赤と青

@syousetsu139

赤と青

「なぁ赤。お前の力であの大勢の人たちの足を止めてる気分はどうだ?」


「いやだわね。わたし、止めたくて止めてるんじゃないですわ。わたしの中にある何かが作動するものですから、わたし、自分の意思じゃ彼らを止められないのよ。」


「そうか。そうだったか。俺も同じだろうけど、俺はなんか大きな使命を背負ってる気がしてならないね」


「あなたはいいわよね青。人に恨まれたりしないんだから。わたしなんて恨まれたりすることはあるくせに、人に喜ばれることなんて今まで一度もなかった。なんだってこうも不公平なのかしら」


「仕方が、ねぇんだよ。俺たちの世界は赤、お前みたいに負をいっぺんに背負う役割がいないと成り立たねんだ。お前がいなきゃ俺もこんなに気持ちよくここで働けてない。感謝してるよ」


「あなたが感謝するなんて珍しいじゃない。どうしたのよ急に。わたしここへ来て初めて自分以外の誰かに感謝されたわ。だってわたしいつも、自分で自分に感謝するしかなかったんだもの。」


「たまには心のうちを伝えるのもいいだろう。俺たちもここへ来て十年が経つけど最近やっと俺も人に感謝されるだけじゃなくて、感謝してみたいと思うようになってね」


「おそいわよ。わたし十年自分でそれをしてきたんだから。もう他の誰に言われなくても自分で自分を保てるわわたし」


「そうか。たいそう立派だなぁ。にしても十年は長いようであっという間だったなぁ赤」


「わたしには宇宙の星を全て数えるより長く感じたわ」


「まあそうっとなるなって。頭に血が上って顔が真っ赤だぞ」


「わたしは赤くていいんだから。余計なお世話よ」


「そうだったな。ただこの十年でいろんな人を見たせいで最初の頃の屈託のない生き生きとした赤いリンゴのような肌も随分荒んだみたいだね。俺も十年人間を見てきだが、人間ってのは未だにわからないもんだなぁ」


「本当に失礼なこと。わたしまだまだ赤いんですから。それに人間なんてみんな同じようなものよ。だってほら、みんな在りもしない時間なんてものに追われて生きてるでしょう。ただ唯一だけが時間に束縛されていないけど、それも思えばお面の表と裏のようなものね」


「でもよぉ、一人として同じ顔のやつはいないだろう。しかもよく見るとみんな毎日違う表情とか顔をしてる。嬉しそうな顔のやつもいればがっくりうなだれちゃってるやつもいるからなぁ。どうしてあんなにも毎日気分が変わるのか俺には理解できないね」


「あなたはいつも仕事が終わるとろくに人も見ていないじゃない。いつも寝てばっかり」


「だって退屈なんだよ。お前の力で止まってる人を見たところで何にも面白くないし、見てるとこっちまでイライラしてくる始末だ」


「わたしの気持ち少しはわかるみたいね。でも全く理解しようとしてくれないのね。青って。なんて自分勝手な男なのかしら」


「お前の気持ちはわからなくもないが、理解するのには輪廻してもしたくないな。俺もお前と代わってやれたらいいんだけどなぁ」


「できもしないこと言わないで。あなたってほんと口だけは達者なんだから。

あら、見てあの人、あなたのことずっと見てるみたいよ」


「おいおい恥ずかしいな。なんであいつ止まってこっち見てんだよ。俺の顔に見惚れてんのか」


「違うよ青。あの人私たちを観察してるみたいだわ。今時変な趣味の人がいるものね。私たちが仕事サボってないかって見張ってるのかしら」


「だが、今まで上司はいないでやってきたけど上司ができた気分だなぁ。ちょっと遊んで怒らせてやろうか」


「やめなさい青。そんなバカなことしないで5、3、10のルール守ってよね」


「ちっ。つまらねぇの。1秒くらいいいだろ。こんなチャンス二度とないぞ」


「本当にわからずやなんだから。勝手にしなさい。わたし知らないから」


「へーんだ。あそんでやるよー。1、2、はい終わり〜。あれあの人今なんかメモしてたよな。おい赤。楽しくなってきたぞ。お前も遊んでみろよ」


「わたしは毎回十秒でやるだけだから遊びようがないわ。しかもわたしが遊んだらいろんな人に迷惑がかかるもの。あなたより大事な仕事だからねわたしのは」


「こんなに注目されるのは初めてなのにもったいないな。俺はもっと、遊ぶぜ。9、10。よし俺の番だ。今度は5を3にしてやれ。1、2、3、はい終わり〜。みんな急げ。俺の胸の鼓動がチカチカし始めたぜ。1、2、そうだ走れ走れ。あいつ、まだあそこに立ってやがる。またメモしてるぞ。俺の意思がわかるのか。あはははははは」


「そんなに興奮しないの。あなたの胸、青くなってるわよ」


「あー悪い悪い。おっ。やっと帰って行った。ついに俺たちの仕事を仕事たらしめないで踵を返しやがったぞ。きっとあれは俺たちへの侮辱行為だ。こっちが手を出せないからってなめやがって」


「まあ遊んでもらえたからいいじゃない。あなた退屈してたんだから感謝くらいしたらいいじゃない」


「まあそうだな。ありがてぇや。俺なんか毎日決まった仕事をして、誰にも褒められず、注目もされずそれでも仕事をしなきゃならない。侮辱だろうと俺に注目してくれただけいいだろう」


「あなたを見て、私、ちょっと勇気がでたわ、、。いつも恨まれて、憎まれてばっかりのわたしだけど、やつらをぎゃふんと言わせてやるわ」


「ほぉ。俺に勇気づけられたか。それで、どうするんだ」


「わたしが仕事をしなくなったらどれだけ困るかをみんなに教えてやるの。どうせみんな失わないと気づかないんだわ。わたし、ストライキする」


「随分と大きくでたね。でもまぁ、面白そうだから俺もお前の同僚として一緒にストライキやってやる」


「だめよ。あなたは仕事して。2人ともが消えたら意味がないわ。わたしがいないことで困ることを知らしめたいの。わたしの存在はもっと認められてもおかしくないはずだって」


「そうか。たしかに俺まで消えたらどっちが原因で困ったのかわからないもんな。じゃあ俺はいつも通り仕事を続けるよ。君のためにもね」


「ありがとう」


「それで、いつからやるんだい?」


「もう今すぐよ。行動は思い立ったらしないと。思いが消える前に。じゃ、わたし消えるわね。      さようなら」


「おい。ちょっとまて。これで最後になるのか?俺たち」


「いいえ。またどこかで巡り会うわよ」


「そっか。じゃあまたどこかで」


「またいつかね」


こうして赤は姿を消した。青はその次の日、この前のあの束の間の注目と楽しさをくれたやつの手によって消し去られてしまった。そしてそこには代わりに前より少し太った新人の2人が来たのであった。

 消えた2人はまたどこかで、お互いにお互いとも知らずに前と同じ仕事に勤しんでいる。

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