妹の不機嫌の理由

「クソが!!!!!!!」


 睡が汚い言葉をスマホに吐きかけている。嫌なことでもあったのだろうか?


 ネット上でのトラブルなどよくあることなので今更気にするようなことでもない。ただ妹が汚い言葉を使っているのはあまりいいことではない。


「睡、なんかあったか?」


 その問いに睡は俺の方を向いて表情を緩めて言った。


「実はですね……通販が遅れると通知がありまして……」


 実にくだらないことだった。機械的にクレームをコピペしてクーポンをもらうだけのルーティンをこなすだけじゃないか。わざわざ怒ることすら手間でさえある。


「どこで買ったんだよ? 二、三日だろう? 詫び券もらって諦めたら?」


「それができれば苦労はしませんよ……aliexpressなんですよねえ……」


「お、おう」


 あそこが期日通りに届くと思っている方が驚きだ。


「で、何日くらい遅れるって?」


「一月ですよ一月! ふざけんなって話ですよ!」


 怒っている睡には申し訳ないが俺にはその怒りは理解できなかった。


「むしろ予定通りに届くと思ってた方が驚きだよ!」


 あそこが予定通りに届くなんて思っている睡に呆れたのだった。届いただけで御の字なのに予定日まで守れというのは言うだけ無駄という物だ。人生諦めが肝心だよなあ……


 ちなみに届いたとしても商品説明と違うなんてことは当然のごとくあるので期待値を最大限に引き下げておくのが海外通販の基本だ。コイツが何を注文したのかは知らないが不毛な怒りにエネルギーを消費することもないだろうに……


「落ち着けよ? コーヒー飲むか?」


「いただきます」


 俺は豆を入れながら、以前買った商品が一回書き込むと壊れるUSBメモリだったことを思い出していた。あの時は百円くらいで16GのUSBメモリだったな……価格がバグっていたのかと思ったがちゃんと届いてOSの認識も16Gだった。


 そこまでは良かったのだが大きいファイルを書き込んでから取り外して再び差し込むと『フォーマットが必要です』と表示されて、その通りにフォーマットをしようとすると必ず失敗するというなんとも悲惨な代物だった。


 その時は金をドブに捨てたと諦めきっていた。どのみち百円の品だ、そんなものだと割り切っていた。


 この辺の感覚は慣れない限り期待をしてしまうのだろう。もしかしたらなんて希望もあるのかもしれない。しかし現実は非情である。


 そんなことを考えているとコーヒーのドリップ音がしてきて香ばしい匂いが漂ってきた。まあ俺も出来ることはないが愚痴くらいは聞いてやろう。


 マグカップ二つに注いでいつも通りテーブルで待っている睡に持って行く。


「まあまあ、これ飲んで落ち着けよ」


「ありがとうございます」


 睡はコクリと一口飲んで一応落ち着いたようだった。


「お兄ちゃん、こういうことってよくあるんですかね?」


 俺は答える。


「海外なんてそんなものだよ、発送されただけでも十分すごいくらいに考えてるよ」


 睡は呆れたようだった。


「発送だけですごいって……どんだけ海外の業者を信用してないんですか……」


「アリエクだって受け取り確認機能があるだろう? つまりはそれだけ届かないことが有るって事だよ」


「闇が深いです……」


 俺はコーヒーを飲みながら睡に今まであったことを語った。


「俺が使った時なんてUSB充電の電動ドライバー化ったら乾電池式でしたなんてこともあったし、明らかに写真と違う商品が届いたこともあった、注文から到着まで三ヶ月なんてことさえあったぞ。日本の郵便とは別物って考えておけって話だよ」


 睡は苦い表情をした、コーヒーのせいか話があまりにも酷かったせいかは分からない。なんにせよ世の中なんてそんなものだと言うことだ。


 アメリカから輸入した時でさえ平気で一月かかるんだ、第三世界からの輸入なんてそれ以上に碌でもないことになるのは目に見えている。希望を持たず、諦めながら注文するのが海外通販のコツだ。


「世知辛いんですねえ……」


「慣れると安いからなんてことはないんだがな」


 睡は頷いてから言った。


「とりあえずそう言うところで誕生日とかの日付の決まったプレゼントは買わない方がいいですね」


「そりゃそうだ、それにプレゼントの包装がただの灰色のビニールだったらげんなりするだろ?」


「アレっていつもあの包装で届きますよね? 国の標準なんでしょうか?」


「さあてなあ……最近はAmazonもアレよりマシだけどあんなビニールで届くことあるしなあ……」


 コストダウンってやつなのだろうか? 無駄に大きな段ボールの中に更に段ボールを入れるよりはマシだと思う。


 削れるコストは削るのが企業としては正しい選択なのだろう。ユーザからすればそれが不利益を被るとしてもだ。


「お兄ちゃん、私はお兄ちゃんへのプレゼントをする時は実店舗で買いますね」


「意味も無くプレゼントなんてしなくていいがありがとう」


 睡は軽く笑ってコーヒーの最後の一口を飲み干した。


「やっぱり甘さは正義ですね! たまには砂糖をマシマシで入れてみましょうか……」


「糖尿病待ったなしだと思うぞ?」


 妹の健康状況というのは気になる物だ。普段の料理は健康的なのにコーヒーとなると途端に不健康さ溢れる物になってしまう。だったら無理して飲まなくていいじゃないかと思うのだが、俺が作った物ならなんだって楽しんでしまう睡には飲まないという選択肢は無いそうだ。


「お兄ちゃんは本当に甘い料理という物を知りませんね? 今晩作ってあげましょうか?」


「やめておく、俺はダダ甘な物は苦手なんでな」


 砂糖の塊以上に甘いものを平気で作りそうな妹が少し怖い、そして出来るといったことは本当に可能で有ろう事が睡のすごいところだ。


 健康的な生活を心がけているわけではないが、揚げバターみたいな製品を食べたいとは思えない。ネタとして見る分には楽しいが実際に食べたいわけじゃないんだ。観客としての楽しみ方と実際に当事者になるのは全くの別問題だからな。


「では今晩はピリ辛のカレーあたりにしますかね」


「いいねえ、デスソースを入れてもいいんだぞ?」


 デスソースとはほんの少量入れてもバカみたいに辛くなる液体だ。なんとこのへんぴな町でもちゃんと販売しているところがあったりする。


「そんなもの入れるのは平気なのに甘いものはダメなんですか……お兄ちゃんの基準はどうかしてますね」


「ハン……俺の料理がああなる時点で察してほしいものだがな」


「まあ、お兄ちゃんの料理よりは食べられるものになりそうですね」


 酷い言われようだった。


「じゃあそろそろ仕込みを始めますかね。お兄ちゃん! 完成を楽しみにしていてくださいね?」


「ああ、期待してるよ」


 こうしていつも通りの食事が完成していくのだった。


 ――妹の部屋


「お兄ちゃんへのプレゼントがしたいですねえ……」


 日頃の感謝を込めてってやつですが、お兄ちゃんの欲しいものってなんなんでしょう?



 それについてはいくら考えても答えが一向に出ないのでした。

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