妹と特売
「お兄ちゃん! アマゾンがセール中なんですがお勧めってありますか?」
そんなことを睡が聞いてきた。
「知ってるだろうがあそこは事前に値上げしてたり、そもそも定価で売ってなかったりするものばかりだぞ? どうしても買いたいなら電子書籍デバイスくらいにしておけ」
「お兄ちゃんには風情が無いですね! それも込みで楽しむものでしょうが……」
人生が楽しそうで何よりだよ、兄の俺はもうすっかり人間の汚さに慣れきってしまった。定価数万円のものが二、三千円で売られていてときめいていたあの頃の俺はもう居ないんだ……
「風情ねえ……買いたいものも最近無いしなあ……そもそも大したもの売ってないじゃん?」
「お兄ちゃんはアレですか? 夜店のクジを引いて当たりが出ると思っているクチですか?」
「そんな炎上系YouTuberみたいなことはしねーよ。ただ単に最新型と名前の付いている事象最新型を買うのに飽きただけだよ」
「むぅ……お兄ちゃんはスレすぎですよ! もっとピュアな心を持ちましょうよ!」
俺には睡がピュアな心とやらを持っているとはとても思えないのだが、少なくとも本人はピュアだと思っているらしい。自覚と人からの評価というのは必ずしも一致しないものだが自覚が無いとはなんとも奇妙なものだ。
「俺だって好きでこんなに人の暗部に触れたわけじゃないんだがなあ……世間には悪い奴が多すぎる」
「まあお兄ちゃんにもいろいろあるんでしょうけど……何か買い物がしたいですね……」
「しょうがないなあ……リアルで買い物に付き合ってやるから怪しげな業者から買うのはやめような?」
睡は顔を輝かせ言質を取ったと俺に迫る。
「約束ですよ! それじゃあ行きましょうか!」
「準備するからちょっと待て」
俺は部屋に戻って財布をポケットに入れる。その前に中身を確認するが、一般的に高校生が買い物をする程度には問題のなさそうな金額が入っていた。
睡はQRコード決済でかなりの金額を使用できるようにしていることについては不平等だとも思うが何の方法で資金調達しているのか分からないので責めることもできない。俺はある金で生活をしているのだがな……
玄関に向かいながら、目的のものの無い買い物をするのも久しぶりだなと考える。何しろ最近はネットで指定買いが多かったからな。ウィンドウショッピングというのもたまにはいいだろうと考える。
「睡、それじゃ行くか」
「はい! お兄ちゃんとのデートですね!」
「ただの買い物だろう」
「ま、お兄ちゃんがどう考えるかは自由ですがね、一般的にはコレはデートと呼ぶと思いますよ?」
やれやれ、どうやら睡はそれでテンションが妙に高いらしい。
「で、どこに行く?」
「そうですねー……最近できたディスカウントストアなんてどうです?」
「ああ、あそこか。デートって雰囲気でもないと思うがお前はそれでいいのか?」
もはやデートであることは確定らしいので諦めた。しかしペンギンの看板の出たあそこはデートと呼ぶにはあまりにも雰囲気がないと思うのだがな……
「はぁ……お兄ちゃん? この辺で男女のデート向きの場所がロクに無いことはご存じでしょう?」
確かにまあそれはそうなのだが……田舎の悲しいところである。実際近所にあるのは商店街とスーパーくらいだ。例えば服を買うにしてもしま○らくらいしかない、少なくとそこにデートで向かう人はまずいないんじゃないかと思っている。
というわけで郊外に向けて歩いていく。
「睡、こうして二人で出かけるのも久しぶりだな?」
「そうですね、通学くらいでしたもんね! デートは実に久しぶりです!」
そうしてとりとめの無いやりとりをしながら目的地へ着いた。
「お兄ちゃん……あんまりデートって感じのするお店ではないですね……」
「だからそう言っただろうが……」
雑然とした品揃え、一応ハイブランドな物も置いてあるが高校生には無縁だろう。となると通路に所狭しと並んでいる商品を眺めるくらいしかやることが無い。
「お兄ちゃん! これどうですかね?」
睡が大きなぬいぐるみを抱えて俺に聞く。
「似合ってるんじゃないか?」
睡は不満そうに答える。
「そこは『お前の方が可愛いよ』って言うところでしょう!」
そう言って俺を責める。そんなエスパーじみた受け答えが出来るわけがないだろうが……
「無茶を言うな」
「まったくもう、お兄ちゃんに付き合ってくれる女の子なんて私くらいしかいませんよ?」
「そもそもお前、俺が他の人と話すと延々愚痴るだろうが……その原因の一端を占めている自覚は無いのか?」
「妹が兄を独り占めするのは当然の権利でしょう?」
そんな暴論を返してくる睡。俺には議論が成立しないことを確信して諦めるのだった。
話し合いが出来る相手って実は貴重なんじゃないかなあ……
そんなことを考えながら、結局買うことにしたのはさっきのぬいぐるみだった。
値札を見ると俺でもなんとか買っても生活に困るほどの金額ではなかった。
「じゃあレジに行くか」
「そうですね!」
レジで俺が金を出そうとすると睡が制した。
「お兄ちゃん、ここは私が払いますよ!」
「なんか親切そうな言い方だけど、コレお前のものだからな? まあいいよ、俺が払っとく」
「いいんですか!?」
「ま、妹のご機嫌が取れるのなら安い買い物だよ」
「それを言わなければ百店の対応なんですがね?」
そんな軽口を叩きながらレジでいくらかを支払って帰途についた。
「ねえお兄ちゃん?」
「なんだ?」
「私って重いですかね?」
なんだそんなことか。
「そりゃあ重いだろ、重金属もビックリの重さだと思うぞ?」
「じゃあ……お兄ちゃんは私のこと嫌いですか?」
「いや……そんなことはないかな。それでも妹には違いないからな」
睡はしばし思い巡らして俺に笑顔を向けて言った。
「そんなお兄ちゃんだからわたしは大好きなんですよ?」
睡は微笑んで俺に顔を向けて笑ったのだった。
帰宅後、その日の夕食は結構豪華だったのでそれなりに睡の機嫌が良いのだろうと確信した。
――妹の部屋
「ふっへっへ……お兄ちゃんは優しいですねえ……」
私は『お兄ちゃんに買ってもらった』ぬいぐるみを抱きしめてニヤけてしまいます。
お兄ちゃんが買ってくれたというところが大事なんですよね! お兄ちゃんは私に塩対応が多いですからね! 今日みたいな甘い対応はとても貴重なのです!
私は心地よく眠ることのできる日でした。
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