銀髪のケット・シー ~転生聖女が果たす遠い日の誓い~

Sanpiso

プロローグ

プロローグ前編 いざ魔法学園へ

『ケット・シー』


 それが私の種族名。黒い体毛を持つ猫妖精。他の妖精族と同じように、地上の精霊と仲良しで、魔法が大得意。あとの特徴は……非力だけど、身のこなしは抜群ってとこかな。

 私はその中でも異端の存在だった。例外無く黒いはずの体毛は、真名を与えられる儀式の際に銀へと変わり、その代償として『聖女』の力を与えられた。そんなもの……私は全然望んでいないのにね。

 それも私は幸運だったんだ。誰よりも幸せだったって自信を持って言える。里を追われた後に、とっても優しいパパとママに拾われたんだから…………

 だからさ、私が生きる意味は、二人のためだけにある。二人が幸せになる、それだけが私の幸せなんだって思ってた……

 あの頃の私には考えられなかった。考えちゃダメだって思ってた。大好きな人と結ばれたいなんて、特別な人になりたいなんて、絶対に許されないって思ってたんだ。

 私のこの想いは、大切な宝物として取っておけばいい。時々取り出して眺める必要も無い、ただそこにあるお守りみたいなものなんだ。私はそう信じて疑わなかった。




「シル・フォーレスタ!さあ私たちのうち誰を婚約者として選ぶのだ!?」


 呆然と立ち尽くす私の目の前には、周りの女子生徒から黄色い歓声を浴び、煌びやかな正装を身に纏った四人の同級生がいる。それにしてもこの上なく上から目線の言葉だなぁ。


 うーん、どうしてこうなったんだろうか……?私の秘密の保持は完璧だったはずなのに……


 今日はソルエール魔法学園の卒業式。概ね何事もなく……そんなふうに言い繕う必要はないか……波乱万丈の三年間の課程を終えることが出来た私は、親友と共に卒業記念パーティに出席している。少しだけど慣れないお酒も入り、宴もたけなわとなったころの、いきなりのこの騒ぎだ。


「ねぇ、シル。なんでバレたの?とか思ってんるんじゃないでしょうね?」


「え?さすが親友、よく分かってるね?」


「当たり前よ!ていうかなんでバレてないと思ったのか聞きたいわよ!まあ、でも残念ながらシルは私の嫁だから、諦めてもらわないとね」


「……いつの間にそんなことになったのかな?」



―――――約三年半前―――――



「って言うわけで、シル!あなたは来年から魔法学園に入学するのよ!あ、試験は来月ね」


 たまにふらっと来ては嵐のように過ぎ去る師匠こと、ドロシー・ロンズデールが私を指差しながら高らかに宣言する。年齢は五十を超えていながらも、体型は私に負けず劣らず……まあそれはともかくとして、師匠は金髪に金の瞳を持つハーフエルフで、魔法都市ソルエールにある魔法学園の学園長をしているすごい人だ。私とママの魔法の師匠でもあり、パパの魔法の先生。パパだけ先生呼びなのは、イケナイ雰囲気を出すためだとか、よく分からない理由だったと思う。


「……どういう訳ですか?それに今更学ぶことなんてないと思いますけど」


「ええ、確かにそうかもしれないわね……だけどシル、あなた友人はいるのかしら?」


「えっと、カペラの町で言えばメリッサさん、レイチェルさん、アンさん、ナディアさんがお友達です」


「それは母親のセアラの友達ばかりじゃないの!私が言っているのは、あなただけの友達のことよ」


「私だけの友達?」


「そうよ、あなたももうすぐ十五歳、友達がいて当然の年齢よ。むしろ貴族なんかだったら婚約者すらいてもおかしくないわ!」


 師匠の言っている言葉の意味がイマイチ分からずに首を傾げていると、パパとママが師匠の意見に同意を示す。


「たしかにシルだけの友達って言うのはいないかもしれないな」


「そうですね。シルも同年代の友達が欲しいんじゃないの?きっと楽しいと思うわよ」


 どうやらパパとママは師匠の意見に概ね賛成らしい。でもなぁ、友達って言われても私にはよく分からない。家族で森の中に住む私たちは、日々の糧を家庭菜園や狩猟によって賄っている。だけど近くにある自由都市のカペラでも解体場の仕事をしているし、冒険者としての依頼を受けるためにギルドにも頻繁に出入りしているから、家族以外との交流だって沢山ある。だからわざわざ同年代の友達がいたらいいなって思うことなんて無い。


「シルはそういう友達がいたことないから、どうでもいいって思うんだよ」


「えっ!?」


 まるで私の心を読んだような言葉を掛けてくるから、びっくりして師匠の方を見る。


「私には昔から幼馴染みがいたからね。まあちょっと鬱陶しい時もあるけど、彼女はやっぱり他の人に比べたら特別だと思うわ」


 師匠の言う幼馴染みは多分エルシーさんのことだろうな。確かにエルシーさんといる時の師匠は、何となく雰囲気が違うような気がする。普段はハチャメチャに見えて、抜け目のない師匠だけど、エルシーさんといる時は何て言うか、ちょっと柔らかい?うーん、無邪気っていうか、可愛らしい、童心に帰っているとでも言うのかな?気の置けない友人っていうのは、ああいう関係のことなんだろうか。もし学園に行けば私にとってもそういう人が出来るのかな?そういえば最近エルシーさんが学園に異動になったって言って喜んでたっけ。


「師匠はエルシーさん大好きですもんね」


「あ、あれは関係ないでしょ!」


 なんて分かりやすい人だろう……これがエルシーさん絡みじゃなければ裏があるかもしれないけれど、間違いなく素の反応だと思う。


「まあそれはどうでもいいとして」


「ちょっと!どうでも良くないわよっ!!」


 パパに掴みかかりそうな勢いで師匠がツッコミを入れるけれど、パパは全く気にせずに話を続ける。


「シルはどうなんだ?俺としては寂しい気持ちもあるけど3年間のことだし、知見を広めるにはいい機会だとは思うけれど」


「そうですね。でも聖女の力が露呈すると、ちょっと困ったことになるかもしれませんね」


 そう、私は何を隠そう聖女なのだ。光属性の魔法に絶対的な特性を持っているけれど、闇属性は全く使えない。そのおかげで私は闇属性の空間収納が使えずに落ち込んだことがある。だってあれ便利なんだもん。逆にパパは闇属性が滅茶苦茶得意。だけど光属性も問題なく使えるというすごい人。まあこれはパパの出自が関わっているんだけど、今は関係ない。


 ちょっと話が脱線してしまったけれど、聖女の力というのは強大なもので、寿命であったり、既に命が失われたりしていなければ治せるというトンデモナイもの。それゆえに聖女の力を欲しがる国は後を絶たない。実は各国の首脳陣は私が聖女であることを知っているんだけど、パパとママの後ろ盾があるから、絶対に手を出してこない。


「そうなんだよねぇ、学園って年頃の子達が来るからさ、婚活の場みたいにもなってるのよ。そんな中でシルが聖女だって知られたら……」


「まあ……正面切って聖女を手に入れようと、婚約希望者が殺到するでしょうね……」


 パパの雰囲気が剣呑なものに変わる。パパは割と、いや、忌憚無く言えばかなり過保護、親バカだと思う。自分で言うのもあれだけど、私はパパとママにすっごく愛されてる。


「アルさん、シルだってもう十五歳ですから。貴族でいえばデビュタントをして、成人と見なされるような歳になるんですよ?いつまでも子供扱いはダメですよ。シルが望むなら歓迎しないと」


「……そうか……」


 ママがパパの手を握って諌めると、すぐに剣呑な雰囲気は引っ込む。結婚してから四年は経つけれど、未だに二人は新婚さんみたい。見てるこちらが恥ずかしくなるような時が偶に、ううん、しょっちゅうある。師匠もまたやってるみたいな表情で眺めてる。


「まあそれはともかくとして、魔法の世界は日進月歩よ。そしてソルエールは知っての通り魔法研究の最先端、ちょっと親元を離れて勉強するのもいい経験になるんじゃないかしら?」


「うーん……パパとママがそう言うなら……じゃあとりあえず試験を受けに行きます」


 こうして私、シル・フォーレスタは魔法を学ぶためと言うよりも、友達を作るためにソルエール魔法学園の門を叩くことを決意した。



※あとがき


この物語は『仲間に裏切られて人に絶望した元最強異世界転移勇者と、裏切られても人を信じる元王女の幸せな結婚生活』の続編という位置付けですが、単体でも楽しめるように書いていくつもりです。そのため、プロローグは主要キャラ紹介的な感じで書いております。

もしもシルの両親のことをもっと知りたい、馴れ初めが気になるという方が居られましたら、是非過去作も読んでみて下さい!

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