え?みんな友達できるって思ってるの?」


「そうじゃないわ、みんな明日の試験で頭が一杯なのよ」


 ああ、そっか。私、まだ合格してないんだった。全然落ちる心配していなかったから、入ってからのことばっかり考えてた。


「まあシルなら合格するのは分かってる。確かに気が早いかもしれないけれど、楽しい学園生活を送るには大切なことだね」


「パパも学生の頃は友達いたの?」


「ああ、もちろん。どちらかと言うと友達は多い方だったと思う、よ?」


 パパの言葉が多少うわずるとママの目が鋭くなる。これはいつものパターンだ。


「アルさん、女性の友達も多かったんですか?」


「ええっと、いない訳じゃないけど……男友達の方が多かったよ」


 パパの目が泳いでいる。相変わらずこういう話題はごまかすのが苦手みたいだ。


「……まあいいですよ、今は私がアルさんの隣にいますしね」


「ああ、そうだね」


 なんでこの二人はいきなりイチャつきだすんだろう?いつまで経っても変わらない。羨ましい気もするけれど、子供の前では自重してほしいんだけど。

 私は仲睦まじい二人に背を向けると、固めのベッドに体を横たえ目を閉じた。

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