妹、新規実装に切れる

「お、お……お兄ちゃん! 大変なことが起きました!」


「なんだー?」


 どうせくだらないことなので俺も適当に流そうとする、しかし睡は食い下がる。


「大事件なんですよ!?」


「一応聞いてやるから何が起きたか言ってみろ」


「…………すぅ」


 睡は溜めに溜めて思いの丈を叫んだ。


「男キャラが実装されたんですよ!」


 やっぱりどうでもいい話じゃないか……そんなことを俺に言われても困る。実装で一々ガタガタ言うなよ。


「どうでもいいじゃん……」


「だって! SRなんですよ!? これからガチャを引く度にコイツが当たるかとドキドキしながら引かなきゃいけないんですよ!?!?」


 そう言いながら差し出されるスマホの画面にはイケメンのキャラがいた。俺が熱心にプレイしているゲームでも無いので好きなように実装してくれとは思うのだが、既存ファンには随分と不興を買っているようだ。


「じゃあお兄ちゃんがプレイしているゲームに突然顔がいいだけの男がは言ってきたらどう思うんですか?」


「俺ならそっとアンインストール」


「ほら!? 人のことは言えないじゃないですか!?」


 まったく、分かってない奴だ。


「気に食わない方向に実装されたらやめればいいだろうが。どちらにせよ世の中にどれだけソシャゲがあって、日々新規ローンチとサ終を繰り返してると思ってるんだ?」


「でも……妹キャラはすごく可愛いんですよ!」


「じゃあ続ければ?」


 むぅ……と睡が黙り込んでしまった。そんなに重要なことだろうか? 俺もスマホ初期から使っているが、ソシャゲに炎上はつきものだ。今までいくつのキャラが実装されてきたか数え切れないくらいだ。


 ソシャゲに炎上はつきもの。そのくらいのことは分かっている。今までガチャ関係であるゲームはナーフして、あるゲームはサイレントナーフして、あるゲームはメタスキルを超強化して、数々の炎上を繰り返してきた。今更一つや二つの炎上で一々気にしていられない。


 ネトゲもたくさんプレイしたが、ぶっ壊れ魔法が突然超絶下方修正をされて阿鼻叫喚だったことも経験した、今更そのくらいで驚く方が間違っている。


 俺はそのソシャゲを開いてみる、『待望の新規実装!』という言葉が飛び込んできた。このゲームをプレイしている連中のどれだけがプレイアブルな男キャラの実装を望んでいたかは分からないが、あいさつ機能で一言残せるのだがフレンドからあいさつが地獄のような状況になっていて俺はゲームをそっと閉じた。


「お兄ちゃん! ほら見たでしょう! 誰も望んでいないんですよ! 美少女動物園に男をぶち込むという蛮行が許されるはずがないのです!」


 語気荒く語る睡、俺もこの多数のプレイヤーの悪夢のような言葉の端々に誰も得をしない実装だと言うことを感じ取れた。


「このゲームには過激派が多いなあ……」


 そんな言葉が出てくる。運営への文句をここまで長々と語れるならクエストでもこなせばいいのにと思うのだが、この人達にとってはそんなことより運営に過ちを認めさせることの方がはるかに重要な様子だった。


「お兄ちゃんはこのゲームへの愛は無いんですか!? 普通こんなキャラが実装されたらブチ切れるのが普通ですよ!?」


「そんな普通は知らん」


 妹キャラのみ集めたソシャゲという時点で胡乱なものなのに、それを更に闇鍋カオスにするのは確かに問題かもしれないが、ここまで熱くなれるのも大概だろうと思う。


「まあこれだけ炎上してればすぐに運営も対応するだろ。様子見で良いんじゃないか?」


「運営にもの申すのはユーザーの権利ですよ!」


 それを言ったらどんな実装をするかは運営の自由だと思うのだが……


 ソシャゲのニュースアプリを開く、一面に男キャラ実装で大炎上とまとめブログへのリンクが並んでいてまるでこの世にインスタント地獄が顕現したかのようだった。


「たかが一キャラの実装にここまで文句を付けなくても……」


 俺の正直な一言に睡が食いついた。


「たかが? たかがとおっしゃりましたか! お兄ちゃんだって百合ゲーに突然男キャラが出てきたらゲームディスクをたたき割るでしょうが!」


「知らんがな……」


 百合ゲーとかやんないし、それが地雷なのは知ってるけどさあ……


 どうでもいいじゃんとは言えない雰囲気を出している。正直俺としてはさっさと話を切り上げてしまいたいのだが、睡の方は血気盛んに運営への抗議文を考えている様子だ。ソシャゲにそこまで熱心になれるというのもすごい話だが、とにかく本気でこの件にムカついているらしいことは伝わってくる。


「おっと……緊急メンテに入りましたか……」


 俺もそのゲームを開いてみると『メンテナンス中です』と素っ気なく表示されて初期画面から先に進まなくなっていた。


「じゃあ飯にするか。大抵のことは時間が解決してくれるものだしな」


「はぁ……お兄ちゃんが脳天気なのは気になりますが、まあここで議論しても不毛極まりないですし、お兄ちゃんに私の趣味を晒すのもアレですしね……」


 今更何を言ってるんだとは思ったが口には出さなかった。


 趣味どころか性癖が歪みきっていることを大抵皆知っていると思うのだが本人はいたって普通の人のつもりらしい。普通の人ならドン引きするような性癖も誰にも突っ込まれなければ普通と思えるらしい。


「お兄ちゃん! 早くカツ丼を食べましょう!」


「ああ、今行く……ところでなんでカツ丼なんだ?」


「そりゃあ今回のイベントの詳細を知らなかったからですよ、今回のイベントで『勝つ』ように験を担いだだけですね。もっとも私が勝つべき相手はプレイヤーではなく運営のようですがね」


「運営に喧嘩を売るのはどうかと思うぞ?」


「兄妹間に弟を突然ぶっ込むという暴挙には正当な抗議をすることが必要なのですよ!」


 そう語る睡を放っておいて俺はカツ丼をかき込んだ。睡の料理だけあってこんな時でもちゃんと美味しくできているところは評価するべきだろう。しかし験を担いだ相手が相手なので俺はその事についてやぶ蛇にならないように黙っておいた。


 その夜。


「うおおしゃああああああああああああ!!!!!」


 隣の部屋からやかましい叫び声が上がってきた。本当に抗議したのか気になってネットでそれらしいニュースがある確認する。


【朗報】弟、実は女だった


 俺は運営の無茶な解決法に呆れながらもそっとスマホをスリープにして眠ることにした。


 ――妹の部屋


「いやあ、さすがはお兄ちゃんですね! こんな事になるとお見通しとは……」


 私は新キャラを見てニヤけます。そう、ここはれっきとした妹だったのです!


 実は育てられる時に男として育てられたのですが実は妹でしたというシナリオがメンテナンス後に発表されました。いやあ一安心ですね!


 私はそのニュースを見ながら弟だったものが妹だと分かると急に愛おしく感じるのをハッキリ理解しました。

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